大手術
エーリッヒ大佐は整備場を去るかに見えたが、ふと視線を横に流し、ピットの奥に置かれた車体に目を留めた。
「ところで、まだ砲が乗っていないな」
大佐の指摘に、カリウスは苦い顔をした。
「はい。装備をかき集めようとしたんですが……」
カリウスは力なく首を横に振って、息を吐いた。
「ベリエの対戦車砲は40mmで貫通力不足。歩兵砲や山砲は75mmありますが、徹甲弾の貫徹力は距離500メートルで30mm。お守りにもなりません」
彼の説明に、ガルムが補足するように言葉を継いだ。
「帝国の重戦車を撃破できる砲は、陸軍の90mm砲だけです。でも、あれを載せるには……この20トン級の車体じゃ、ちと重すぎますな」
カタン、とペンを置く音がした。
製図板で作業をしていたアデーレだ。
「載せること自体は可能です。ただ、そうなると砲弾を置くスペースがない。
弾薬運搬車が別に必要になります」
そういって製図台の前に座っていたアデーレが、ちらりと車体を見る。
大佐は車体の側面を軽く叩き、ふむ、と低くうなった。
「……ならば、別の手がある」
「別の手、ですか?」
自分の書いた設計図に手をやって疑問の色を浮かべるアデーレ。
するとエーリッヒ大佐は、ティーゲルと親子のように並ぶ標準型戦車――
ベリエ軍の主力車両の方へ視線を向けた。
「ベリエが使っている標準型戦車は、連盟とのエーテル資源取引で〝現物払い〟として受け取ったものだ。小国にしては不相応なほど戦車が多い理由は、そこにある」
大佐の説明にメリナが首をかしげた。
「でも、それと自走砲に何の関係が……?」
「ベリエが運用するにあたって――
主砲が連盟の47mm戦車砲から、40mmに変更されている」
「え?」
「わざと弱くしたんですか?」
アデーレたちの反応に、エーリッヒ大佐は小さく息を吐いた。
「このスケールダウンは、連盟の戦車運用思想に原因がある。
この戦車の連盟本国での分類は〝騎兵戦車〟。
――つまり、機動力重視で、対戦車戦闘を主眼に置いた設計だ」
※AMC:Automitrailleuse de Combat。戦闘用機銃車。つまり戦車のこと。
ガルムが目を細める。前の大戦に参加した彼は、連盟の――
「あまりにも独特過ぎる兵器運用思想」を痛いほど理解し、学んでいた。
「……戦車以外の敵を最初から相手にする気がない?」
「そうだ。連盟仕様の47mm砲は――《《榴弾が撃てない》》」
整備場が静まり返った。
メリナたちは、まるで悪い冗談を聞いたかのように戦車を見た。
「……は?」
「榴弾が撃てないって……? 戦車なのに……?」
メリナは口をぱくぱくさせ、カリウスは肩を落とした。
◆◆◆
なぜ榴弾が撃てないことが、それほど驚きに値するのか。
これを理解するには、史実のイギリス戦車開発――
特に第二次大戦初期の混乱をもって説明するのが容易いだろう。
大戦初期、イギリス陸軍は戦車を二種類に分けていた。
巡航戦車(Cruiser)は、高速で移動し、敵戦車を撃破する。
歩兵戦車(Infantry Tank)は、歩兵を支援し、陣地を突破する
この二本立て思想が、後に深刻な問題を引き起こす。
巡航戦車に搭載されたのは 2ポンド砲(40mm級)。
この砲は「対戦車戦闘に特化」しており、榴弾を用意していなかった。
理由は単純だ。
「巡航戦車は敵戦車だけを倒せばよい。歩兵や陣地は歩兵戦車が相手をする」
――という、机上の理屈である。
だが、戦場はそんなに都合よく分業してくれない。
榴弾が撃てないと何が起きるのか?
