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オーク、ドワーフ、そして

 第四小隊――オークたちの陣地に足を踏み入れた瞬間、カリウスの鼻孔を、暴力的なまでの肉の匂いが直撃した。


「いくだすよー!!!」


 マルクの豪快な掛け声とともに、巨大な鉄板が地面に置かれる。

 その上へ、小麦粉と香辛料をまぶした分厚い肉塊がドサッと投げ込まれた。


 ――ジュワァァァァッ!!!


 脂が弾けて火花があがり、もうもうと煙が立ち上る。ラム肉の炭火焼きと、スパイスの効いた唐揚げと、厚切りステーキの中間のような――


 なんとも名状しがたい〝オーク料理〟の香りが、あたり一帯を支配した。


「おい、あれ……何の肉だ?」

「知らん。羊肉にみえるが……聞くのが怖えな」


 人間兵士たちは距離を取りつつも、喉を鳴らしている。


 カリウスが同じく目を丸くしていると、第四小隊の鬼軍曹――


 「鬼鉄のクラッド」と呼ばれ、皆に一目置かれる巨漢が、ずいっと彼の前に出た。


 彼は他のオークに比べても肩幅が広く、緑灰色の肌に無数の古傷があった。

 特に目立つのは、額から左目の上にかけてある、一本の深い刀傷だ。


 マルクが熊なら、彼は山だ。それほどまでに威圧感のある男だった。


 鬼鉄のクラッドが無言で歩み寄り、カリウスに皿を差し出した。


「あ、どうも」


「まぁ食え」


 どかっ。

 皿の上に落とされた肉塊の重みで、カリウスの肘ががくんと沈んだ。


「……重っ」


「重いほど旨いんだよ。」


 クラッドは鼻で笑い、鉄板の前に戻ろうとした――が、ふと足を止めた。


「そういやよ、中隊長。うちの隊長――マルクのやつ、最近ちょっと変わったんだ」

「変わった?」

「見てろ」


 クラッドが顎で示す先では、マルクが鉄板の横で分厚い木板を広げていた。

 そこには、迫撃砲の射撃距離に応じた、角度がびっしりと書き込まれている。


「……これ、全部マルクが?」


「おう。オークは弾着修整が大雑把だろ? 勘と勢いで『だいたいこのへん!』

って撃つのが普通だ。


(勘って……ん? 演習の時は初弾で目標地点に煙幕を張ってたよな……?)


「だがマルクは違う。『表にしちまえば誰でも撃てるだす』ってな」


 クラッドは感心したように鼻を鳴らした。


「最初は笑ってた連中も、今じゃあいつの表がねぇと砲撃できねぇ。

……あいつ、戦の根性とは違う、別の根性がとんでもねぇのよ」


 マルクがこちらに気づき、手を振る。


「軍曹! 肉、まだまだあるだすよ!」


「おう、今行く!」


 クラッドが怒鳴りながら近づき、マルクの背中をドンと叩いた。


「痛っ! な、なんだす?」


「なんでもねぇよ。……よくやってるって話だ」


「???」


「うるせぇ。黙って焼け」


「まだ何も言ってないだすよ……」


 照れ隠しのようにそっぽを向くクラッド。

 マルクはぽかんとしたあと、にやりと笑った。


「へへっ……おいらに任せるだす」


 鉄板の上で肉が弾ける音が、二人のやり取りを祝福するように響く。

 カリウスはその光景を眺めながら、胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。


(……いい小隊だな)


