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10/12

机上演習

「では、これより机上演習を開始する」


 演習開始の号令がかかると同時に、カリウスは迷いなく指示を飛ばした。


「まず偵察班を出す。二時間前に避難した住民がまだ付近にいるはずだ。彼らから情報を得る」


 級友が繰り出した言葉に、レオンが目を丸くした。


「お、おい……住民に聞き取りなんて、演習でそこまでやるか……?」


「やるよ。住民からの新鮮な情報は何よりも価値がある」


 カリウスは淡々と答えた。


 佐官は無言でサイコロを振り、即興でハンドアウトを書き始める。

 そして、小さな紙が尉官の手によってカリウスの元に運ばれてきた。


【偵察報告】

・村の奥側に帝国軍が使っている倉庫が二つ

・手前側の民家は空

・倉庫裏手に干し草が大量に積まれている

・風向きは西から東へ


 カリウスは一瞥しただけで状況を把握した。


「村落から見ての前方、左右の丘に部隊を展開。逆斜面に伏せて迫撃砲陣地を作る。煙幕弾と白リン弾を優先して装填」


 将校団の大尉が、思わず佐官に囁く。


「……白リン弾? 学生がそんな発想を……」


「いや、普通は出ない。あれは目潰しと放火のための弾だ……」


 その時、佐官の眉がわずかに動いた。


「続けたまえ」


「え、閣下、こちらの手番は……」


「逆斜面陣地は帝国軍側から確認できない。よって、まだ彼らの手番だ」


「り、了解しました。」


 カリウスは佐官に会釈すると、続けて部隊に指示を出す。


「まず奥側の倉庫に白リン弾を撃ち込みます。煙幕で視界を奪いながら、火をつける。帝国軍の部隊は、熱と煙に追われて手前側へ逃げるしかない」


 カリウスは攻撃の判定のために、10面体のサイコロを振った。

 将校団が固唾を飲んで見守る。


 ――10。決定的成功。


 サイコロの目に従って、佐官が静かに告げる。

「白リン弾、命中。倉庫は炎上。敵部隊は混乱し、手前側へ後退を開始」


 レオンが青ざめる。


「おい、カリウス……! 村を丸ごと燃やす気かよ……!?」


「必要ならね。村落を奪還しろと言われたけど、〝無事に〟とは言われてない」


「そりゃそうだけどさぁ……」


 カリウスの言葉に、中尉が悪夢でも見たようにうめいた。


「奪還目標の村を燃やすなんて、なんて奴だ……」


 演習を取り仕切っている佐官が、帝国軍の指示役である大尉に問う。


「さて、帝国軍はここでベリエの攻撃に気づく。大尉、どうする?」


「村落に居た第一小隊を村落前面に移動させます。村落の左右に展開した第二、第三は待機。持ち場の塹壕を堅守させる。」


「では、こちらは村落前面に逃げてくる敵を、丘の火点で撃ちます。逆斜面からの射撃は、敵からは見えない隠蔽射撃となる。統制を奪い、戦闘能力を削ぐ」


「では奇襲として評価し、補正を2点与える。判定を行いたまえ」


 佐官に促され、カリウスは再びサイコロを振る。


 ――5。成功だ。


 佐官が結果を読み上げる。


「帝国軍第一小隊、火災と制圧射撃により、半数が混乱。指揮統制の低下大」


 レオンは完全に引いていた。


「お前、どこでこんなの教えてもらったんだよ……」


「シャルロッテ教授。」


 大尉が「ぐぐぐ」とうなる。


「実戦でもここまでのことは……」


 佐官は腕を組み、静かに息を吐いた。


「……恐ろしいほどの合理性だ。この学生、どこでこんな思考を身につけた?」


 佐官はどこか緊張したような様子で、息を吐く。

 模型を前にする将校たちの背筋に、冷たい汗が流れた。


 ――この学生は、他の学生とは何かが違う。

 もはや違和感ではなく、未知への恐怖に変わりつつあった。



 帝国軍第一小隊が混乱し、村落前面へと押し出されていく。

 だが、戦力比はまだ 帝国2.5:ベリエ2。


 このままでは押し切れない。

 カリウスは模型の上に手を伸ばし、風向きを示す小さな旗を見た。


(西から東。こちらから見て、右側の帝国軍は煙幕で完全に目隠しされている)


