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悪を極めたいのに救世主扱いされるのだが?

作者: 青空一夏
掲載日:2026/01/12

 この世界には悪い貴族が多すぎる。だが、それ自体はどうってことない。俺が我慢ならないのは、中途半端な悪人だ。悪には段階がある。覚悟もなく権力を振り回し、他人の人生を踏み潰しておきながら、自分を悪だと自覚しない連中はただの雑音だ。そういう奴らが幅を利かせている限り、悪という概念そのものが腐る。

 

 俺は善人じゃない。正義でもない。

 誰かを救うつもりも、世界を良くする気も、これっぽっちもない。


 ただ、思うことは、中途半端な悪はいらない。

 覚悟のない悪には価値がないし、悪の頂点に立つ者は俺一人で十分さ。

 

 だから今日も、俺は王都の貴族を選別する。

 俺が選ぶ標的に、迷いはない。

 悪は王都に集まる。

 権力と金と、罪をなかったことにする力が、ここほど揃っている場所は他にない。


 俺の調査は正確だ。

 今日の標的は、ルドヴィック・シモン。シモン侯爵の弟であり、シモン侯爵家の威光を背に、王都で税と補助金の数字を握る文官の長だ。帳簿の数字が合わないときはいつも部下が犯人にされ、責任を押し付けられた者は左遷されるか、この世から姿を消す。


「うーん。めちゃくちゃ稚拙だな。ひねりがないんだよ」

 

 兄であるシモン侯爵にも金を流して、兄弟でウハウハってわけだ。

 “正しい悪”としては正直しょぼすぎるし、ベタすぎる。

 

(本物の悪は、もっとスマートでなくてはならない……目障りだ)


 ラーニョ公爵邸を出ると、生暖かい夜風が王都の石畳を撫で、俺の肌をすり抜けた。

 途中、すれ違った高位貴族が一瞬だけ驚いたような顔を向け、すぐに目を伏せて会釈をする。

 

「これはこれは、ラーニョ公爵閣下。ご機嫌麗しゅう……」

「いや、特に麗しくはない。俺は急いでいる。じゃあな!」

「はっ。これにて失礼いたします」

 

 去り際に呟く声が、耳障りだった。俺はすこぶる耳がいい。

 

「変わり者だよなぁ。社交界に出ず派閥も作らなければ、王弟の立場にありながら、権力にも興味がないとは……まともであれば、わが娘をすぐにでも嫁がせたいのに……」

 

(愚か者め。俺は悪を極める者だ。当分、嫁などもらえるものかっ! 悪の花道に女は邪魔なんだよ)


 日が落ち、王都に灯りが増え始めるころだった。

 ルドヴィック・シモンの屋敷は、無駄に立派だ。

 侯爵家の次男――爵位なしが住むには明らかに分不相応。

 税務部の文官トップってだけで、ここまで豪華になるか?

 ラーニョ公爵家の当主である俺の屋敷と大差ないって、どういうことだよ。


(税金吸って優雅に暮らしてんのか。クソ小物が!)


 屋敷の中から、かすかに肉を焼いた香ばしい匂いが漂ってくる。

 時間帯としては、ちょうど夕食時か。食事時に行くのは不躾だが、小物の悪には配慮してやる義理もない。

 

 門の前には、騎士が二人。

 剣を下げたまま、人を見下したような表情を浮かべた、横柄そうな男たちだ。

 俺は敢えて名乗らず、そのまま屋敷へ向かって歩いた。


「おい、そこの男! 待て!」


 低い声が飛んできた。

 そのうちの一人が、一歩前に出る。


「ここはルドヴィック様のお屋敷だ。許可なく通れると思っているのか? 約束はしてあるんだろうな?」


 いかにも、という口調だ。主の威光を借りて、ここぞとばかりに威張るタイプ。


「約束なんて必要ないさ。俺は誰にも止められないぞ」


「はぁ? なに言ってんだ、お前……! ここはシモン侯爵様の弟が住まわれている屋敷だ! それに、ルドヴィック様は税務部の文官トップだぞ!」


 騎士の声が荒くなる。もう一人も、剣の柄に手をかけた。


「身分も名も明かさぬ者を通すわけにはいかん。

 引き返せ。今なら大事にはしない」


 (うっざ……たかが門番が……。俺の服装を見れば、高位貴族なのは普通わかるだろ? 赤い瞳は王族の証だしな。騎士の端くれなら、気づけよ。無能めっ……あ、だから門番なのかー)


