戦車集め
「それで、指揮官殿。そんな楽しそうなことに、俺たちを混ぜてくれないのか?」
「そうそう。私とガルム。それにスカーのおばさまやエマールを一緒に出たライカンたちのこと、忘れてない?」
「え……ガルムさんたちは、原隊があるのでは?」
「ある。だが正直なところ、お前さんといたほうが群れが生き残れる気がしてな。この手の直感は外したことがない」
「こんなこと言ってるけど、カリウスが心配だってなんべんも言ってたわよ」
「うぐ」
「オッサンのくせに素直じゃないんだから」
「そういうがな。俺みたいなジジイは背中が曲がって根性も曲がるんだよ」
「……では、お願いできますか? メリナさん。ガルムさん」
「おう。まかせとけ。スカーと群れの連中に話を通しておく」
「偵察なら任せてよね!」
そういって、メリナ、ガルムとカリウスは握手を交わした。
彼らほど信頼できる戦友はそういない。すくなくとも、そこらで声をかけて集まるような逸材ではないことは、カリウスもエマールの経験で理解していた。
はて、と何かを思い出したように振り返るカリウス。するとフリンが脛を押さえながらも、ティーゲルの背中で立ち上がろうとしていたところだった。
「よし兄ちゃん! じゃあ次は中隊の戦車だよな! ティーゲル号が旗車で……あと何両いるんだっけ?」
「本来なら12両だ。戦車4個小隊が3つで中隊。平均して10両は持ってるかな」
「12……! うわぁ、かっけぇ!」
フリンは完全にテンションが戻っていた。
だが、ガルムはレモンを口いっぱいに頬張ったようなすっばい顔をする。
「……おい、フリン。夢を見るのは勝手だが、ここは予備兵団だぞ」
「え?」
「二線級部隊に〝余ってる戦車〟なんてあるわけねぇだろ」
その言葉に、フリンの笑顔がぴたりと止まった。
カリウスはティーゲル号から離れ、近くで整備をしていた兵士に声をかけた。
「すみません。中隊の編制で、標準型戦車を調達したいんですが……」
整備兵は、油で黒く汚れた手を止め、カリウスを見上げた。
「標準型? 何両だ?」
「12両です」
「……は?」
整備兵は目を細め、次の瞬間、盛大にため息をついた。
「冗談だろ。ここ予備兵団だぞ? そんな数、どこにもねぇよ」
「チッ、やっぱりな……」
ガルムが腕を組んでうなずく。
「予備兵団は二線級だ。前線に回す余裕がない部隊の寄せ集め。戦車なんて、動くやつは片っ端から前線に持ってかれてる」
「で、でも……どこかに一両くらい……」
「ねぇよ」
整備兵は即答した。
「どこの部隊もギリギリだ。〝フリーの戦車〟なんてあるわけねぇ。
もしあったら俺が欲しいくらいだ」
それを聞いて、フリンがしゅんと肩を落とした。
「そんなぁ……兄ちゃんの中隊、ティーゲル号だけになっちゃうじゃん……」
「流石にそれは困るな……」
カリウスは頭を掻いた。
アデーレも困ったように眉を寄せる。
「兄さん……どうしましょう。戦車がなければ、中隊として成立しません」
「そうなんだよな……」
メリナがぽつりと言った。
「なんかさ、現実ってほんと容赦ないよね。せっかくいい雰囲気だったのにさ」
「当たり前だ。物語と違って、オチも盛り上がりも無いもんだ」
カリウスはなおも整備兵に食い下がる。が――
「本当に、一両も?」
「無いったら無い! ここにあるのは、修理待ちか、部品取りか、廃車寸前のガラクタばっかりだ。動くやつは全部、前線の連中が持っていった」
「……そうですか」
整備兵は肩をすくめた。
「悪いな。あんたがどんな特例をもらってようが、無いものは無いんだよ」
その言葉は、冷たくも現実的だった。
フリンは唇を噛みしめ、ティーゲル号を振り返った。
「兄ちゃん……どうする……?」
カリウスは深く息を吸い、静かに答えた。
「……探すしかない。この兵営のどこかに、まだある可能性はある」
ガルムが目を細めた。
「……あぁ、あるにはあるかもしれん。だが、そういうのは大抵――」
「大抵?」
「触っちゃいかん理由がある」
メリナがぞくっと肩を震わせた。
「なにそれ、ホラー?」
「ホラーじゃねぇよ。軍隊にはそういうもんがあるんだよ」
「そういうもん?」
「乗ったやつが必ず死んで、戦車自体は無傷で必ず帰ってくる。
そういう誰も乗りたがらん〝いわくつき〟とかな。」
「やっぱりホラーじゃん」
ガルムは鼻を慣らして静かに言った。
「だが……探す価値はあるかもしれん。
