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新しい家


 売店から戻ってくると、戦車はまだライトを点滅させていた。

 チカッ……チカッ……と、まるで呼吸のように。


「ただいま」


 アデーレがそっと戦車に近づき、優しく声をかける。

 するとフェンダーの上のライトが、さっきよりずっと明るくなった。

 まるで、喜んでいるかのように。


「兄さん。ここに置いてください」


 アデーレはキャンディーを、戦車の前にそっと並べた。

 その瞬間――


 ふわり。


 戦車のハッチの隙間から小さな光が漏れ出したのが、アデーレに見えた。

 弾けて渦巻く……幼い子どものような形をした、柔らかい色。


 光はキャンディーの上に降り立ち、まるで喜ぶように瞬いた。


「これが……あの『何か』?」


「はい。家つ神です」


 息を呑んで見守っていた兄に、アデーレが静かに答えた。

 彼女の耳慣れない言葉に、メリナが首をかしげる。


「家つ神……?」


「親を残し、亡くなった子どもの魂が変化した、家を守る妖精です。

この戦車は……彼らにとっての〝家〟だったのでしょう」


 妹の言葉に、カリウスが深く息を払う。


(――さすが魔法のある世界だ。妖精や精霊が本当にいるのか)


 ガルムが腕を組んでうなる。


「……戦車は戦車兵にとっちゃ家みてぇなもんだ。

家守りの精霊がついてても……まぁ、不思議じゃねぇか」


「大砲のついてる家なんてあるかなぁ?」


 光はキャンディーを抱えるようにして、戦車の中へ戻っていった。

 アデーレはしばらく目を閉じ、戦車の中の色を感じ取っていた。


「……兄さん。この子たち、戦車を譲ってもいいと言っています」


「本当か!?」


「はい。ですが――ひとつだけ、お願いがあるそうです」


「お願い?」


「〝新しい家がほしい〟と」


 彼女のその願いに、カリウスとフリンが同時に固まった。


「家……?」

「戦車の代わりになる家って……」


 アデーレは、ゆっくりとティーゲル号が置かれている整備場を振り返った。


「はい。あれが良いそうです」


「えっ」

「えっ」

「えぇぇぇぇぇぇ!?」


「おいおい……マジかよ……」


 地面に浮かび上がるティーゲル号の巨大な影が、どこか誇らしげに見えた。


 小さな光がふわりと浮かび上がり、嬉しそうにティーゲル号へ向かっていく。


「あ、ちょっと!!」


 カリウスは光を追いかけ、整備場の中に駆け込んだ。

 すると、ちょうど彼の目の前で、光の玉が戦車の表面に沈み込んでいた。


「……っ!」


 光がぱっと装甲の表面を覆うように広がって見えた。


「……入れた、のか?」


 カリウスが呟くと――


 コン……コン……


 返事をするように、誰も乗っていないティーゲル号のハッチが内側から叩かれた。


「兄ちゃん、妖精さん……なんか喜んでるみたい?」


「あぁ。なんかそんな――気のせいじゃない気がする」


「よかった。この子たち……新しい家ができて、とても嬉しそうです」


「ねぇ……うちの中隊、絶対おかしいよ。

戦車に妖精が住んでるとか、聞いたことないんだけど」


「まぁ……ティーゲル号がある時点で普通じゃねぇ。慣れろ」


「うー、えー?」


 カリウスは、ティーゲル号の砲塔を見上げた。


「家族が増えたってことで……いいのかなぁ?」


 ティーゲル号のライトが

 ぱぁっと、優しく光った。




 ――数時間後。


 

