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自走砲チーム

 訓練が終わり、各小隊が兵営に帰還するために装備を整えていた。

 その時、丘の下から重いエンジン音が響いた。


 ゴォォォォ……


 地鳴りのような振動とともに、ティーゲル号が姿を現した。


 鋼鉄の巨体は、まるで自らの重さを意識しているかのように慎重な速度で丘を登ってくる。いや――実際に〝意識〟を持っているのだから、当然なのだが。


 サスペンションが登坂のたびにわずかに軋み、転輪は地形の起伏を読み取るように形を変え、キャタピラは蛇の腹のような滑らかさで地面をつかんでは離す。


 その動きは、機械の規則性と生物のしなやかさが同居していた。

 見慣れているはずのカリウスたちでさえ、息を呑むほどだった。


 やがてティーゲル号は丘の頂に達した。巨体をわずかに沈ませながら、目の前で静止する。その様は、まるで「出番はまだ?」と、主人に尋ねるようだった。


「うわ、ほんとに動いてる……」


 カリウスが呆然としたように呟いていると、アデーレが兄の背中を押した。


「行きましょう兄さん。私たちの『家』へ」


 四人はそれぞれのハッチへ向かう。


 アデーレは戦車長席へ、カリウスは《《操縦席》》へ。メリナは砲手として砲塔のハッチから中へ乗り込み、フリンも装填手としてそれに続いた。


 それぞれが持ち場へ滑り込むと、ティーゲル号の内部が低く唸り、計器が淡く光り始めた。カリウスが操縦席に腰を下ろした瞬間――


「えっ?」


 レオンが素っ頓狂な声を上げた。


「ちょっと待て。今カリウスが乗ったよな? じゃあ……さっきまでティーゲル号を動かしてたのは誰だ?」


 その場にいた兵士たちの背筋に、冷たいものが走る。


 カリウスは苦笑しながら、ハッチの縁を軽く叩いた。


「……家つ神だよ」


「は?」


「ガルムさんが言うには、ブラウニーに近い妖精が住み着いてるんだって。

この戦車、その子の力で勝手に動くんだ」


 カリウスの説明にレオンの顔が引きつる。その反応から、どうやら、この世界でもなかなか(まれ)な現象(?)だと知れた。


「いやいやいや……そんなホラーみたいな話あるか?」


「便利だぞ。整備も手伝ってくれるし、操縦者が乗る前に暖機してくれる」


「便利とかそういう問題じゃねぇ! おかしいだろ!」


「よかった。レオンもそう思うか。俺もそう思う」


 周囲の兵士たちも揃ってざわつく中、ティーゲル号はまるで彼らの会話が聞こえているかのように、エンジンを一度だけ低く唸らせた。


「……今、返事したよな?」


「気のせい気のせい」


「絶対気のせいじゃねぇ!」


 レオンの抗議を無視して、カリウスは無線を繋いだ。


「――こちらティーゲル号。自走砲チーム、訓練を開始するぞ」


 無線に応じて、丘の下で待機していた自走砲が動き出す。

 砲塔を後方に向けた異様な姿勢のまま、8両が列を成して前進した。


「よし、こちらも前進だ。微速前進。戦車前へ」


 標準型戦車がティーゲルの横に並んで進む。


「各車、目標が見えるか?」


 戦車の前方には、ガストンたち工兵隊が作ったベニヤの戦車が並んでいる。ベニヤの戦車は、ちゃんと砲塔と車体の上にハッチまで作られていた。


『見えまーす』


「1から4号車は左端。5から8号車は右端から射撃開始だ」


『了解』


「よくできてるよなーあれ」


 フリンがダミーの戦車に対して感心した声を上げると、砲尾を挟んで配置についていたメリナが苦笑した。


「訓練用ですぐ壊すんだから、何もそこまでしなくていいのにね」


「でもメリナねーちゃん、敵の格好良さも重要だぜ!」


「そうかなぁ?」


「妥協はドワーフの矜持が許さないのかもしれませんね」


 そういってアデーレがキューポラのクラッペを押し上げて、監視窓から前方の動きを見た。自走砲は丘の草を蹴散らし、履帯の跡を地面に残しつつ進んでいく。


「敵戦車に姿を晒すな。丘を盾にして、ギリギリの高さから狙うんだ」


 カリウスが続けて指示を飛ばす。

 左右の自走砲チームは前進して、丘を盾に車体を隠し、待ち伏せの構えを取った。


「各自、訓練弾を装填しろ」


『了解!』


 カリウスの指示が無線に乗って広がる。

 ティーゲル号の内部に戦闘準備の騒がしさはない。


 ティーゲル号はあくまで指揮を執るだけ。

 撃つのは左右に展開した自走砲と標準型戦車だ。


 カリウスは操縦席に腰を落ち着け、演習の様子を見守る。

 この世界の訓練弾は、前の世界のそれとはまるで違う。


(……弾頭が無い訓練弾なんて、前の世界じゃ考えられなかったよな)