 俺は門の前で立ち止まり、ため息をついた。


「俺はスパルタコ・ラーニョ公爵だ」

「公爵? 証拠は? 身分なんていくらでも偽れるだろ」

「赤い瞳は王族の証だ。もう、いいだろ? そこを通せ」


 そのまま、半歩踏み出した。その瞬間、騎士が剣を抜いた。


「お付きも護衛も連れず、そんな方が一人歩きなど有り得ん! 赤い瞳など、魔術師にでも偽装できる!」


 俺は気怠げに息を吐き、騎士を黙って見つめながら、右手をゆっくりとかざした。

 手を握りしめた瞬間――剣を振り上げた腕が途中で止まり、空中で固まる。


「――っ!?」


 騎士の喉がひゅ、と潰れた音を立てた。

 視界が揺らいだのか、奴の瞳孔が焦点を失っていく。


 そのまま膝が崩れ落ち、前のめりに倒れ込む。

 必死に空気を掴むような仕草が、まるで死にかけの蝉のようだ。


「ま、魔法か? くっ……こんな魔法は……知らない……い、息が……っ」


 喉から漏れた声は哀れなぐらい掠れている。

 呼吸ができない苦しみと、自分の身体の制御が利かない恐怖で、奴は完全にパニックだ。


「あぁ、お前らには理解できないさ。なにしろ、枢機卿でさえ俺をサタン扱いしたぐらいだからな」


 この世界に魔法は当然あるが、火や水などの可視化できるものだ。しかし、俺の力はまったく異質だった。

 

 もう一人の騎士が、思わず一歩引く。顔から血の気が引いている。彼は倒れた騎士を一瞥し、体を震わせた。


「ひぃーー!! ば、化け物……!?」


「はぁー、マジで無駄に力を使わせんなよ。おい、そこのお前。化け物とは失礼だぞ。悪の頂、と呼んでくれよ」


 そう言いながら、俺は門の奥へ進んだ。加減はしておいた。あの騎士は殺すほどの悪でもない。

 今夜の本命は――この屋敷の中にいるのだから。



 屋敷に踏み込んだ瞬間、嫌な音が響いた。

 乾いた音だ。人の頬を殴る音。音に導かれて向かった先は大食堂だった。


 大理石のテーブルには、銀の皿に盛られたローストラムと燻製サーモンの冷皿。チーズの盛り合わせに、ハーブ入りフォカッチャ。他にも、これを一人で食うのかと思うほどの料理が並び、空になった酒瓶がテーブルを埋めている。


 腹の出た体を揺らしながら、ルドヴィックがメイドの髪を掴み、壁に押し付けていた。女の頬は腫れ上がり、片目は涙で濡れている。


「逃げるなと言っただろう。平民風情がこの俺に逆らうな!」


 メイドは震える指で胸元を押さえ、必死に身を丸めていた。

 肩口の布は裂け、紫色の痣が浮いている。


「もう少し大人しくしていろ。お前の親がどうなってもいいのか?」


 ルドヴィックからは、大量の酒と肉を食らった不快な口臭が漂ってくる。


(まるで、排水溝のニオイだろ。しかし、怠惰な体つきだな……野菜食えよ、ほんと。悪は美しくなきゃ価値がないんだぞ。しかも、女に暴力? 悪としては低レベルすぎるぞ)


 俺はスタスタとルドヴィックの元に向かうと、思いっきりその顔に拳を入れた。鈍い音とともに、鼻梁が不自然な角度に曲がった。ルドヴィックはぐらりと揺れながら、その場に膝をつく。


「見苦しいなぁー。“正しい悪”から外れてんだよ。根本的に美しくない。そんなベタな悪人じゃ、俺は超えられないぞ?」


「ふがっ……痛っ! 鼻が折れたぞ!? お前……って、王弟!? ラーニョ公爵閣下!? なんでこんなところに!」


「悪として半人前のお前を粛正しに来ただけだ。中途半端な悪さが多すぎて不愉快なんだよ」


「へっ? 中途半端な悪さ? ……恐れながら、私ほど善人はいないはずですよ」


 ルドヴィックは膝をついたまま喚く。脂ぎった顔に汗を滲ませた。


「行方不明の部下はどうした? 罪を押し付けてあの世に送って、自分だけ美食三昧。そのうえ、メイドに無理強いかよ? 腹も浮き輪みたいになってんぞ?」


「どこまで……調べたのですか? 平民の文官なんてどうなっても同じでしょう? 家畜です。踏み潰しても誰も困りません。それに、金ならあります。兄上も社交界で影響力がある。協力し合いましょう、閣下。うまくすれば……あなた様を王位に就かせることもできますよ?」