「よし。探そう。ティーゲル号だけじゃ、中隊は作れない」
「兄ちゃん……! 探そう! 絶対見つけよう!」
「はい。きっと……あります」
「まったく……お前らは本当に、面倒ごとを呼び寄せるな」
ティーゲル号の巨大な影を背に、カリウスたちは整備場のさらに奥へと向かった。
戦車回収車が運び込んだ使えなくなった車両を一時的に保管している場所だ。
そこは、整備場の喧騒とは打って変わっていた。
空気か何かわからないが、どこかしっとりとした静けさが漂っている。
油の匂いは同じなのに、空気が重い。
まるで、ここだけ時間が止まっているようだった。
「……ここが廃車置き場か」
ガルムが低く呟く。
並んでいるのは、戦争の〝結果〟だった。
まず目に飛び込んできたのは、上部構造物が完全に吹き飛んだ豆戦車。
車体だけが残り、砲塔どころか操縦席の天井すら消し飛んでいる。
剥き出しの内部が風にさらされ、まるで巨大な金属のタライのようだった。
「うわ……これ、どうやったらこんな吹っ飛び方するの……?」
「榴弾を至近距離で食らったんだろうな。軽装甲だとこうなる」
ガルムが淡々と答える。
豆戦車の隣には、標準型戦車が二両。
どちらも〝戦車の形〟はしているが、マトモとは言い難い。
一両は砲塔が根元から吹き飛んでいた。
砲塔を載せるリングがねじれ、金属が波打っている。
砲塔はどこかへ飛んでいったのだろう。
車体だけがぽつんと残されていた。
もう一両は、片側の転輪がごっそり無くなっていた。
地雷を踏んだのか、履帯も転輪も、サスペンションごと吹き飛んでいる。
車体の片側が地面に沈み込み、まるで片足を失った獣のようだった。
「……これはひどいな」
カリウスが息を呑むと、フリンが苦笑する。
彼の声には、整備兵としての現実的な視線が滲んでいた。
「でも、焼け焦げてないだけマシだよ。内装が燃えちゃった車両は、もうどうにもならないからね。これは……まだ部品取りには使える」
「部品取り……」
「そう。ここにあるのは〝臓器提供者〟だよ」
フリンは肩をすくめた。
アデーレは、吹き飛んだ砲塔の跡にしゃがみ込み、金属の歪みを指でなぞった。
「……これは戦車が横転したみたいですね。圧力がかかった片側だけが歪んでる」
「アデーレ、直せると思う?」
「車体は健全です。でも砲塔が完全に失われています。戦車としては使えません」
「じゃあ、『自走砲』ならいけるかも!」
目を輝かせるフリンにアデーレが小さく頷いた。
「はい。榴弾砲を載せれば、火力支援用の自走砲としては十分機能します」
「想定される相手は正規戦車だ。まずは対戦車自走砲を優先しよう」
そういってカリウスは戦車の上面を確認した。
「対戦車砲を前後逆さに載せるんだ。そうすれば逃げる時が楽だ。正面向きに乗せると、後退のとき一速でゆっくりと下がらざるを得ないからね」
「なるほど。撃っては隠れ、配置転換を楽にするわけですね?」
「そういうこと。フリン、できそうか?」
「もちろん!! 兄ちゃん、これ使おうよ!!」
フリンが身を乗り出す。
しかし、カリウスは周囲を見渡しながら、静かに首を振った。
「……まだだ。ここにあるのは〝表向きの廃車〟だ。ガルムさんが言ってたろ。触っちゃいけない理由がある車両があるって」
ガルムは腕を組んで、廃車置き場の奥を顎で示した。
「……あそこだ」
奥の方に、ぽつんと一張りの古いテントがあった。
他の車両とは距離を置くように、ぽつんと。
風が吹くたび、布がひゅう、と不気味に揺れている。
「ねぇ……なんか、あそこだけ空気違わない……?」
「違うな」
ガルムが低くうなる。
「あすこには誰も近づかねぇ。あれは……幽霊が出るって噂の車両だ」
「ちょ、幽霊?!」
フリンがごくりと唾を飲み込んだ。
「兄ちゃん……行くの……?」
カリウスは、迷いなく頷いた。
「行く。戦車が必要なんだ。どんな理由があろうと……確かめる価値はある」
アデーレも静かに立ち上がる。
「兄さん。私も行きます」
メリナは震えながらも、笑ってみせた。
「い、いま昼間だし……きっと大丈夫だよね?」
ガルムはため息をつきながら、三人の後を追った。
「ったく……お前らは本当に、面倒ごとを呼び寄せる」
四人はじりじりと、廃車置き場の奥――
ウワサの『幽霊戦車』が眠るテントへと歩き出した。
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