補給
ガルムたちが次々とティーゲル号の背中へ飛び乗る。
そのとき、カリウスの視界の端に、燃え残った装甲車の鼻先が映った。
白い――「Y」。
塗料が剥げかけたその一文字に何故か目が吸い寄せられた。
埃と煤にまみれながらも、はっきりとそこに刻まれていたその字に。
(……Y? あれはこの世界の文字じゃ――)
カリウスではなく、狩生の胸の奥が、ひやりと冷えた。
前世の記憶が、脳裏の奥でざわりと蠢く。
自衛隊員の時、同期の隊員にプラモデルが好きな者がいた。
彼は全く同じ「Y」のデカールをプラスチックの戦車に貼り付けていた。
第二次世界大戦のドイツ軍部隊章。
白い「Y」の意味する所。
(まさか、ドイツ国防軍、第七装甲師団……?)
息が止まった。
今世でのベリエは、前の世界でのベルギーの役回り。
そしてベルギーを先鋒として突破したのは――
エルヴィン・ロンメル率いる幽霊師団。
電撃戦の象徴。
戦場を疾走し、敵の予測を超え、戦線を切り裂いた怪物。
もちろん、この世界にロンメル本人がいるとは思えない。
だが――
(似た誰かが……指揮している?)
彼の背筋を、痺れたような感覚が駆け上がった。
恐怖とも興奮ともつかない、冷たい電流。
だが、次の瞬間、狩生はふっと息を吐いた。
(……いや、違う。これは『幸運』だ。)
自分でも驚くほど冷静な思考が、胸の奥から浮かび上がる。
(もしそうだとしても、僕が戦う相手は、幸いなことにプロフェッショナルだ。
それも飛び抜けた――歴史に残るプロ中のプロ)
だからこそ。
(次に何をするかが、読める。)
前世で学んだ戦史。ロンメルの戦い方。
電撃戦の原則。突破、浸透、包囲、そして――
「兄さん! 行きますよ!」
アデーレの声が、戦慄を断ち切った。
「……ああ!」
カリウスはアクセルを踏み込んだ。
ティーゲル号の巨体が咆哮し、ガルムたちが歓喜の雄叫びを上げる。
白い「Y」は、瓦礫の向こうへと消えていった。
だが、その一瞬で――カリウスは悟った。
この戦いの中に、歴史に残る怪物がいる。
そして自分は、その怪物の〝次の一手〟を読める唯一の存在だ。
メリナが何かを思い出したように叫んだ。
「そうだ! ここからなら軍倉庫がすぐそこよ! 携帯食を取ってきた場所! あそこなら、弾薬がある!」
アデーレとカリウスの視線が同時に跳ねた。
「兄さん……!」
「よし、行くぞ!」
ティーゲルが加速すると、その背中に乗っていたライカンたちが歓声を上げた。
「落っこちるなよ!!」
「野郎ども! 弾を食らう以外で死ぬことは許さんぞ!」
「ちげぇねぇ!」
ティーゲル号は咆哮を上げ、街路を突き進んだ。
白壁の軍倉庫が見えた瞬間、メリナが叫ぶ。
「あれよ! あれが軍の倉庫!」
「兄さん、速度そのまま! 正面から行きます!」
「了解!」
カリウスがアクセルを踏み抜く。
ガルムたちがしがみつき、狂乱したかのように歓喜の雄叫びを上げる。
「うおおおおおおお!!」
次の瞬間――戦車の巨体が壁に激突し、石造りの壁が爆ぜるように崩れた。
粉塵が舞い、陽光が倉庫の内部へ流れ込む。
「はは……っ! やりやがった!!」
「よーし、全隊降りろ! 瓦礫をどけるぞ!!」
ガルムたちは戦車の背中から飛び降り、瓦礫を素手で掴んで投げ飛ばした。
その怪力は、まるで戦場に放たれた獣そのものだった。
砲塔のハッチを開け放ち、アデーレとメリナが瓦礫を避けて倉庫の中に入る。
続いて、ティーゲルのツール箱から手斧をひったくったカリウスが続く。
「メリナさん、砲弾は!?」
「そこのオレンジ色と緑の木の箱!」
「よしっ!」
分厚い木箱に通された荒縄を掴んで引き出し、板を手斧で剥がす。
すると、箱の中で真鍮の輝きが眩しく光っていた。
「90ミリ徹甲弾……本物です!」
「よし、ガルムさん! ティーゲルまで運んでください!」
ガルムたちが砲弾を抱え、ティーゲル号へと次々に運び込む。
その動きは驚くほど素早く、力強かった。
