転生
僕は、人の死に慣れたくなかった。
どれだけ訓練を積んでも、どれだけ覚悟を決めても、
〝慣れる〟なんてことがあってはいけないと思っていた。
でも――現実は、残酷だ。
その年、日本を襲った大地震は、僕が想像していたよりずっと大きかった。
災害派遣の命令が下り、僕たちは夜明け前に現地へ向かった。
瓦礫の山。
泣き叫ぶ家族。
助けを求める声。
そして、静かに横たわる遺体。
胸が締めつけられるような光景だった。
それでも僕は、動けた。
動けてしまった。
「悠真さん、こっち、まだ生きてます!」
「分かった、すぐ行く!」
身体が勝手に反応する。
訓練で叩き込まれた手順が、頭より先に動く。
助けられる命があるなら、迷っている暇なんてない。
だけど――
その《《慣れ》》が、怖かった。
(僕は……こんな光景に、適応してしまっているのか)
そんな自己嫌悪を抱えながらも、手は止められなかった。
その時だった。
「危ない、離れろ!」
崩れかけたビルの上部が、悲鳴のような音を立てて傾いた。
近くにいた女性が、呆然と立ち尽くしている。
考えるより先に、僕は走っていた。
「こっちへ!!」
女性を抱き寄せ、瓦礫の影へ押し込む。
次の瞬間、世界がひっくり返った。
轟音。
粉塵。
重い衝撃。
痛みは、思ったよりもなかった。
ただ、身体が動かない。
(守れた……よかった)
女性の泣き声が聞こえる。
誰かが僕の名前を呼んでいる。
でも、もう返事はできなかった。
視界が暗くなっていく。
その奥に、なぜか柔らかい光が見えた。
(ああ……僕は、まだ……)
意識が途切れる直前、僕は〝次の世界〟へ運ばれていくような感覚に包まれた。
◆◆◆
狩生悠真が次に目を覚ましたとき、そこは白い天井の見える病室だった。
だが、まず違和感があった。
壁が、天井が、どこか古めかしい。
蛍光灯ではなく、蛍石のような光源が淡く光っている。
そして――身体が妙に軽い。
悠真はゆっくりと上体を起こした。
胸の奥に残るのは、あの地震現場の記憶。
崩れ落ちる建物。
女性を庇った瞬間の衝撃。
そして、暗闇。
(……僕は、死んだはずじゃなかったのか)
混乱しながらも、彼はベッド脇の鏡に目を向けた。
そこに映った姿を見た瞬間、息が止まる。
鏡の中にいたのは、青年ではない。
緋色の髪を持つ、十歳ほどの少年。
そして――髪の間から、黒い角が二本、静かに伸びていた。
悠真は思わず目を瞬いた。
触れてみると、角は確かに自分の頭から生えている。
痛みも違和感もない。
だが、どう見ても人間ではなかった。
「おや、目が覚めたのかい、坊や」
柔らかい声がして振り向くと、カートを押す看護婦がこちらへ歩いてきていた。
――半人半馬の、セントールだった。
白衣を着ているが、腰から下は完全に馬の体。
蹄が床を軽く叩くたび、病室に小さな硬い音が響く。
悠真は言葉を失った。
さらに廊下の方から、怒鳴り声が聞こえてくる。
「だから言ってンだろが、薬の分量が違うんだよ、この長耳め!」
「耳の長さと薬学の知識は関係ないだろう、髭だらけの石頭が!」
ヒゲの濃いドワーフの医者と、背の高いエルフの医者が、カルテを挟んで本気で言い争っていた。
その光景は、悠真の知る世界とはあまりにかけ離れている。
(……ここは、どこなんだ)
胸の奥がざわつく。
だが、恐怖よりも先に、冷静な観察が働いてしまう自分がいた。
災害派遣で地獄を見たときと同じだ。
混乱よりも状況把握が先に来る。
そして、ひとつの結論にたどり着く。
――僕は、異世界に来てしまったのか。
死んだはずの自分が、角を持つ少年として目覚め、人間ではない種族が当たり前のように働いている病院。
悠真――
いや、これから〝フランツ・カリウス〟として生きる少年は、静かに息を呑んだ。
世界が変わった。
自分も変わった。
そして、この先の彼の運命も――大きく変わっていく。