 その瞬間、俺は完全にぶち切れた。


「くだらない。王位に就いたら悪が極められないだろ! そんなもの、俺にはクソほどの価値もない」


 ルドヴィックはきょとんと目を見開く。


「ただの寄生虫にはわからないよな? “美しい悪の美学”は」


 俺はゆっくり手をかざす。


(退屈だ……この程度の悪人じゃ、つまらなすぎる。さっさと片づけるか)


「この世界に――お前はいらない」


 赤い瞳で静かに見つめると、ルドヴィックは膝をつき胸を押さえた。右手をかざして、ゆっくりと手を握りしめる。途端に、あいつの胸のあたりで心臓がおかしなリズムで暴れ始めた。まるで俺が直接、心臓を掴んでいるような感覚だ。


「――っ、が……っ!」


 息を吸うたびに、変な音が漏れた。肺が押し潰されてるんだろうな。

 肩や腕が勝手に痙攣して、骨が軋む音まで聞こえてくる。外側から見ると地味だが、中は相当エグいはずさ。


「や、やめ……っ! 苦しい……っ!」


 心臓を圧迫されて苦しくないわけがない。肋骨も内側から押されて、嫌な音を立てている。

 こういう“派手じゃない壊れ方”って、見てる側は静かでつまらないが、やられてる側は地獄だろうな。


「お前が殺めた部下たちが、向こうで待ってるよ。せいぜい、あっちで可愛がってもらうんだな」


「い、嫌だ……死にたくない……お願いだ、助けてくれ……」


「うるさいなぁ。他人を殺しておいて、よく言うよ」


(……本当に、みっともない)


 悪人のくせに、死を恐れるとは。

 こんな軟弱なやつが、俺より上に立てるわけがない。


 悪を極め切ったその先で、俺より上の悪に殺されるなら本望だ。つまり、悪を極める者にとって――死は、ご褒美なんだよ。


 悪の頂点争い、その甘美な戦いで敗れるのなら、それは運命。

 最高の命の散らし方!


(はぁーー、これぞ男の美学だろ)


 こときれたルドヴィックを残し、俺はさっさとその不愉快な場所を去ろうと思った。


 使用人たちは逃げ惑い、門番たちもとっくにどこかに消え失せていた。しかし、先ほどのメイドが何を思ったのか、俺の前に跪き、うるうるとした目を瞬きながら見つめてきた。


「助けていただいてありがとうございます! 何とお礼を言っていいものやら……」


「勘違いするな。俺はお前を助けたわけじゃない」


 そのまま去ろうとしたが、なぜかその女は「恩返しをさせてください」と言い張る。


(……うざいなぁ。ああ、金でも渡しておけば黙るか)


 俺は懐から金貨を五枚ほど取り出すと、その女に投げてやった。


「ほら。これで当分暮らせるだろ。じゃあな!」


 メイドは金を握りしめ、深々と頭を下げてから、どこかへ去っていった。


(うん、うん。やはり言うことを利かすには、金に限るな)


side王


 ――翌日の午前、国王の前に宰相が立った。


「陛下。ルドヴィック・シモンが亡くなりました」

 

「は? ルドヴィックは、つい数日前も見かけたが、元気だったぞ」


「検屍官の診断では、顔を殴られたようでして鼻の骨が折れていたと。しかし、死因は不明だそうです。骨がおかしな方向に歪み、もがいた形跡があったとか……しかし目立った外傷は顔だけでして……不思議な現象だと」


「そうか……」


「ですが……そのぉ……ラーニョ公爵が目撃されておりまして。門番の証言もありますし、メイドの証言もあるのです。メイドに至っては、『目も覚めるような美貌の赤い瞳の男性が、ルドヴィック様に乱暴されていたところを助けてくださり、さらには大金までくださいました』と感激している始末でして。市井で言いふらしているようです」

 宰相の声には、わずかな困惑を押し殺した響きだけがあった。

 

「……ふーん。あいつ、また派手にやったな。スパルタコを呼んでくれ」


「はっ、御意」


 やがてやってきた、長身で鍛え上げられた体の弟に、私は早速、尋ねた。


「昨夜、ルドヴィック・シモンが亡くなった。死因は一切わからない。顔以外は目立った外傷もなく……だが、骨がおかしな形状になっていたそうだ。ところでお前、あの屋敷に行ったよな? まさか……」