「嬢ちゃん、こっちは何だ?」
ガルムの部下が木箱を開け、奇妙な形の銃を取り出した。
「それは……装甲突撃兵が使う襲撃拳銃ですね。二連水平式で、短縮ライフル弾を使うものです」
「なるほど。いいねぇ」
ガルムたちのパワーアーマーは白兵戦用。銃を使うことを想定していない。
肩の部分が丸く、ライフル等の長銃はうまく支えられなかった。
かといって通常のピストルでは射程も威力も不足する。
だが、ライフル弾を使うストームピストルなら役に立ちそうだ。
「ということは、この列は……」
アデーレは別の箱を開け、腕輪のような装置を取り出した。
「これは擲弾発射装置。腕にはめて使います。煙幕弾が主用途ですけど……先端のアダプターを使えば、ライフルグレネードも単発で撃てます」
「最高じゃねぇか!!」
ガルムたちは狂喜し、装備を次々と身につけていく。白兵戦用のパワーアーマーに、厳ついピストルと擲弾発射装置が異様なほどよく似合った。
「おもしれぇ。まだ何かねぇか探そうぜ!」
「もう! ガルム、手早くしてよね」
「わかってるって」
ガルムたちは、完全にショッピングセンターを回っている雰囲気だ。
しかも中々に嗅覚がいい。
手当たり次第に箱を蹴破っているうちに、彼は『あたり』を引いた。
「おっ、こいつは連盟の機関銃じゃねぇか! さては前の大戦で使ったヤツを返さずにしまい込んでたな?」
「ホントだ。レンドリース品じゃないっすか」
「兄さん、水冷式機関銃もありました! ティーゲルの背中に据え付けます!」
「ウヒョヒョ! 最高だなぁ!」
「おい、弾薬箱も持っていこうぜ!!」
ガルムたちが心底楽しそうに機関銃を抱え、戦車の背中に固定する。
砲塔の旋回が制限されるが、その時はその時だ。
「兄さん、煙幕手榴弾も確保しました。撤退戦ならいくらあっても困りません」
「よし……!」
カリウスが息を整え、ハンドルを握りしめる。
アデーレが車長席で前方を見据えた。
「準備完了です。ガルムさんたちも、準備万端ですよ」
その瞬間――倉庫の外から、帝国軍の野砲が着弾する轟音が響いた。
地面が揺れ、瓦礫が跳ね上がる。
「あまり長居できそうにないね。すぐ移動しよう」
「兄さん――行きましょう。ここからが、本当の戦いです」
ティーゲル号のエーテル機関が咆哮を上げる。
背中に据え付けられた水冷式機関銃が、獣の牙のように光った。
砲塔の後ろについた狼獣人はピストルの重さを確かめていた。
手すきのものは、煙幕手榴弾の箱をワイヤーで排気管の近くに固定する。
その喧騒の中で、カリウスはふと、胸の奥に沈んでいた記憶を思い出した。
――シャルロッテ教授の講義だ。
ーーーーーー
「お前のいう『電撃戦』というものを、私なりに考えてみた」
「できそうですか?」
「できる。私なりの解釈になるがな」
「というと?」
「電撃戦とは、状況と時間の変化で敵指揮官を圧倒する戦術なのだ。
敵の兵士を倒す必要はない。必要なのは――」
銀の義手で机を軽く叩きながら、彼女は静かに続けた。
「壊すのは『時間』だ。
戦線を食い破るのではない。
敵の指揮官の〝認識〟と〝想像力〟が追いつかなくなるよう、
時間を食い破るのだ」
ーーーーーー
シャルロッテは天才ゆえに、説明が説明になっていないことが多い。
そのため、彼女の講義はなかなか呑み込めなかった。
だが、今ならわかる。
(……そうだ。電撃戦の本質は『速度』や『包囲殲滅』じゃない。
敵の判断を追いつかなくさせる『時間差』こそが本質だ)
前世で学んだ電撃戦の定石が、教授の言葉と重なっていく。
突破。
浸透。
包囲。
そして――殲滅。
これらはすべて、敵の意思決定を現状に間に合わなくするための手段だ。
こちらが先に決断し、先に動き続ける。
そのたびに敵の観察、伝達、実行は遅れ、
判断は常に一歩遅れた〝過去の状況〟に基づくものになる
つまり――
(敵の戦力は〝存在していても、存在しないのと同じ〟になる)




