第四小隊 オークたちの火力
第四小隊――オークの砲兵が動き出した。
丘の下から現れた彼らは、まるで巨岩が歩いてくるようだった。
身長は二メートル前後、肩幅は人間の倍はある。
筋肉の鎧をまとったような体躯に、軽鎧の草摺が軋む音を立てる。
だが、カリウスが目を見張ったのは、その体格ではなかった。
「……おい、あれを運ぶのか?」
オークたちが手に下げているのは、
本来なら三人がかりで分解して運ぶはずの80ミリ迫撃砲だった。
砲身、脚、底板――本来それぞれを手分けして運ぶ。
なのにそれを、ライトスタンドでも運ぶように軽々と持ち歩いていた。
オークは十数キロある装備をひょいと抱えて持ち上げている。
しかも、歩幅は乱れず、息も切らしていない。
「ち、中隊長殿、設置位置はどこだす?」
小隊の先頭に立ったマルクが、おどおどと尋ねる。
「……あ、えっと、そこ! B4、斜面の中腹だ。射界を確保しろ」
「了解だす!」
オークたちは、迫撃砲を地面にそっと置いた。
そのそっとが「ずしん」と、土を震わせる。
さらにカリウスを戦慄させたのは、彼らの背負っている荷物だった。
「……なんだ、あの背負子は」
オークたちの背中には、人間なら一発ずつ丁寧に運ぶはずの迫撃砲弾が、まるで薪でも積むように何十、何百と積み上げられていた。
背負子の上端は、彼らの頭よりもさらに高い。
歩くたびに金属の擦れる音がジャラジャラと鳴っていた。
(……何百発運んでるんだ、あれ)
カリウスは思わず喉を鳴らした。
自衛官だった前世の感覚が、常識の崩壊を告げている。
普通の歩兵中隊なら、迫撃砲は支援部隊の仕事だ。
歩兵が自分たちで砲を持つなど、重量的にも運用的にも不可能だ。
だが――この世界では違う。
オークたちは、砲兵であり、歩兵であり、そして火力そのものだった。
(……使える。いや、使い方次第で戦場を変えられる)
カリウスは確信した。
この第四小隊は、遅滞戦闘における切り札になり得る。
(よし! ……………えぇ?)
オークたちの後続をみたカリウスは思わず息を呑んだ。
彼らが肩に担いでいるのは、本来車両に搭載して使用する20ミリ自動砲だった。
だが彼らは、それをまるで少し重い猟銃程度の感覚で扱っている。
銃身は太く、機関部は鋼鉄の塊のように分厚い。
それを片手で支え、もう片手で弾の入った箱を運んでいる。
もはや歩兵というより※火点そのものだった。
※銃火器などを備えた防御陣地のこと。
さらに異様なのは、その背中に背負った甲冑だ。
巨大な鉄板を幾重にも重ねたそれは、まるで亀の甲羅を思わせる形状をしている。
オークが伏せると、その甲羅が前方へ倒れ込み、上半身と頭部をすっぽりと覆ってしまった。まるで、携行式のシールドだ。
顔に深々と刀傷を作ったオークが、自動砲を抱えて地面に伏せた。
瞬間、地面がわずかに震えた。
その質量が、ただの歩兵のものではないことを物語っている。
(……なんだこれは。歩兵というより、もはやタイヤのついてない装甲車だぞ)
カリウスはまたもや戦慄した。
迫撃砲に続き、これだ。
崩れ去った常識がさらにすり潰され、砂と化した。
20ミリ自動砲は、50口径のバレット対物ライフルよりも強力な火力だ。
人間の歩兵が撃つことを想定してないし、想定するはずがない。装甲車や航空機を撃ち抜くための兵器であり、歩兵が携行するなど本来あり得ない。
だが、オークたちはそれを「歩兵装備」として扱っている。
カリウスは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
だが同時に、確信もあった。
(撤退支援であれを撃たせれば……敵歩兵は前に出られなくなる。恐怖で足が止まる。――使える。第四小隊は歩兵の火力の要になる。
……そうだ。遅滞戦闘で一番重要なのは「火力」だ)
オークたちの迫撃砲と20ミリ自動砲を見ながら、カリウスの脳裏に、前世で叩き込まれた教範の一節がよみがえる。
――優勢火力。
――Fire superiority。
優勢火力といっても、とにかく撃てば良いという意味ではない。
敵に撃たせない状況を作るという教範だ。
銃口を向けさせない。
頭を上げさせない。
前に出させない。
判断を遅らせ、動きを奪い、士気を削る。
(敵の命を奪う必要はない。奪うのは行動しようとする決心だ)
敵の前進を遅らせ、時間を稼ぐ戦い。
そのためには、敵を恐怖させ、動けない状況を作る必要がある。
(あの20ミリがあれば、敵歩兵は絶対に顔を出せない。迫撃砲があれば、敵の集結も前進も封じられる。……これだ。これが優勢火力だ)
カリウスは確信した。
第四小隊の火力は、遅滞戦闘における「決定的な圧力」になる。
(俺たちが相手にするのは「戦車」。だからこそ――歩兵に対する圧力が必要だ。)
◆
意外に思われるかもしれないが、機甲師団の「弱点」は歩兵にあった。
機甲師団は、戦車の突破力、装甲車の機動力、自走砲の火力が主役に見える。
だが、実際にはそうではない。
戦車には「歩兵がいないと前進できない」という致命的な弱点があるのだ。
戦車は歩兵を守るが、歩兵は戦車の目であり、盾であり、手足となる。
歩兵が伏せたまま動けなくなれば、戦車は孤立する。
そうなると、近距離での対戦車攻撃をまともに食らう。
側面からの敵戦車や自走砲による攻撃に全く気づけなくなる。
足元がお留守になり、地雷原どころか砲弾が作った穴にはまり込んで、戦わずして車両を捨てるという、最悪の事態に陥ることすらままある。
つまり、「戦車」ではなく、戦車を動かすための「歩兵」を止める兵器。
それが迫撃砲だ。
◆
狩生の前世において、ソ連軍がドイツ軍の進撃を遅らせたときもそうだった。
迫撃砲と機関銃の火線を重ね、敵の頭を上げさせず、前進を遅らせ続けた。
撃ち勝つのではなく、撃たせないことで時間を稼いだ。
(これなら、やれる。この世界にはペガサスやグリフォンなんかの空を飛べる動物がいるせいで、「航空機」の発達が遅れに遅れている。つまり――砲兵が《《それ》》に変わる大きな価値を持っている。)
カリウスの胸の奥に火が灯った。
シャルロッテ教授もそうだそうだといっています。
歩兵隊が直掩の火力を持つのは、第一次世界大戦の浸透戦術における、歩兵連隊と砲兵大隊が随伴する編制、「戦闘団」カンプグルッペがそれです。
これは現代の「歩兵が直掩火力を持つ」思想の直接的な祖先です。
ベリエはWW1をWW2の間を跨いだような格好になっていますね。
使い勝手のいいミニ師団みたいな考えは、時代のあちこちで顔をのぞかせてきます。




