進軍
ゼレガルド郊外の兵営をファフニール隊の兵員を乗せたトラックが列になって出ていく。陣容は自走砲8両。重戦車1両。軽戦車1両。迫撃砲8門。トラック15両。
それぞれの内訳は以下だ。
トラック4台 人間50名
トラック1台 狼獣人12名
トラック2台 シャッフェン20名
トラック2台 ドワーフ工兵20名
トラック3台 オーク砲兵25名
燃料補給1台
弾薬補給2台
ファフニール隊の規模は、本来の中隊の定数を少し割り込む程度だ。
にも関わらず、完全な※自動車化には、とんでもない数の車両が必要になった。
※自動車化:トラックや軽車両などの自動車を移動手段として使用し、歩兵の行軍速度と長距離移動能力を向上させた部隊運用のこと。
カリウスはガルムと共謀して、兵営のトラックをかっさらって完全な自動車化を成し遂げた。それでもトラックに乗り切れないものは、自走砲と標準型戦車、そしてティーゲル号の背中に乗り、戦車跨乗して移動している。
ティーゲルに乗ったアデーレは、ハッチから上体を出して後ろへ振り返る。
数台のトラックは、帝国から鹵獲したもの。
それらに関しては、まだ帝国のエンブレムが付いたままの車両まであった。
「兄さん、良くこれだけの車両が集められましたね!」
「ガルムのおかげさ。といっても、何両かはレンタルだけどね」
「レンタル……ということは、現地についたら返すんですか?」
「交渉の上では、そういうことになってる」
「兄さん……それって、返す気はないってことですか?」
「そうでもしないと、ただでさえ払底してるトラックを集められなかったんだよ。
あとは帝国から鹵獲したトラックを集めてようやくだったんだ」
「それって詐欺じゃないですか。……まぁ、仕方ないですけど」
「さて、ルートを確認するよ。僕たちはこれからアルデナの森に阻止線を築く。」
カリウスが手で合図すると、妹は書き込みだらけの地図を開いてみせる。
運転席のカリウスは地図をとり、彼女の視線に合わせるように指を走らせる。
「アデーレ、ベリエの南半分がどうなってるか、改めて確認しておこうか」
「はい。アルデナの森ですよね。……こうして見ると、本当に国土の半分を覆ってるんですね」
地図の南側は、森を示す濃い緑が山脈のようにうねっている。
街らしい街はなく、道路も細いものが何本かあるだけだ。
「アルデナの森は、古くから軍隊の通れない場所とされてきた。道は細いし、視界は悪いし、丘陵と湿地が多くて車両はすぐに立ち往生する。まともに進めるのは、林業や農業に使われている生活道路だけだ」
「普通なら、帝国軍は森を避けて進むはず……ってことですね」
「あぁ。だからこそ奇襲になる」
アデーレは続けて地図を追う。
森を抜けた先、南西方向にぽつんと街の名前が記されていた。
「ここが……フロレンヌ?」
「そう。森を抜けた丘陵地帯にある街だ。幹線道路が一本だけ通っていて、車両部隊がまともに進めるのはここから先になる」
「じゃあ、帝国軍が森を抜けたら、まずここを通るんですね」
「そういうこと」
アデーレはさらに西へ指を滑らせる。
そこには太い青い線――メース川が描かれていた。
「この川……連盟との自然国境になってるんですね」
「メース川はゼレガルドの真下を通って、そのまま連盟との国境まで続いてる。
自然の防壁みたいなものだよ」
「でも、川があるってことは……帝国軍は橋を渡らないといけない?」
「そう。しかも、渡れる場所は限られてる。自動車や戦車が通れる橋は、連盟国境に近い幹線道路の鉄橋だけだ。それ以外の橋は、徒歩か馬くらいしか渡れない」
「じゃあ、帝国軍は川沿いに移動して、その鉄橋を目指すしかないわけですね」
「そうだ。歩兵ならボートを使って移動できる。けど、マムートみたいな重戦車はどう頑張っても無理だ」
カリウスは口元を吊り上げた。
その笑みは、アデーレのよく知る、何か企んでいる時の兄の顔だった。
「兄さん……何か秘策があるんですね」
「あぁ。ついにティーゲル号の機能を使う時が来たんだ。本来とは逆だけど」
「本来とは逆……」
アデーレは息を呑んだ。兄の指先が、地図の森と川の境界をなぞる。
「アルデナの森。フロレンヌ。メース川。この三つが揃えば――
帝国軍の動きは読める。そして、誘導できる」
ティーゲル号に追従するトラックのうちの一台――その荷台がざわついていた。
レオンは幌の骨組みを掴んで立ち上がり、前方を見て顔をしかめる。
