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第6話 「退路を作れ」
訓練は、始まる前から始まっていた。
「配置につけ」
隊長の声で、新兵たちは散開する。
だが、新兵はすぐには動かなかった。
周囲を見る。
地面の起伏。
背後の空間。
――下がれるか。
隊長は何も言わない。
ただ、新兵を見ている。
やがて新兵は、半歩横にずれた。
背後に、余白が生まれる。
「始め」
合図と同時に、相手班が動く。
投擲槍が飛ぶ。
新兵は避ける。
そして、下がる。
距離は保たれている。
だが今回は、迷いがなかった。
退路が、頭に入っている。
相手が詰める前に、
新兵はすでにそこにいない。
隊長の声が響く。
「いい。
距離を保った。上出来だ」
訓練は、短く終わった。
夜。
新兵は教本を開く。
退路についての項に、こうあった。
「撤退は、戦闘開始前に決まっていなければならない」
昼の隊長の言葉が、重なる。
――距離を保った。上出来だ。
新兵は、ゆっくりと息を吐いた。
前に出なくていい。
引く準備をしていい。
それは、臆病さではない。
生き残るための、位置取りだった。




