呪いの戦車
テントの中は、外よりもひんやりしていた。
湿った空気が肌にまとわりつき、どこか鉄と埃の匂いが混ざっている。
カリウスがそっと布をめくると、
そこには一両の標準型戦車が、まるで眠るように佇んでいた。
他の廃車とは違う。
焼け焦げも、泥汚れも、弾痕すらほとんどない。
まるで昨日まで戦場を走っていたかのように、妙に小綺麗だった。
「……なんか、逆に怖いんだけど」
メリナが小声で言う。
「確かに。廃車ってもっとボロボロだろ」
フリンが戦車に近づきながら呟く。
カリウスは慎重に車体に触れた。
冷たいはずの鋼鉄が、なぜかほんのり温かい。
「……おかしいな」
その瞬間――
カンッ!
「うわっ!?」
カリウスが飛び退く。
戦車のハッチが、内側から叩かれたように跳ねた。
「ちょ、ちょっと待って! 誰か入ってるの!?」
メリナが悲鳴を上げる。
「いや……誰もいないはずだ」
カリウスは息を整え、ゆっくりとハッチを開けた。
中は暗く、静かで――誰もいなかった。
だが。
「カリウス兄ちゃん……これ見て……」
フリンが震える指で指した先には、
古びたキャンディーの包み紙が、いくつも散らばっていた。
その奇妙な光景に真っ先にメリナが青ざめる。
「な、なんで……戦車の中にお菓子の包みなんてあるの……?」
「……誰かが、ここで食べてたのか?」
カリウスが呟く。
手に取った菓子の包みは、数日前のものではない。
軽く数カ月は経っていそうだ。
「でも、こんなに……? しかも古い……」
アデーレが包み紙を手に取り、眉を寄せる。
その時だった。
ガタッ!
戦車の内部で、何かが動いた。
「ひっ!?」
「兄ちゃん、なんかいるって!!」
メリナが飛び上がり、フリンが慌てふためく。
しかし、ガルムがぬっと二人の間から戦車の前に出た。
「みっともねぇなぁ。どうせ猫かなんかが入り込んだんだろ」
そういって握り込んだ拳を戦車の天井に叩きつける。
ガンッ!
直後――
ガンガンガンガンガンッ!!!
ものすごい乱打の音が戦車の中から返ってきた。
明らかに猫ではない。
「ぬわっ?!」
さすがのガルムも肝をつぶして後ずさる。
カリウスがハッチを閉めようとした瞬間――
ボフッ!!
エンジンが突然、青い火花を吹いた。
「きゃああああ!!!」
「兄ちゃあああああああん!!!」
「うおっ!?」
「おい落ち着け!! 逃げるぞ!」
「みなさん、こっちへ!」
5人が一斉にテントの外へ飛び出す。
さらに追い打ちをかけるように 砲塔の中から――
カラ……コロ……ポトッ
砲弾がひとりでに転がり落ちてきた。
「ちょ、なんで弾が落ちてくるの!? 誰が装填したの!?」
「俺が知るか!!」
テントから全力で離れる一行。
すると、彼らの背後で、戦車のライトが――
チカ……チカ……
と、勝手に点滅していた。
「……ねぇ、あれ絶対なんかいるよね……?」
「いるな」
不安げなメリナにガルムが断言した。
幽霊戦車。
この場の全員がその言葉を思い浮かべた。
「兄ちゃん……あれ、絶対おかしいよ!」
フリンが青ざめながら言う。
カリウスは戦車を振り返り、静かに呟いた。
「あぁ。戦車は無事でも、あれじゃ使い物にならないなぁ」
「まだ使う気だったの?! もういいよ、帰ろうよ―」
5人がテントから逃げ出したあとも、
戦車のライトはチカチカと不気味に点滅していた。
まるで「まだ行かないで」と言っているように。
「……兄さん」
アデーレが、そっとカリウスの袖を引いた。
「どうした?」
「……あの戦車の中に、何かがいます」
アデーレの声は確信に満ちていた。
「何かって……やっぱり幽霊か?」
「違います。もっと……小さくて、優しいものです」
「???」
アデーレは戦車の方を見つめた。
その瞳は、普通の人には見えない〝色〟を映している。
――アデーレには、エーテルの色が見える。
幼い頃からの特異な感覚。
人の感情も、機械の流れも、魂の残滓も、すべて色として見える。
そして今、戦車の中には――
「……あれはきっと、子どもだと思います」
「子ども……?」
カリウスが息を呑む。
「はい。悪意はありません。ただ……とても寂しそうです」
アデーレは、古いキャンディーの包み紙を拾い上げた。
「兄さん。兵営の売店でお菓子を買ってきましょう」
「へ? なんで戦車にお菓子を……?」
「理由は後で説明します。でも、きっと……この子たちは、お腹を空かせています」
カリウスは困惑しながらも、アデーレの真剣な目を見て頷いた。
「……わかった。買ってくる」
「兄ちゃん、俺も行く!」
「私も!」
「おい、全員で行く必要はねぇだろ……」
ガルムがおいおいと止めたが、結局、全員で売店へ向かった。
「いらっしゃいませー……って、なんでこんなに大量のキャンディーを?」
兵営に子どもの見学でもきたのか? と、店員が目を丸くしていると、フリンがさらっと何気なく言った。
「えっと、戦車にあげるんだって」
「……は?」
「いや、違うんだ、これは――」
カリウスがあわてて説明しようとしたが、遅かった。
店員は「こいつらは関わってはいけない客だ」という顔で黙って袋詰めを始める。
カリウスは、どこか可哀想なものを見るような生暖かい視線で紙袋を受け取った。
「兄ちゃん、なんか誤解されてるよ」
「お前のせいだろ……」