 彼は即座に判断した。


「右側の小隊、陣地に重機関銃と迫撃砲だけ残して移動。左側の小隊の支援に回す」


 カリウスの指示は、陣地を捨てるという意味だ。

 彼の判断にレオンが絶句した。


「陣地を捨てて移動? 普通そんなことしないだろ?」


「普通の戦い方をしろと言われた覚えはないよ。勝てと言われただけだ」


 カリウスは淡々と答えた。

 佐官がサイコロを振り、結果を読み上げる。


「失敗。帝国軍は煙幕で右側の動きを視認できない。移動は『未発見』として扱う」


 帝国軍役の大尉が、初めてその表情を歪めた。


「ぐ、このままでは……」


 カリウスは続いて左側の丘を指差した。


「これで左側は ベリエ1.5:帝国1。局地的な数的優位ができた。ここを叩く」


 佐官が補正値を計算し、静かに言う。


「局地優位、煙幕効果、逆斜面奇襲……補正は合計4点。判定を行いたまえ」


 カリウスはサイコロを振る。

 ――7。補正込みで11。決定的成功。さらに追加1点。


 佐官が読み上げる。


「帝国軍第二小隊、側面からの集中射撃により、戦闘担当の過半が戦死。

全滅判定として、盤面より除去する。」


 模型の上から帝国軍の第二小隊が取り除かれる。

 それを見たレオンの頬は、完全に引きつっていた。


「まさかこれ……勝っちゃう感じ?」


 帝国軍の指揮を担当している尉官は腕を組んで硬い表情を浮かべている。

 最初の余裕はもはや完全に消え去っていた。 


「ちっ、本気で不味いな……」


 佐官は腕を組み、深く息を吐いた。


「……戦場の構造そのものを変えたか。この学生……本当に何者だ……?」


「閣下、名簿です。指揮を取っている学生は、フランツ・カリウス。あのスタインドルフ将軍の養子です」


「――何っ? あの、ヨーロッパ大戦の英雄、スタインドルフ将軍の?」


 名簿を見た佐官の声が、わずかに震えた。

 大尉と中尉たちも一斉にざわめく。


「スタインドルフ将軍といえば……防御戦の名手のはずだ。こんな攻撃は――」


「間違いなくしない。将軍なら、防御からのカウンターを得意とするはずだ」


 彼らの視線が、模型の前に立つカリウスへと向けられる。

 佐官は、ゆっくりと息を吐いた。


「……違う。これは明らかにスタインドルフ将軍の戦い方ではない」


 その声には、驚愕と、わずかな恐怖が混じっていた。


「将軍は堅実だ。兵を無駄にせず、戦場を読み、確実に勝つ。だが――」


 佐官は模型の上の焼け落ちた倉庫と、除去された第二小隊の駒を見つめた。


「この戦い方は……もっと苛烈で、容赦がない。敵の心理と行動を操り、戦場そのものを作り替える……まるで――」


 言葉を探すように、佐官は口を閉ざした。

 代わりに、大尉が呟く。


「……まるで、戦争そのものを知り尽くした者の戦い方だ……。学生の発想じゃない。将軍の教えとも違う。これは……どこで身につけた?」


 レオンが、震える声で答えた。


「……あいつ、シャルロッテ教授に戦術を習ってるんです」


 その名を聞いた瞬間、将校団の表情が一斉に強張った。


「な!? 銀魔女に……!?」


「千年の間、戦場で生きたという……あの……?」


「まさか……魔女が弟子を取るなんて」


 佐官は、カリウスを見つめた。

 その目には、もはや学生を見る目ではなかった。


「なるほど。この苛烈さは父ではなく……魔女の※薫陶(くんとう)か」


※薫陶:人物や思想、価値観などに深く感銘を受け、学びを得ること。


 静まり返った室内に、佐官の低い声が響いた。


「――カリウス。君は……危険なほどの戦略家だ」


