競演するものたち
青白い閃光がティーゲル号へ向かって飛ぶ。
空気が震え、避難民の悲鳴が橋の上にこだまする。
――が、弾頭は空中で破裂した。
パアンッ、と乾いた音。
青い火球がティーゲルの頭上で花火のように散った。
筋を引く火炎がくるくると螺旋を描き、地面に落ちる前に霧散する。
「……え?」
アデーレが、カリウスが、目を見開く。
その視界の端で、紫煙をくゆらせる影があった。
ガルムだ。
まっすぐに腕を伸ばし、二連水平ピストル――
襲撃拳銃を構えたまま、獰猛な笑みを浮かべていた。
「せっかくおしゃれなブレスレットを貰ったんだ。今使わなきゃなぁ?」
彼の腕には、パワーアーマー用の擲弾発射器が巻きつくように装着されている。
ブレスレットというにはあまりに物騒な兵器だ。
ガルムが腕をひねると、装置が唸りを上げ、数条の白煙が尾を引いて飛び出した。
擲弾は盾を並べる帝国歩兵の前後に着弾し、煙幕が赤いマントを覆い隠す。
ガルムが吠えた。
「ウオォォォォォォンッ!!」
その遠吠えに、仲間の狼獣人たちが応じる。
忘れてはいけない。
彼らは――白兵戦闘において、とびきりのスペシャリストたちだ。
帝国歩兵は怯むどころか、むしろ隊列をさらに密にした。
盾を重ね合わせて前進を続ける。
赤いマントが揺れ、銀の盾が青い光を帯びる。
そして彼らは、中世とまったく変わらない戦法――
「シルトロン隊形」 を取った。
盾の隙間から槍が突き出され、その槍の間を縫うように、両手に一本ずつ剣を握った重装剣士が歩み出た。
赤いマントを翻し、甲冑の継ぎ目から青いエーテル光が漏れる。
まるで、古代の英雄譚から抜け出してきたような姿。
大胆不敵にも前に出るとは、帝国の最精鋭に違いない。
だが――ティーゲル号の周囲には、ガルムたちの獣じみた笑みがあった。
ガルムの擲弾が炸裂し、橋の上は一瞬で白い煙に包まれた。
視界が奪われる。
帝国歩兵の掛け声も、槍の擦れる音も、すべてが煙の向こうに溶けていく。
「兄さん、見えません!」
「大丈夫。後はガルムに任せよう」
カリウスが言い終えるより早く――影が煙の中を走った。
ガルムだ。
その後ろに、傷だらけの女ライカン――〝スカー〟が続く。
彼らは迷わない。
煙の中でも、敵の位置を正確に把握している。
目はもちろん、耳も使わない。頼りにするのは嗅覚だけ。
ガルムが低く呟く。
「……鉄の匂い。油の匂い。そして――人間の恐怖の匂いだ」
スカーが笑う。
「見えなくても、全部わかる。アタシたちの庭みたいなもんだ」
二人は煙の中を滑るように進み、重装剣士の背後へ回り込んだ。
帝国歩兵は視界を失い、盾を密集させて防御姿勢を取るしかない。
その瞬間――
「オラァッ!」
鋼で覆われたガルムの拳が、重装剣士の鎧の継ぎ目を正確に突き刺した。
金属がひしゃげ、重装剣士が膝をつく。
「ぐっ……!」
スカーが続けざまに、別の兵士の膝裏へ蹴りを叩き込む。
甲冑の隙間を狙った、殺さず、動きを止める一撃。
兵士が倒れ、盾列にわずかな乱れが生まれる。
ガルムが低く笑う。
「殺す必要はねぇ。動けなくすりゃ十分だ」
「後退を誘う……ってわけかい?」
「そうだ。指揮官殿が言ってたろ?