榴弾とは、敵歩兵・建物・対戦車砲陣地・機関銃座など、「戦車以外のあらゆる敵」を排除するための弾種である。
これが撃てないということは――
敵歩兵の対戦車砲を潰せない。
建物に立てこもる敵を排除できない。
塹壕を吹き飛ばせない。
軽装甲車両すら過貫通で弾が通り過ぎてしまい、相手にしづらい。
つまり、戦車以外の敵に対して、ほぼ無力になる。
ということだ。
史実のイギリス巡航戦車は、まさにこの問題に苦しめられた。
対戦車砲陣地に撃たれ放題になり、歩兵の機関銃座を壊せず、「戦車なのに、戦車以外に弱い」という致命的な欠陥を抱えていたのである。
カリウスたちが絶句したのは当然だ。
戦車とは、戦車だけと戦う兵器ではない。
むしろ戦場の大半は「戦車以外の敵」で満ちている。
榴弾が撃てないというのは、戦車としての〝半身〟を失っているに等しい。
実際、戦車が携行する砲弾の半数は『榴弾』なのだから。
◆◆◆
(なるほど。連盟の47mm砲は、史実のイギリス巡航戦車と同じ欠陥を抱えている。対戦車戦闘には強いが、戦場の大半を占める〝その他の敵〟に無力なんだ。)
カリウスは頭の痛みを抑えるように、額に手を当てた。
「……大佐の言わんとすることがわかりました。榴弾が撃てないが、高初速で対戦車戦闘に向いた47mm砲が余っている、ということですか」
「その通りだ。連盟の47mmは、距離500メートルでおよそ60から70ミリの装甲を貫ける。帝国のマムート重戦車であっても、側面なら十分勝負になるだろう」
「悪くなさそうに思えるな。重戦車を止める手段があるのと無いのとじゃ大違いだ」
ガルムは腕を組んで上に何も乗っていない車体を眺める。
だが、その後ろでカリウスの内心は穏やかではなかった。
肩を震わせ「実に良いじゃないか」と口角を持ち上げていた。
(悪くないどころじゃない。最高だ。1936年で貫徹力70ミリは破格と言ってもいい。前世なら、1940年までの、ほぼすべての戦車が撃破可能だ。)
すっと、アデーレが製図台の前から立ち上がった。
「47mm砲を自走砲に搭載することは可能です。ただ……」
彼女は車体に近づくと、整備中の車体後部の平らなデッキを指で叩いた。
「砲は後ろ向きが標準位置になります。運用に少しクセがでますね」
「もしかして、前に撃てないとか?」
「撃てます。ですが――」
アデーレはメリナに操縦席の周りに立てられた装甲板を指差してみせた。
「前に砲を向ける場合、操縦席の装甲板が邪魔になるので倒す必要があります。砲の旋回は全周可能ですが、前方だけは物理的に邪魔になってしまいます」
ガルムが腕を組んでうなった。
「つまり、通常は後ろ向きで敵を迎え撃つ。必要なら前に向けるが、その場合は装甲を倒して、操縦席が丸見えになる……ってことか」
カリウスは車体を見回しながら、頭の中で戦闘の光景を組み立てる。
敵を追い回すことはできない。だが、逃げて撃つ分には問題ない。
「つまり、この自走砲は攻撃に向かない。いや、自殺行為と言ってもいい。
気がかりでありますが――遅滞戦闘には向いています。」
「その通りだ、カリウス少尉。
榴弾は撃てんが、遅滞戦闘で必要なのは敵の先頭車両を止めることだ。
それさえできれば、十分に目的を果たせる」
大佐は車体の上に手を置き、静かに言った。
「たしかに榴弾が撃てないのは問題だが、やりようはある。
迫撃砲、機関銃、山砲といった歩兵用装備なら――
〝ゲイリーが持ってきてくれる〟んだろう?」
カリウスは深くうなずいた。
(なるほど。《どんな汚い手段を使ってでも確保しろ》ということか。)
「はい、大佐。」
(よくよく考えて見れば、こちらは圧倒的寡兵。榴弾と徹甲弾を打ちわける余裕があるかすら怪しい。なら、対戦車任務に集中してもらったほうがマシか?)
「作れるか? アデーレ少尉」
大佐の問いに、アデーレは即答した。
「作ります。この車体なら、十分に耐えられるはずです」
「よし。帝国軍に、思い知らせてやれ」