 その言葉は確かに、称賛ではあったが、裏の意味もあった。

 戦場で出会いたくない相手への本能的な評価だった。



 帝国軍第二小隊が盤面から取り除かれたことで、戦場の均衡は完全に崩れた。残るは、混乱状態の第一小隊と、煙幕の向こうで状況を掴めずにいる第三小隊のみ。


 それにカリウスは『予定通り』と言わんばかりに指示を出した。


「左側の小隊は前進。混乱している帝国第一小隊を包囲し、降伏を促す。右側の重機関銃は牽制射撃を継続。第三小隊が動けば、逆斜面から撃ち下ろす」


 佐官がサイコロを振る。

 結果は――6。成功。


「帝国軍第一小隊、包囲を認識。抵抗の意思を喪失し、降伏」


 模型の上から、第一小隊の駒がそっと取り除かれる。

 レオンが冷や汗を拭いながら呟いた。


「2個目も取った! ……これ、もう勝ち確?」


 帝国軍役の尉官は、歯噛みしながらも現実を受け入れるしかなかった。


「第三小隊は……動けん。煙幕で視界がない上に、側面を取られている……」


 佐官が頷く。


「では、第三小隊は戦闘不能と判定する。ベリエ軍、村落の確保に移れ」


 カリウスは最後の指示を出した。


「村落に前進。火災の残る倉庫は避け、手前側の民家を確保。負傷者の収容と、残存兵の武装解除を行う」


 サイコロが振られ、結果は問題なし。


「村落の確保をもって、状況終了とする。勝者は――ベリエ軍だ」


 その瞬間、将校団の誰もが、深く、長い息を吐いた。


「負けた。完全に……負けた」


 帝国軍役の大尉が、苦笑とも溜息ともつかない声を漏らした。


「学生相手に……いや、違うな。『魔女の弟子』相手なら仕方がない」


 大尉のため息混じりの声に、彼の隣りにいたヒゲの中尉が頷く。


「だな。学生に負けたんじゃない。そう遠くない未来に、戦場を変える男に負けたんだ。悪くない」


 佐官は、静かにカリウスを見つめた。


「カリウス君。君の戦い方は、スタインドルフ将軍の堅実さとはまるで違う。もっと苛烈で、もっと容赦がない。そして……恐ろしく合理的だ」


 佐官の唸るような声には、敗北の悔しさとは別のものが混じっていた。

 理解できないものに対する困惑、そして本能的な――畏怖。


「その思い切りの良い戦術、真似できる気がしない。天才の領域だ。いや、天才というより……怪物か」


 苦笑した大尉は制帽を脱ぎ、頭をかく。

 将校団の面々は、相手の正体を知って、むしろ安心したようだった。


「……いや、むしろ誇るべきだな。魔女の弟子相手にここまで戦えたんだ。敗北とはいえ、これは我々の勲章だ」


 佐官はそういって、静かにカリウスを見つめた。

 その目は、敗者の目ではなく――未来の大物を見つけた軍人の目だった。


「フランツ・カリウス。君の名は、いずれベリエの歴史に刻まれるだろう。今日の敗北は……確かに記憶しておくよ」


 そう言って、白手袋に包まれた手を差し出した。


 その瞬間、周囲の空気がわずかに揺れた。

 大尉も中尉も、レオンでさえ、息を呑んでいる。


 ――ナイトメアに、軍の佐官が先に手を差し出す。


 誰もが、その〝異例さ〟を理解していた。

 カリウスは一瞬だけ戸惑い、しかし静かにその手を握り返した。


 レオンは横で震えながら、カリウスを見た。


(勝ったのに、全然勝った気しないんですけど……!)


 カリウスはどこか遠い目で、ベリエの旗が立った村落の模型を静かに見つめていた。その瞳は、戦場の全てを読み切った者の目だった。

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