 戦場に出れば、明日には誰が欠けるかわからない。

 だからこそ、こういう瞬間が尊い。

 カリウスは皿を持ち直し、熱々の肉を一口かじった。


 ――暴力的な旨味が、口の中で爆ぜた。


「……うん。これは……なんだろうな。うまいけど、説明できない……」


「それがオークの飯だ。隊長、俺たちにはこんな格言がある」


「?」


「肉は重いほど良いが、言葉は重いと、飲み込んだ時に腹を壊す」


「……なるほど、納得だ」


 クラッドが誇らしげに笑った。カリウスもつられて笑い、次の小隊へ向かうために歩き出した。背後では、鉄板の音とオークたちの豪快な笑い声が夜空に響いていた。





 一方、第三小隊――ドワーフたちの陣地。


 彼らの陣地では、岩の上に小さな焚き火が組まれ、銅鍋が吊るされていた。

 火の赤が鍋底を照らし、湯気が空に溶けていく。


「よし、おどれら!! 今日は特別に『火酒』も出すぞ!!」


 ガストンが取り出したのは、琥珀色の液体が揺れる分厚いガラス瓶だった。

 蓋をひねった瞬間――


「うっ……目が痛い……!」


「ほっほっほ」


「なんだこの匂い……灯油か?」


「失礼な。これは知る人ぞ知る銘酒『火酒』じゃ。飲めば魂が燃えさかる!」


「やっぱり灯油の親戚だろ……」


 ガストンは気にした様子もなく、カリウスへ湯飲みを差し出した。


「ほれ、隊長。ぐいっといけ」

「えぇ……」


 カリウスは覚悟を決めて口をつけた。

 ――瞬間、喉が焼けた。


 スコッチウイスキーとラム酒を混ぜて、さらに焚き火で煮詰めたような強烈な香り。胃の奥まで熱が落ちていき、頭がぐらりと揺れる。


 だが、ドワーフたちは平然としていた。


「抽象的思考に乾杯!」

「理性と本能の調和に!」

「戦場における存在論的幸福に!」


 湯飲みを掲げ、何かそれっぽい哲学的な言葉を次々と叫びながら火酒をあおる。


 酔えば酔うほどに理屈っぽくなる――それがドワーフという種族らしい。


 鍋の中では、根菜と塩漬け肉を煮込んだ「石鍋スープ」がぐつぐつと音を立てている。味はポトフに近いが、香辛料が強く、身体の芯から温まる。


「隊長、飲みながら考えるのがええんじゃよ」


 ガストンが火酒を注ぎ足しながら言う。


「酒は心を開き、思考を深める。戦場で生き残るには、腕力だけでは足りん。

――哲学がいる」


「哲学……?」


「そうじゃ。例えば――」


 ガストンは湯飲みを掲げ、焚き火の光を反射させた。


「〝生きるとは、次の一杯を飲む理由を探すこと〟とかの」


「いや、それただの酒飲みの理屈じゃ……」


「違うわい。深いんじゃよ」


 ガストンの一家言に、周囲のドワーフたちが一斉に頷く。


「深い! 実に深い!」

「存在と真理の根源に触れた!」


 カリウスは思わず苦笑した。

 オークが豪快さと勢いの種族なら、ドワーフは酒と哲学で戦う種族らしい。

 ガストンが鍋をかき混ぜながら続ける。


「わしらはの、火酒を飲むと頭が冴える。抽象的思考が進むと、戦場の判断も早くなる。――酒は武器じゃ」


「いや、普通は逆だと思うけど……」


「ガハハ! 人間にはわからんじゃろう!」


「わからんなー」


「ではこういうのはどうじゃ。

――思想とはの、すでにこの世のどこかに転がっとる『真理』を探し出すことでもなければ、誰かの『立場』に味方することでもない」


 ガストンは火酒を一口あおり、ゆっくりと言葉を続けた。


「生きた人間同士の間で、どうにもならん問題が生まれる。

思想はその答えを出し、押しつけるための道具ではない。

皆がその問題を〝言葉にできるようにする〟ための技術じゃ。

言葉ができれば、そこで初めて皆で『問題』を掘り進められる」


「……悪酔いしすぎじゃないですか?」


「そう思うか? では聞くぞ、中隊長。

立場の違う者同士が、互いに自分の立場だけを固守し、

一歩も譲らず、妥協もせず、ただ突っ立っていたらどうなる?」


「……戦争が起きる」


「そうよ」


 ガストンは焚き火の赤を見つめながら、静かに言った。


「お主は今、胸の奥で〝これではいけない〟と思ったじゃろう?」


「あぁ、思ったよ」


「それが思想じゃ。

思想とは、思惟とは、石の中に埋まった宝石を掘り出すようなもんではない。

人間同士の理解を広げるための技術。

互いが歩み寄るための道具。

争いを避けるための知恵なんじゃ」


「……そこまでくると、もう酔っぱらいの戯言(ざれごと)とは言えないな」


「だーから言っとるじゃろうが」


 ガストンは石鍋スープをよそい、カリウスに差し出した。

 香りは強いが、味は驚くほど優しい。


「……うまいな」


「当然じゃ。わしらが作る料理じゃからな」


 ガストンの言葉を聞きながら、カリウスの胸の奥で何かが(うず)いた。


 自衛隊にいた頃、訓練場で見た些細な衝突。

 任務中に起きた誤解。

 避難所での、物資を巡ってのいさかい。


 誰も悪くなかったのに、立場が違うだけで人は簡単に敵になる――

 そんな瞬間を、彼は何度も見てきた。


(……あれも、言葉が足りなかっただけなのかもしれない)


