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魔法


 エマールのスタインドルフ家。

 夕暮れの光が差し込む納屋には、巨大な影が鎮座していた。


 戦車――ティーゲル号。


 8年かけて組み上げられた重戦車の車体はほぼ完成している。

 その存在感は圧倒的だった。


 18歳になったカリウスは、大学入学前の帰省で実家に帰ってきていた。

 久しぶりに見る鉄の怪物は、以前より完成度が上がっていた。


 父、そして14歳になったアデーレが父の助手として作業を続けていた。


 もっとも、父アルフレットは「もはやどちらが助手がわからない」と、少し嬉しそうにぼやいていたが。


(父さんと将軍が設計した戦車。これが、ベリエを守る切り札になるのかな)


 ティーゲル号は、1930年代の戦車としては規格外に大きい。


 当時の戦車の主流は、タンケッテと呼ばれる豆戦車――


 二人乗り、装甲は10mm前後、武装は機関銃だけ。

 ただ「歩兵の盾」となる程度の存在でしかなかった。


 だが、目の前の鉄の怪物は違う。

 正面装甲は100mmから150mm。

 傾斜を含めれば、実質200mm級の防御力になる。


(完全にオーパーツだ。ティーゲル号は、第二次世界大戦の終わり間際の重戦車と同じクラスの装甲を持っている。……こんなの、まるで時代が追いついてない)


 カリウスは思わず息を呑んだ。


 主砲は陸軍の90mm野砲を改造したもの。

 本来なら牽引砲として使うはずの火砲を、無理やり砲塔に押し込んでいる。


「歩兵支援」ではなく、敵の戦車を撃ち抜くための戦車。

 そんな発想は、まだどこの国にも存在しない。


 乗員は5名。

 車内通信のためのインターカム、長距離無線機まで完備されていた。


(……どう考えても10年以上先の戦車だ)


 装甲も火力も、指揮能力も規格外。

 世界がまだ豆戦車で遊んでいる時代に、はるか未来を見据えていた。


 だが――ティーゲル号には、ひとつだけ致命的な弱点があった。


 エーテル機関の出力が足りない。


 巨大な装甲と砲を動かすには、現代のエーテル工学技術では力不足だった。


 父アルフレットは苦笑しながら言っていた。


「エーテル機関だけはどうにもならなくてなぁ……」


 アデーレも工具を握りながら、悔しそうに唇を噛んでいた。


「……もっと強力な機関があれば、ティーゲル号は、きっと動けるのに」


 カリウスは戦車の車体に触れた。

 冷たい鉄の感触が、掌に重く伝わる。


(父さんと将軍は……どうしてここまで先の未来を見ていたんだ?)


 その時、背後から低い声がした。


「カリウス」


 振り返ると、スタインドルフ将軍が立っていた。

 いつもより厳しい表情だ。


「少し、話がある。書斎へ来なさい」


 書斎の奥は、普段は鍵がかかっている。

 将軍は無言で扉を開け、カリウスを中へ通した。


 そこには、古びた杖と、革表紙の魔術書が置かれていた。


「……これは?」


 将軍は深く息を吐いた。


「カリウス。君に、ずっと黙っていたことがある。

君には――魔法の才能がある」


 魔法。その言葉にカリウスは息を呑んだ。


「……魔法?」


「そうだ。今ではほとんど失われてしまった、古い力だ。だが、君は9歳の頃まで、確かに魔法を使えていた」


 将軍は静かに語り始めた。


「事故の前の君は、エーテルの風を読み、何もない空間に火を灯し、エーテル機関の脈動を感じ取ることができた」


 カリウスの胸がざわつく。


(……そんなことを、僕が?)


「事故で記憶を失ってから、すべてが消えた。だが、カリウス。君が大学へ行く前に……もう一度だけ確かめたい」


 将軍は杖を差し出した。


「これは君が使っていたものだ。ティーゲル号の設計にも、魔法の知識が使われている。君が魔法を扱えるなら……戦車の未来も変わる」


 カリウスは杖を握った。

 手に吸い付くような感触。

 どこか懐かしい温度。


(……これでわかるかもしれない。僕が魔法を使えたのなら――

僕は本当にカリウスで、ただ〝前世の記憶〟に引きずられているだけかもしれない)


 深く息を吸い、集中する。


 空気が静まり返る。

 エーテルの流れを探る。青い光の脈動を感じようとする。


 ……が、何も起きない。杖は沈黙したままだ。


 カリウスはゆっくりと目を開けた。


「……すみません。何も……」


 彼が「何も感じませんでした」そう言おうとした瞬間だった。

 胸の奥で、誰かが囁いた。



(――知っているよ)



 自分の声ではない、少年の声。

 だが、確かにその声は〝内側〟から響いた。


 カリウスの心臓がどきんと跳ねる。


(……誰だ? 僕の中に……誰かいるのか?)


 杖の先端に埋め込まれたエーテル結晶が、ふっと淡く光った。


 次の瞬間――杖の先の光が弾け、書斎の空気が震えた。


「カリウス……!?」


 青年は呆然と杖を見つめた。


(まさか……僕の中に〝本当のカリウス〟が眠っているのか? それとも――)


 胸の奥には――もう、何もいない。

 青い残光のなかで、彼は静かに息を呑んだ。


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