俺たちの目的は『逃げること』で、ブッ殺すことじゃねぇ」
煙の中で、重装剣士たちが次々と倒れ、隊列がじわじわと後退していく。
帝国歩兵は混乱し、槍の先が揺れ、盾の青いエーテル光が不規則に明滅する。
「後退! 後退だ!」
指揮官の叫びが響く。
ガルムは煙の中で牙を見せた。
「ほらな。獣の狩りってのは、こうやるんだよ」
風に流され、煙が晴れ始める。
帝国の対戦車猟兵は、負傷者を抱えながら後方へ下がっていた。
その光景を見て、アデーレは息を呑んだ。
「……すごい。ガルムさんたち、本当に……やっつけちゃった」
「うん。あの人たちは、下手な戦車よりも怖いよ」
そしてティーゲル号は、避難民を守るため、再び前へ進み始めた。
煙幕が薄れ始めた頃、橋の脇の横道で、ガルムとスカーは息を整えていた。
「……おい、スカー。見ろよ」
ガルムが顎で示した先に、帝国兵が乗り捨てた一台のトラックがあった。
荷台には雑多な装備。
エンジンはまだ音を立てている。
「あらヤダ。バケツ頭の腰抜けも、たまにはいい仕事するじゃない」
「同感だ。拝借と行こうや」
ガルムが手を揉み、ニヤリと笑う。
「アンタ、また勝手に自分の取り分を増やそうとしてるね?」
「俺の戦利品だろ? 文句あるか?」
二人は軽々とトラックに飛び乗ると、白煙を上げながら橋へと戻っていった。
そのままティーゲル号の横に滑り込むと、ガルムが運転席から身を乗り出して、ハッチをガンガンと叩いて叫ぶ。
「坊主! 足ができたぞ!」
カリウスが驚いた顔でハッチを開けて振り返る。
「トラック……一体どこから?」
「とーっても親切な帝国兵の皆様からの寄付だ」
「分捕っただけだろ」と、助手席のスカーが肩をすくめる。
「そーとも言う。ま、あれだけ負傷者が出りゃ、もう帰ってこねぇだろ」
アデーレが目を見開いた。
「……あえて殺さず、負傷させて後退を誘ったんですね」
「そういうこった。あの手の精鋭は追い詰めると死ぬまで戦うからな」
ガルムの言葉は、戦場を知り尽くした者だけが持つ重みを帯びていた。
カリウスは深く頷いた。
「……ありがとう。これで避難民を全員、対岸へ送り届けられる」
「あぁ。ジジイやガキはこいつに乗せてやろう。いくぞスカー」
「あいよ。」
「兄さん、最後の列が橋を渡り切ります」
ティーゲル号のエーテル機関が唸り、ガルムたちのトラックが並走する。
避難民が鉄橋を渡り切るまで、その最後尾を守るように進んでいった。
白煙の向こうで、戦場の喧騒がゆっくりと遠ざかっていく。
ふと、カリウスは振り返った。
エマールの街が、空を焦がしていた。
港では、砲撃を受けた漁船が横倒しになり、船腹から黒煙を噴き上げている。
街の象徴だった時計塔は、崩れ落ち、
残った骨組みが炎に照らされて赤く揺れていた。
風に乗って、焦げた木材の匂いが届く。
あの街で過ごした日々が、煙の向こうに溶けていくようだった。
カリウスは胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。
だが、視線を前に戻すと――
橋の反対側には、避難民たちの長い列が続いている。
母親に抱かれた赤子。
荷物を背負った老人。
互いに肩を貸し合う人々。
その列は、ゆっくりと、しかし確実に前へ進んでいた。
「……兄さん。エマールが」
「うん。」
「……帰れないんでしょうか。もう、あの街には」
カリウスはしばらく答えなかった。
崩れ落ちる時計塔を見つめながら、静かに息を吸う。
そして、妹に向き直り、穏やかに微笑んだ。
「帰れるさ。いつか必ず、僕たちの手で取り戻す」
「……はい。絶対に、帰りましょう」
ティーゲル号のエーテル機関が低く唸り、再び前へ進み始める。
ガルムたちのトラックが並走し、避難民の列が伸びていく。
煙に沈む故郷と、歩み続ける人々。
その狭間で、兄妹は静かに覚悟を固めた。