 火酒の熱が喉から胸へ落ちていく。

 その温度とともに、ガストンの言葉がゆっくりと沈んでいった。






 一方、第一小隊に参加した――造命種シャッフェンたち。

 彼らの食事風景は、他のどの小隊とも違っていた。


 焚き火もない。

 鍋もない。

 香りも湯気も、温度すら存在しない。


 彼女たちはただ、整然と並んで座り、

 無言で戦闘レーション――B型携帯食を開封していた。


 カリウスは近づいた瞬間、思わず顔をしかめた。


(……うわ。これは……)


 乾燥ビスケットは、石膏を固めたように白く粉を吹き、栄養バーは油脂が浮いていて、甘いのかしょっぱいのかすら判別不能だ。


 そして缶詰の肉は……どろっとした灰色のゼラチンに沈んでいる。

 (ろう)の塊の間に肉片があると行った風情だった。


 カリウス――いや狩生はこれに似た物を知っている。


 ソヴィエト時代のウクライナを旅行した作家の回想録に乗っていた缶詰で、伝説的に不味いと有名な〝旅行者の朝食(ハルヴァ)〟にそっくりだった。


「なぁ、せっかく兵営が近いんだし、温かい飯を食べればいいじゃないか」


 レオンが思わず声を上げる。

 しかし、フユは首を傾げるだけだった。


「いえ、支給された携行食で十分です。なにか問題でも?」


「問題っていうか……その……」


「これ以上は必要ありません。レーションで十分です」


 その言い方は、まるで「必要性が理解できない」と言っているようだった。


 周囲を見渡すと、ウララもステラも、他の二十名のシャッフェンたちも、まったく同じ動作で、同じ速度で、同じ無表情で食事を進めている。


 ビスケットを割る音だけが、規則正しく響く。

 会話は一切ない。


 彼らにとっての食事は、楽しむものではなく『補給』にすぎないのだ。


 ウララが淡々とビスケットを口に運びながら言う。


「もしかして、廃棄が出たので処分してほしいということですか?」


「……そういうわけではないんだけど、温かいご飯のほうが良くないか?」


 カリウスが問うと、ウララは不思議そうに答えた。


「温かい食事は食器を汚しますし、手間がかかります。良くはないのでは?」


 彼女の言い草は、まるで、温かい食事に欠陥があるかのような言い方だった。


 レオンが「いやいやいや……」と頭を抱える横で、カリウスは、胸の奥に小さな痛みを覚えていた。


(……温かい飯は、生きてる実感みたいなものだと思ってたけど……それを押しつけるのは、俺のエゴなのか?)


 オークは豪快に肉を焼き、ドワーフは酒と哲学で心を温め、人間は湯気に救われる。


 だが、シャッフェンは違う。彼女たちは造られた命であるためか、温度も香りも、心を揺らす要素として必要としていないようだった。


 すると、ステラが淡々と缶詰の肉を口に運びながら言った。


「隊長。あなた方が温食を好むのは理解しています。ですが、私たちには不要です。オークとドワーフがそれぞれ別の食文化を持つように、違うだけです」


 その言葉は正しい。

 正しいのだが、どこか胸に引っかかった。


「それに――」


「?」


「温かい食事は、心を動かします。私たちは――心が動くと困るのです。

戦時の私たちは、安定した兵士であることを求められているので」


(――なるほど。食事の味がわからないわけではないのか。それって……うーん。自分たちを自分で道具にしてないか?)


 訓練中、確かステラはこんな事を言っていた。


『私たちは兵器として作られたけど、その役目が終わった後、自分たちで生きる理由を見つけた子もいるの。それだけは忘れないで』


 そして、カリウスは彼らを道具として使わないと約束した。


 彼らの言っていることは、さっきと言っていることが違うような気がする。


 だが、彼らの中では成立する理屈らしい。カリウスは答えを出せないまま、静かにレーションを口にし続ける造命種たちを見つめていた。











本作、実は本物カリウスと、転生サイドの狩生の

2パターンで連載中なんですが……

ようやく転生サイドのカリウスがトゥルーエンドのフラグを一個拾いました(

狩生君、これまで本物カリウスが拾ってきたトゥルーエンドフラグ

一個も拾えてなかったという…(

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