「あぁ。死因は俺に決まってるだろ?」


 何の躊躇もなく、即座に答える弟に、思わず目を見開いて呆れてしまう。


(少しは隠すそぶりぐらい見せないか……こいつは、アホなのか?……)


「なぜだ? 理由は?」


「あぁ。悪を極めるために邪魔だった」


「……は? よくわからないが……私の弟とはいえ、これは殺人だぞ……」


「ほらよ。ルドヴィックの悪事を証明する証拠だ」


 スパルタコは、よくまとめられた数々の悪事を箇条書きにし、証拠書類とともに私に投げた。


 拾い上げて目を通すと、よくもここまでと思うばかりの不正の数々。そこには部下の殺害証拠まで含まれていた。


「悪の質が悪いんだよ。胸くそ悪くなるタイプのやつな。だから潰した。それだけさ。しかもあいつは、一番気に入らないことを言いやがった」


 私が顎で先を促すと、スパルタコはさも嫌そうに整った顔を歪め、吐き出すように言った。


「この俺に『……金ならあります。兄上も社交界で影響力がある。協力し合いましょう、閣下。うまくすれば……あなた様を王位に就かせることもできますよ?』などと言いやがった。俺を舐めやがって。男の美学を追求しているのに、国王なんてものに興味があるわけないだろ」


 私はマジマジと弟の顔を見つめる。

 私と同じ赤い瞳は王族の証。

 金髪の私とは違い黒髪のスパルタコは、顔だけ見れば相当な美形なのだが、頭の中は実に残念な男だ。


 しかし、私にとっても国にとっても、こいつは使える。


「お前に褒美をやろう」


「いや、いらない」


「まあ、そう言うな。お前は悪を極めたくて悪を滅ぼすんだろう? だったら、良い物をやろう」


 私は侍従に、王家の紋章入りの紙を持ってこさせた。

 これは透かし模様になっており、偽造はできない。

 本来はこんなことのために作ったものではないが、今の状況には、これ以上ないほど都合がいい。


「ほら、これをやる。お前が成敗した者たちの上着にでも挟んでおけ。そうすれば、お前の行動は王家の裁きとして扱われる」


「めんどくさいな……」


「いいから、持って行け。悪でもなんでも極めていいから……その代わり、そいつらの罪はきっちり報告しろよ」


 そのとき、メイドの声が廊下から響いた。


「陛下。出来たてのチュロスを持ってまいりました」


 スパルタコはぴたりと動きを止め、くるりとメイドに顔を向けた。王宮のコックが作ったチュロスは、子供の頃からのこいつの好物だ。一瞬だけ口元が緩む。本人は無自覚だろう。


「お前のために作らせた。持って行け」


 私がそう言うと、弟は一瞬だけ目を細め、素直に頷いた。

 紙袋に詰めたチュロスを受け取り、ひと口かじりながら踵を返す。


「やっぱり、()()のチュロスは最高だな! じゃあな、兄貴!」

 

(王宮を“実家”呼ばわりするのはやめてほしい。なんでこいつはこんなに自由人に育ったんだ? 同じ親から生まれて似たような教育を受けたはずなのだが……)

 

 その背中を見送りかけて、嫌な予感がして声を張る。


「おい、王家の紋章入りの紙を忘れるな!」


 スパルタコは立ち止まり、テーブルに置かれた紙の束を無造作に丸め、かじりかけのチュロスの包み紙にしようとする。


「おい、待て……用途が違う。紙が油でベタベタになるだろうが」


「どうせ悪人の上着に挟むとか、シャツにねじ込むだけだろ? 俺は気にしないし、奴らも気にしないさ」


◆◇◆


 それから数日後のこと。

 市場通りは夕暮れどきが一番うるさい。果実の匂いと魚の匂い、加えて商人の声……俺には雑音にしか聞こえないが、頭の中を整理したい時には、こういう場所を歩くのが1番だ。


