青の鉄拳
マムートが崩れ落ちた瞬間、戦場に張りつめていた空気がわずかに緩んだ。
ガルムたちの雄叫びが響き、民警隊の兵士たちが橋の下から顔を出す。
「ティーゲル号が……勝ったんだ!」
だが、カリウスは息をつく暇もなく、操縦席から振り返って後方を見据えた。
「アデーレ、避難民の列は?」
妹は素早く拳を突き出して親指と小指を伸ばし、その間に人の列を入れる。
列の幅が数秒でどれだけ動くかで、時間を測っているのだ。
「……あと三分で渡り切ります! 兄さん、急いで橋に入れます!」
「よし……行くぞ!」
ティーゲル号は土嚢の陰から身を起こし、鉄橋へとゆっくり進み始めた。避難民たちは振り返りながら走り、民警隊は最後尾を押し出すように誘導している。
そのときだった。
――赤。
視界の端に、鮮烈な色が揺れた。
マムートが上げる黒煙の切れ間から現れたのは、赤いマントを翻し、銀の甲冑をまとった歩兵部隊。
まるでこれからパレードに参加するかのような、整然とした足並み。
それが槍と盾を掲げ、陽光を反射させながら進んでくる。
「……何あれ?」
「なんつう格好してんだ。百年戦争の時代じゃあるまいし……」
メリナが呆然と呟き、ガルムが目を瞬かせた。
だが、カリウスとアデーレは違った。
二人は指揮官として覚醒し、とても良く『目が見える』ようになっていた。
異様さを認識したのは一瞬で、思考はすぐに『どう戦うか』へ切り替わっていた。
「兄さん、よくわかりませんが、槍と盾、白兵戦用の武器しかなさそうです」
「うん。完全に対歩兵戦仕様だ。つまり――」
二人は同時に言った。
「――ティーゲル号は止められない!」
アデーレはすぐに戦術判断を下す。
「兄さん、橋の中央まで出てください!
あの隊列は密集してる。
ティーゲル号の機関銃で十分押し返せます!」
「了解!」
カリウスはアクセルを踏み込み、ティーゲル号を鉄橋へと乗り入れた。
アデーレは車長席から身を乗り出し、民警隊に向かって叫ぶ。
「避難民を急がせて! 橋の出口で詰まらせないで!」
「了解!」
民警隊が走り、避難民の列が再び動き出す。
アデーレは振り返り、兄に言った。
「兄さん……私、わかったんです」
「何を?」
「必要なのは、正しい答えじゃなくて、今できることをやることなんだって」
カリウスは一瞬だけ目を見開き、すぐに笑った。
「……そうだね。僕も、やっとわかったよ」
ティーゲル号のエーテル機関が唸りを上げる。
赤いマントの歩兵たちが、橋の向こうで隊列を整え、槍を構えた。
だが、もう兄妹は迷わない。
戦場に立つ指揮官として、覚悟は完全に固まっていた。
「アデーレ、射撃準備!」
「了解! 対歩兵戦闘――状況継続!」
ティーゲル号は、避難民を守る盾として、鉄橋の中央へと進んでいった。
Denn das sind die Tage der Rache,
(これらの日々は、報復の時である。)
Dass erfüllet werde alles, was geschrieben ist.
(かくして、記されしすべてのことが成就するためである。)
聖歌のような、奇妙な掛け声が橋の向こうから響いてきた。
赤いマントを翻し、銀の甲冑をまとった歩兵たちが、まるで中世の軍勢のように盾を並べて前進してくる。
その盾の表面が、聖歌に合わせるように青白く脈動した。
光が揺らぎ、まるで〝祈り〟が物理的な力を帯びていくかのようだった。
(何なんだあれは。技術なのか、それとも魔法なのか……?)
頭の中で選択肢が一斉に弾け、逆に何ひとつ掴めなくなった。
前世のどんな戦場にも、あんなものは存在しなかった。
理性が空転し、判断が一瞬だけ止まる。
密集した隊列。
重厚な盾の壁。
まさに中世の時代そのもの。
――それがなぜ、1936年の戦場に?
カリウスの中で、嫌な感じが次第に大きくなってきた。
説明はできないが、このままでは不味い気がする。
兄の背後で妹が指示を飛ばした。
「メリナさん! 機銃でなぎ払ってください!」
「うん!」
ティーゲル号の同軸機銃が火を噴き、弾丸の雨が赤マントの歩兵たちに降り注ぐ。
だが――
パシ! パシンッ!
銃弾は盾に灯った青光に弾かれ、火花を散らして跳ね返った。
「ウソっ……銃弾を跳ね返してる!?」
想像だにしてなかった光景にメリナが目を見開く。
(そうだ……帝国は優れたエーテル工学を持ってる。
彼らには、前世にはなかった戦術と兵器がある。
盾にエーテル障壁……?
いや、それだけで前進するはずがない)
カリウスは自身の想定の甘さに歯を食いしばった。
そのときだった。
盾の隙間から、青く光る棍棒のようなもの が突き出された。
先端が丸く膨らみ、青白い光が脈打つ。
そのシルエットを見た瞬間、彼の背筋が凍りついた。
(ゲッ……まさか、パンツァーファウスト?!)
前世の記憶が、戦場の轟音を押しのけて蘇る。
パンツァーファウストは、第二次世界大戦中にドイツ軍が使用した使い捨て式の歩兵用対戦車兵器だ。筒の先端に成形炸薬弾頭を取り付け、歩兵一人でも戦車を撃破できる威力を持っていた。
射程は短いが、命中すれば重戦車すら貫通する歩兵の切り札。
その特徴的な『膨らんだ弾頭』――
今、帝国歩兵の手に握られているそれと、まったく同じ形だった。
「兄さん……あれ、何ですか……?」
「撃たせるな!!! あれは対戦車兵器だ!!!」
「――ッ! 弾種榴弾! 早く!!」
「わかった!」
赤いマントに銀の甲冑という時代がかった外見とは裏腹に、彼らの正体は帝国軍が育成した『対戦車猟兵』だった。
エーテル障壁を展開する盾。
歩兵用対戦車兵器。
その二つを組み合わせ、〝戦車を正面から狩る〟ことだけを目的に編成された、戦場で最も危険な戦車ハンター。
だが、赤マントの歩兵はすでに構えていた。
青い光が、弾頭の先端に集まっていく。
カリウスは叫ぶ。
「後退!!」
次の瞬間――青白い閃光が、ティーゲル号へ向けて放たれた。
(――不味い、避けられない!!)