 ファフニール隊は、戦車と自走砲の整備を始めていた。


 金属と機械はドワーフであるガストンたちの独壇場だ。

 彼らの手を借り、標準型戦車は、装甲を強化。

 損傷がひどすぎて、廃棄されていた戦車を自走砲に改造している。


 作業は順調で、何の問題もない――が。


 ティーゲル号の周囲だけ、冷たい整備場とは思えないほど空気が柔らかかった。

 まるで、暖炉の前にいるような……そんな錯覚すら覚える。


「ねぇカリウス。なんか……ライト点いてないのに明るくない?」


 戦車の転輪を転がして運んでいたメリナがティーゲル号を指さす。

 周囲を照らしている光の中心は、間違いなくこの巨体にあった。


「気のせいじゃないか? 気のせいってことにしよう」


「いや、気のせいじゃないよ。ほら、砲弾に書いてある字まで見えるし。

昨日の戦闘中なんて、『これどっちが榴弾だっけ〜?』って悩んでたのに、

今日は一発でわかるんだよね。

なんか……視界がクリアっていうか……」


 メリナは呑気に言っているが、彼女の横でアデーレは難しい顔をしていた。


 打ちっぱなしのコンクリートの上に置いた作業机で製図をしている彼女は、眉間に皺を寄せ、眼鏡の奥の青い瞳を極限まで細めていた。


「……兄さん」


「どうしたアデーレ。やっぱり妖精なんか入れたせいで、ティーゲル号に問題が……?」


「その逆です」


「逆?」


「調子が良すぎるんです」


「…………えぇ?」


 アデーレは深いため息をつき、ティーゲルのエンジンルームを指さした。


「まず、エーテル機関の回転数が……2800回転を出してもエンストしません」


「え、それ以上は止まるって言ってたよね?」


「止まります。最悪、暴発して機関が空を飛びます」


「飛ぶのか……」


「飛びます」


 アデーレはさらに続ける。


「それに、軸流式機関(エーテルタービン)の軸受が……加熱しないんです。本来なら、2000回転を超えたあたりで、触ったら火傷する温度になるはずなのに……」


「どうなったんだ?」


「……さっき触ったんですが、ぬるいです」


「ぬるいのか……」


「ぬるいです。ぬるぬるです。」


 アデーレは机の前の製図板により掛かるようにして頭を抱えた。


「こんなことで性能が上がるなら……ッ!

私のこれまでの努力は……なんだったんですか……ッ!!」


 アデーレの背中が煤けている。機工の天才としての矜持(プライド)を粉々にされた少女の姿がそこにあった。


「でもよぉ。良くなったなら喜べばいいんじゃねぇのか?」


 鉄板を担いだガルムが気まずそうに言う。が――


「そういう問題じゃないんですよ!!」


 アデーレがひきつけでも起こしたかのように、涙目で叫ぶ。

 そして手を広げ、わなわなと震わせた。


「私は……私は2年もかけて、設計の最適化や、運用の調整を……

……私、何百時間も計算したんですよ。

圧縮比、燃焼効率、熱伝導率……全部……全部……!

それを……(アメ)ちゃんで……!」


「飴ちゃんで……?」


「飴ちゃんで……もう!!」


 アデーレは再度机に突っ伏した。

 しばらくそうしていたが、突っ伏したまま、ちらと横目を兄に向けた。


「……もしかしたら、主砲の〝例の機構〟も、改善しているかもしれません……」


「え。問題だらけだった〝あれ〟が……?」


「はい。あれが……」


「お菓子で……?」

「お菓子で……!!!」


 アデーレは製図板にごりごりと頭をこすりつける。トレーシングペーパーが耳障りなガサガサという音を立てるが、彼女はまったく気にしていない。


 屈辱と安堵が混じってマーブル模様になった彼女の気持ちを知ってか知らずか。

 ティーゲル号の車体全面のライトが、一度、優しく光を放った。


「えーっと、たぶん喜んでない?」


「喜んでるな」


 メリナのつぶやきに、ガルムが断言した。


「……はぁ。燃料と弾薬の他に、補給しなくちゃいけないものが増えたなぁ……」


 カリウスは口に押し込んだ飴玉を転がしながら、少し遠い目をしていた。

 すると、ティーゲル号のライトが、「チカッ」と、嬉しそうに瞬いた。



「あれー? さっき落としたナット……どこ行ったんだろ?」


 フリンが首をかしげると、ティーゲル号のフェンダーがコトンと音を立てた。


「お?」


 音に気づいてフリンが赤い髪を振る。

 するとそこには、なくしたはずのナットがちょこんと置かれていた。


「お、ありがとなー!」


 フリンがティーゲルに向かって笑顔で手を降ると、それに答えるように、ティーゲル号の砲塔が、ほんの少しだけ左右に揺れた。


 まるで、尻尾を振る犬のように。


 フリンとティーゲルのやりとりは、一見心温まる何気ないものだ。

 だが、それを見た瞬間、カリウスの背筋に、別の意味で冷たいものが走った。


(……いやいやいやいや。勝手に砲塔が動くとか、エンジンが自律調整するとか……これ、現代で言ったら完全に〝自律型兵器〟じゃないか……?)


 ティーゲル号の砲塔が「すっ」と小さく角度を変えた。


「……えっ、今の見た?」


「え? 砲塔がちょっと動いただけじゃん」


(ちょっとな訳あるかッ!

AIもセンサーも積んでないのに、なんで自律制御してんだよ!?

ファンタジーってこれだから!!)


 メリナは呑気に鼻唄を歌いながら、エーテル缶を転がして運んでいく。

 だが、カリウスの中の狩生はまったくそんな気分になれなかった。


(自衛隊でもアメリカ軍でも、ああいうのはまだ〝実験段階〟のはずだ。

センサーで状況を判断して、AIが最適な動きをする――

そんなの、ニュースで「将来の兵器」として紹介されるレベルで、

実戦配備なんてされてなかったはずだぞ……)


「いやー助かるなぁ。工具が勝手に整頓されてるし、チリひとつないんだよね」


「この子は家つ神ですからね。」


「なるほど。ブラウニーみてぇなもんか。お手伝いはお手の物ってワケだ」


(教授、俺、この世界についていけるか、自信がなくなってきました……)


 そういって狩生はがくりと肩を落とすのだった。


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