――失われたものを、いつか取り戻すために。
◆◆◆
夕日が、世界を赤く染めていた。
鉄橋を渡り切った避難民の列は、地鳴りのような足音を響かせながら、ゆっくりと大地を進んでいく。ドロドロと、地面を踏みしめる地鳴りのような音が続く。
赤子の泣き声、土煙にむせる咳、荷車の軋む音。
そのすべてが、戦場を離れた『生』の音だった。
エマールから伸びる列は、他の地方から逃れてきた人々の列と合流し、
一本の巨大な大河となって続いていた。
ガルムたちが「拝借」してきたトラックはすでに満員だ。
ティーゲル号の背にも、子どもや老人がしがみつくように乗っていた。
そのとき――
「兄さん、問題です」
アデーレの声に、カリウスは一瞬で顔を強張らせた。
「――ッ! 今度は何が来た?」
「おしっこだそうです。こどもたちが」
カリウスの肩から、力が抜けた。
「なんだ、そっちか……」
アデーレは苦笑し、ティーゲル号を停車させるよう指示した。
カリウスはハッチから身をよじって抜け出すと、腰を伸ばした。
ずっと座りっぱなしで、尻がどうにかなりそうだった。
「小休止を取ります。みんな、少し休んでください!」
避難民たちがほっと息をつき、子どもたちが地面に降りて駆け出す。
その光景を見て、ティーゲルを降りて地面に立ったカリウスはようやく実感した。
(……生き延びたんだ)
その瞬間、一人の老人が近寄ってきた。
カリウスの手をしわだらけの手で包み込むように握った。
「ありがとう……ありがとう……本当に……助けてくれて……」
涙が、皺だらけの頬を伝って落ちる。
続いて、母親が。
その子どもが。
次々とカリウスの手を握り、震える声で礼を言う。
カリウスは言葉を返せなかった。
ただ、握り返すことしかできなかった。
だが――そこで終わらなかった。
「これ……受け取ってください……!」
「うちに残ってた……最後の……!」
気づけば、カリウスの腕には『何か』が次々と押し付けられていた。
銀食器。ただしスプーンのみ。
きれいな石。
宝石のついた指輪。
そして――なぜか、新品の女性ものの下着。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!? これは……!」
カリウスが完全に混乱していると、
すると横からアデーレが顔を出し、じと目で言った。
「お礼……でしょうか? 下着は……気持ち?」
「気持ちって何!? どういう気持ち!?」
そこへ、ガルムがトラックの荷台から大声を上げる。
「おー、儲けたじゃないか。戦利品は多いほどイイぞ!!」
「戦利品じゃなーい!!」
スカーがくつくつ笑いながら言う。
「アンタ、モテるじゃない。あたしなんて、もらったの干し肉だけだよ?」
「僕もそういうので良かったかなぁ?!」
アデーレがそんな兄の隣にそっと立つ。
「兄さん……私たち、ちゃんと守れたんですね」
夕日が、彼女の横顔を照らす。
戦場で見せた鋭さとは違う、柔らかい光を帯びた表情だった。
「うん。アデーレがいたからだよ。
君の判断がなかったら……僕は迷ってた」
「私もです。兄さんが前に立ってくれたから、私は“必要な判断”ができたんです」
二人はしばらく黙って夕日を見つめた。
今日初めて戦場に立った兄妹は、今ようやく
人を救ったという現実を噛みしめていた。
ガルムがトラックの荷台から顔を出し、いつもの調子で叫ぶ。
「おーい坊主! そろそろ行くぞ! 日が暮れちまう!」
カリウスは笑い、アデーレも笑った。
「行こう、アデーレ」
「はい、兄さん」
ティーゲル号のエーテル機関が、夕日の中で静かに唸りを上げた。
逃避行はまだ続く。
だが――この瞬間だけは、確かに〝生〟があった。
妖怪★クレクレ「そろそろ出てきてもいい?」
作者「だめ。明日は本当に大事な回があるんだから、引っ込んどきなさい。めっ」




