表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/90

誤算

 ――「1936年」。


 ベリエ王国の首都ゼレガルド。


 カリウスは20歳になり、引き続き大学の史学科で学んでいた。アデーレは16歳。機工の才を伸ばしながら、兄の帰りを心待ちにする少女へと成長していた。


 だが、カリウスの胸中は晴れなかった。


 寮の自室。


 壁に貼られた大陸地図を前に、カリウスは腕を組んでいた。


 西の大西洋連盟。

 東のゲルマニア帝国。


 二つの巨大勢力が、ヨーロッパを真っ二つに割って睨み合っている。


 そして――その境界線の北端に、ベリエ王国があった。


(……ここだ。ここが『切れ目』になっている)


 連盟と帝国の国境には、両陣営が建設した巨大な要塞群が並んでいる。


 だが、地図をよく見ると――ベリエ王国の領土だけ、要塞線が途切れていた。


(前の世界のマジノ線……フランスはドイツとの国境に要塞を築いたが、ベルギー側は手薄だった)


 そしてドイツは、その手薄なベルギーを道路のように使ってフランスへ侵攻した。


(この世界でも……同じことが起きる)


 いや、もっと悪い。

 今世のゲルマニア帝国は、前世のドイツよりもはるかに巨大だ。


 ロシアとイタリアを丸ごと飲み込んだ超国家。

 その軍事力は、前世のドイツ第三帝国の比ではない。


(ベリエは……踏み台にされる)


 カリウスは地図を睨みつけたまま、拳を握りしめた。


 カリウスは軍学を志していた。


 スタインドルフ将軍の養子として、将来は軍に入って国を守るつもりだった。


 だが――ナイトメアは陸軍大学校に入れない。


 角を持つ者は、魔王の末裔として差別されていた。どれほど優秀でも、どれほど努力しても、煤人(すすじん)と蔑まれ、軍の中枢には入れない。


(……将軍の養子でも、無理か)


 カリウスは苦笑した。

 自分がどれほど努力しても、種族が理由で門前払いされる。


(でも……だからといって、何もしないわけにはいかない)


 世界は動いている。

 戦争は近い。

 そしてベリエは、最初に蹂躙される場所だ。


(僕が……アデーレを守らないといけない)


 その焦燥が、毎日胸を焼いた。


 夜。


 カリウスは寮の窓からゼレガルドの街を見下ろしていた。眼下に広がる夜景は、前世で見慣れた黄色を基調とした灯りとはまるで異なっていた。


 青白いエーテル灯が路地に沿って規則正しく連なり、その光の列が建物の影と交わるたびに、小さな光の玉が街の(おもて)に浮かび上がる。青が層を成し、街全体を静かに沈めているさまは、まるで街そのものが海底に沈んだようだった。


 海と空の境目がほどけていくような青。

 静謐で、どこか現実の輪郭を失わせるような美しさがあった。


 だが、その青白さを見つめていると、胸の奥がわずかに強張った。


(エーテルが豊富な国は……戦争の標的になる)


 幼き日、老人が言っていた言葉が蘇る。


『このベリエはエーテルが豊富でな。それが原因で、前の大戦が起きたんじゃよ』


 資源がある国は、奪われる。

 それは前世でも、今世でも変わらない。


(アデーレ……ミアさん……将軍……僕は、この国の人たちを守りたい)


 だが、軍の中枢には入れない。

 参謀にもなれない。

 戦略を立てる立場にもなれない。


(どうすれば……僕は戦争を止められる? どうすれば、この国を守れる?)


 答えは出ない。

 ただ、焦りだけが募っていく。


 カリウスは机に向かい、軍学書と地図を広げた。

 陸軍大学校に入れなくても、独学で軍学を極めることはできる。


(僕は……諦めない)


 その瞳には、少年時代から変わらぬ力が宿っていた。


 世界は戦争へ向かっている。

 ベリエは踏み台にされる。

 ならば――僕が道を切り開くしかない。


 カリウスは静かにページをめくった。

 その手は震えていなかった。


 その時、部屋の扉が軽くノックされた。


「よぉ、また地図とにらめっこか?」


 リラックスした声とともに入ってきたのは、金髪の青年――

 ルームメイトの レオン・ブラント だった。


 軍人の家系で育った彼は、どこか余裕のある笑みを浮かべながらベッドに腰を下ろす。


「お前、最近ずっと難しい顔してるぞ。……まあ、気持ちは分かるけどな」


「……何かあったのか?」


 カリウスが顔を上げると、レオンは肩をすくめて言った。


「戦争が始まりそうだって話だよ。教授連中もざわついてる」


 級友の言葉に、カリウスの心臓が跳ねた。


「……まだ早い。歴史的には、あと三年は……」


「いや、そうでもないらしい」


 レオンは部屋の隅に置かれたラジオのつまみをひねった。

 ノイズが走り、やがてアナウンサーの声が流れ出す。


「——国境付近に集結したゲルマニア帝国軍ですが、なおも集結を続けています。帝国は軍事演習と説明していますが、ベリエ政府は、不測の事態に備えるよう警戒を呼びかけています。国民の皆さんは、冷静に行動を……」


 カリウスの背筋に冷たいものが走った。


(……嘘だろ。1936年だぞ。まだ三年あるはずなのに……)


 だが、すぐに思考が冷静さを取り戻す。


(いや……前の世界でも、1936年にはラインラント進駐があった。あれは大戦のための『準備行動』だった。でも、この世界では……)


 ゲルマニア帝国は、前世のドイツよりもはるかに巨大だ。

 前世のドイツが外交で係争していた領土も、すでに掌握している。


(面倒事がない分、行動が早くなる……当然だ)


 レオンが不安げに言う。


「なあ、カリウス……お前、教授に軍略を教えてもらったんだろ? これ、本当に戦争になるのか?」


 カリウスは答えられなかった。

 ただ、歯を強く噛みしめる。


(ベリエは……踏み台にされる。このままじゃ……)


 視界の端に、机の上の カメラが映った。

 スタインドルフ将軍から譲り受けた古いエーテル式のカメラだ。

 カリウスは迷いなくそれを掴んだ。


「お、おい! どこ行くんだよ!」


「……エマールだ。スタインドルフ家に戻る。アデーレを疎開させなきゃ」


「今からか!? もう夜だぞ!」


「時間がないんだ。レオン、自転車借りるよ!」


「……はぁ、わかったよ。教授に聞かれても、俺は知らんぷりするからな」


「ありがとう!」


 カリウスは扉へ向かいながら、自分に言い聞かせるように言った。


「戦争が始まる。僕は……何かしなきゃいけない」


 バタンと、扉が閉まる音が夜の寮の静けさに響く。


 幼き日、雪の戦場で芽生えた小さな(ともしび)

 それが今や、彼の背中で鋼のような決意となって燃えていた。


 アデーレを守るため、国を救うため――カリウスは、あらゆる人々の運命を呑み込み、押しつぶしていく歯車に挑む道を歩み始めた。



◆◆◆


ここまでお読みいただきありがとうございます。

おまたせしました。次話から本当の意味での本編が始まります。


銀魔女の弟子となった彼が、妹の心までも守れるのか

どうか見守ってやってください。


あとあれです

ここからしばらく評価ポイントくれ! ブクマくれ! って言える雰囲気の話が

まっっっっっっったく続かないので、ここで言わせてください。

ポイントくれえええええええええええええ!!(

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