 前の世界で使われていた訓練弾は、ほぼ本物の代物だった。


 一般的には鋼鉄の弾丸に、燃焼して目印となる曳光(トレーサー)用の薬品を充填したもので、爆発こそしないものの、実態は旧式の徹甲弾と何ら変わらない。


 扱いを誤れば普通に危険で、射撃場では常に緊張が漂っていた。


 だが、この世界の「エーテル訓練弾」は――


(光の線が飛んでいくだけ。威力はゼロ。

ただし、熱はあるから、今回のベニヤ製の目標は燃え上がってしまう。

安全なんだか危険なんだか良くわからないな)


 訓練弾は、砲弾の形をしているが、先端に弾頭はない。

 厚紙で封をされているだけだ。


 自走砲の装填手が訓練弾を持ち上げる。すると、厚紙の裏、薬莢の内部に封じられたエーテルが厚紙の裏で淡く脈動していた。


 発射されると、弾丸ではなく光の軌跡(ビーム)が空を走る。

 当たっても衝撃や爆発はないが、熱で標的が焦げるといったものだ。


 丘の下では、ガストン率いる工兵隊が水袋とバケツを抱えて待機していた。

 標的のベニヤの戦車の後ろには、すでに水を張った大きな桶まで置かれている。


『各車、準備完了しました!』


 無線から次々と声が返ってくる。


「よし。1から4号車は左端、5から8号車は右端から射撃開始だ」


『1号車、撃ちます!』


 次の瞬間――

 ――パッ!


 金属的な砲声ではなく、柔らかい破裂音。

 砲口から放たれた光が、直線に近い、優雅な弧を描いて飛んでいく。


(……やっぱり、何度見ても不思議だ)


 青白い光の軌跡は、ベニヤ戦車の側面に触れた瞬間――

 じゅっ、と小さな煙を上げた。


「お、命中、着火したぞ! 行け行け!」


 ガストンたち工兵隊が一斉に駆け出し、バシャッと水をかける。

 ベニヤの表面が黒く焦げ、湯気が立ち上った。


「1号車、命中確認! 次弾装填! 続けて撃たせろ!」


 カリウスの声に、無線の向こうで各車が動き出す。

 光の弾道が次々と空を走り、丘の上に幻想的な光景が広がっていった。





 自走砲チームの訓練が終わった後、アデーレとカリウスは迷っていた。

 訓練の動きは悪くない。

 ただ、気がかりな部分があった。


「砲の性能は十分。命中精度は申し分なし。ただ――」


「実戦において、砲手が恐怖に耐えられなければ意味がありません」


「そこなんだよなぁ……」


 訓練での動きは悪くなかった。

 だが、自走砲に乗っているのは、予備兵団(バスチオン)の兵士。


 つい昨日まで、街や農村、工場で働いていた民間人だ。

 正規の軍人ではない。


 敵が迫ってくるなか、冷静に照準して撃ち続けられるのか。

 カリウスが気がかりなのはそれだった。


 ぽつり、と彼の口から言葉が漏れた。


「……シャッフェンを砲手にしたほうがいいかもしれない」


「えっ……でもカリウス、あの人たちって……」


「恐怖で手が震えることはない。照準も、補正も、射撃も、すべて正確だ。遅滞戦闘では、冷静さが何より重要だ」


「良いと思います。彼らなら、敵戦車が迫っても動じない。」


 妹も兄に同意した。なら――

 カリウスは無線機を握りしめ、深く息を吸った。


「――ステラさん。自走砲チームの砲手に、造命種(シャッフェン)を回せますか?」


『それは可能だけど。8名、本当に向かわせていいの?』


 無線越しの声は、いつも通り冷静だった。

 だが、ステラは彼の不安を見透かしたように聞き返した。カリウスの胸には、言いようのない不安がじわりと広がっていた。


(……本当に、これでいいのか?)


 人間ではない兵士。恐怖を知らない兵士。

 正確無比で、感情から失敗することのない、完璧な兵器。


 前世で予見されていた未来が、今、目の前で形になりつつある。


「お願いします。ただ――」


『ただ?』


「砲手を続けたい、やりたい、という人がいるなら、無理に代わらなくていいです」


『わかった。そのように伝えて送ります』

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