 そんな中、不意に呼び止められた。


「ラーニョ公爵閣下!」


 声の方向を見ると、果物の屋台の中から一人の女が手を振っていた。見覚えがある。……ルドヴィックの屋敷にいたあのメイドだ。


「あの時は本当にありがとうございました! 公爵様にいただいた金貨で屋台を買えて……こうして店を出せました!」


 屋台には艶のあるリンゴやオレンジ、季節の果実が並んでいる。

 隣には少年が立っていて、女の袖を掴んでいた。息子だろう。


 俺は眉をわずかにひそめた。


「別に助けた覚えはない」


「それでも、あのままでは……大変な目に遭うところでしたから。ありがとうございました。こちら、お礼に少し持って行ってください!」


 女は慌ててリンゴとオレンジを紙袋に詰めて差し出してきた。

 息子がそれを見上げながら、遠慮なく喋る。


「母さん。この人が悪い奴から助けてくれた人なんだね? 本当にありがとう、おじさん!」


 俺は完全に固まった。


(……いや、おじさんじゃないし……俺はまだ二十歳だぞ……口の利き方がなってない)


 少年は続けた。


「公爵様って、すっごく偉いんだよね? なのに、僕たち平民の味方をしてくれるなんて、めっちゃめちゃ良い人だ!」


 少年の声に、周りの商人たちがざわつき始める。

「公爵様……平民を助けるお方……救世主様?」


(うわー、最悪だ……俺が救世主なわけないだろ)


「……勝手に決めつけるな。俺は助けたわけじゃないぞ」


 迷惑そうに顔を顰めると、少年の目がさらに輝いた。


「わかった! 本物の英雄って、自分の手柄を自慢しないんだよね?」


(違うって。なんで俺が英雄なんだよ。最悪だ……)


 まわりに屋台を構える店主たちからも、野菜やら干し魚に、燻製肉をつめた紙袋を手渡され、俺はしぶしぶ受け取りながら、深いため息をついた。


「公爵様、これを召し上がってください」

「公爵様は俺たちの守護神だ!」

「ありがたや、ありがたや……!」


(……来た。喉の奥がザラつく。背中がムズついて痒い。これが一番嫌なんだよ)


「……ああ。もう、面倒くさい。褒め言葉や感謝なんて聞きたくもないんだが」


 少年は満面の笑みのまま言った。


「うちのお店へまた来てね!」


(まったく……こんなところで商売されたら、通る度に絡まれるじゃないか! 俺のお気に入りの散歩道のひとつなのに……そうだ! 他へ行ってもらおう)


「幼い子を抱えて屋台なんかで働いてはいけない。ちゃんとした店を商店街に構えろ」

 俺は財布の中身を全部、女の屋台の上にぶちまけた。これでさすがに足りるだろう。

「足りなきゃ、屋敷まで取りに来い。いいか? 店を構えたら、二度と俺に声をかけるなよ」


「……な、なんてお優しい……大天使様」


「違っ……俺は悪人なんだぞ!」


 市場の奴らのキラキラとした瞳が、たまらなく俺を居心地悪くさせる。ますます、体が痒くなってきた。そう、俺は感謝されたり、善人だと言われると痒くなってくるんだ。

 

(あぁ、蕁麻疹がでそう……いったい、どこで間違えた? 感謝されてる時点で、俺は雑魚だ)


 俺はたくさんの紙袋を両手に持ち、その場を後にした。


「……くそ、大天使とか最悪だ。俺の修行が足りないな。……次だ次、中途半端な悪は潰しまくらなきゃな……」


※エピローグ


 その夜、自然死と思われる貴族の遺体のドレスシャツから、油まみれの紙が発見された。それは王家の紋章が透かし模様で入っている上質な紙だった。


 すぐに国王に報告がなされ、スパルタコからの情報提供によりその貴族の悪事は暴かれた。と、同時にスパルタコの直接関与も公表された。


 民たちは熱狂した。悪を懲らしめる正義の味方。平民を守る救世主。欲望まみれの貴族を成敗してくれる英雄。女たちからは教会に描かれた麗しい大天使、そのものと賞賛される始末。路地裏では子どもが目を輝かせ、英雄スパルタコの顔を地面に落書きする。


 そして、悪事に手を染めている貴族は、彼を王家の狂犬と呼んだ。夜会でその名を出すだけで空気が重くなり、杯を持つ手が震える者もいたのだった。




 完


 ❀┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❀

 最後までお読みくださりありがとうございます!


無自覚に“仕置き人”になってしまう、厨二気味の王族を書きたくて生まれた作品です。

異世界ですが、チュロスが出てきたり、言葉遣いは現代寄りのゆるめ設定。

ダークヒーローというか、どこかズレた王弟の行動を「この主人公、なんかおもろい」と楽しんでもらえたら嬉しいです。

今年もよろしくお願いします(・ω・)_ _)ペコリ

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