「おい、どこに行くんだ? 道を間違えてるぞ!」
彼の視界いっぱいに、メース川の広い流れが横たわっていた。
春の陽光を受けてきらめく水面が、雲ひとつ無い空を映している。
――橋は、無い。
ティーゲル号の中で、カリウスがにやりと笑った。
「ゼレガルドから南へ直進してアルデナに向かうことはできない。――普通なら」
「兄さん、車列を止めますね」
アデーレが車長席の上で信号旗を振ると、後続の車両が次々と停車していく。
ティーゲル号は単独で川岸へと進み、巨大な影を水面に落とした。
カリウスは馬蹄状のハンドルの奥にあった操作盤に手を置き、深く息を吸う。
「……本来とは逆の使い方だけど、やるしかない」
彼が隠されたスイッチを押すと、エーテル機関の音が変わった。
整った呼吸音から、次第に甲高い悲鳴のような駆動音に変わっていく。
ティーゲル号には、スタインドルフ将軍とゲオルクが組み込んだ特殊機構がある。
ヨーロッパ大戦の折、銀魔女と呼ばれる存在が強力な魔法を使った。
魔法は大地に傷跡を刻み、『エーテル災害』という超常現象を引き起こした。
ティーゲル号はそのエーテル災害を中和するための機構を持っている。純粋なエーテルを主砲から照射し、魔法の残滓を消し飛ばすという常識外れの仕組みだ。
本来は災害の後処理のための機能。
だが――純粋なエーテルは、魔法の発動に使う力そのものでもある。
エーテル機関が駆動を続けると、車内に甘い匂いが立ち込めてきた。
軸流式機関の回転数が上がり、燃料が揮発して車内に充満しているのだ。
「家つ神、僕に力を貸してくれ」
カリウスが願うと、ティーゲル号に住み着いている妖精が答えた。
エーテルとは違う柔らかい光が、主砲の基部に手を触れる。
刹那、エーテル機関の鼓動が、車体全体を震わせた。
主砲の魔力導管が青く輝き、空気がひりついたものに変わっていく。
「エンジン回転数3000rpm。なおも上昇中。出力、安定してます」
「アデーレ、みんなに下がるように言ってくれ――行くぞ」
カリウスは詠唱を開始した。
氷の魔法陣が主砲の周囲に展開し、エーテルの光と共鳴する。
その時、何時かの時のように、カリウスの内側で『声』がした。
『いくよ』
(……あぁ)
カリウスは昇降ハンドルの奥にある撃発レバーに手をかけた。
そして――
「凍てつく静寂の衣を纏いて、流れゆく時に無音の永劫を刻め――《氷点停止!》」
レバーが引かれ、砲尾に光が走る。
主砲が唸りを上げ、青白い光が川面へと放たれた。
同時に、カリウスの詠唱した『魔法』が発動する。
轟音。そして静寂。
光が川面を走り、瞬く間に白い霜が広がった。
水面が、音を立てて凍りついていく。
対岸の木々まで白く染まり、葉も枝も、そのままの形で氷像になった。
トラックの上でティーゲルを見守っていたレオンは、目の前の光景に絶句した。
「おいおい! 川が……全部……凍っちまったぞ?!」
カリウス自身も、しばし言葉を失っていた。
が、砲についた彼の横。妹の様子が少しおかしい。
「……………」
車内のアデーレは、完全に呆気にとられていた様子だった。
が、その頬を伝うものがあった。
彼女は――妹が、泣いている。
「ア、アデーレ……どうした?」
「い、いえ、何でもありません! ただ、えっとその――」
「……」
「そう、私が作ろうとしてる渡河機能。もう必要なくないですか」
「あっ……ごめん」
メース川は完全に凍りついている。
真冬だとしても、ここまで分厚い氷が張ることはないだろう。
主砲のもともとの威力と、妖精による機能増幅。
そして自分の魔法が重なった結果――想定以上の凍結範囲になっていた。
「……ま、まぁ……渡れるなら問題ない。だろ?」
「……はい」
アデーレの返事は、すこし鼻声になっていた。
兄は自分に言い聞かせるように呟き、カリウスは気を取り直した。
氷結した川は、まるで白い大地のように広がっている。
戦車もトラックも、十分に通行できる厚さだ。
カリウスはハッチから身を乗り出し、手を振り上げた。
「よし、行こう!」
「ファフニール隊――前進してください!」
ティーゲル号が氷の上へと踏み出す。
続いて、標準型戦車、自走砲、そしてトラックの列が白い川面を渡り始めた。
帝国軍が〝絶対に通れない〟と思い込んでいるルートを、ファフニール隊は静かに、しかし確実に突破していく。
アルデナの森へ――
帝国軍を誘い込み、その牙を折るために。




