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第5話 「引く勇気」
模擬戦は、人数を増やして行われた。
新兵の班は三人。
相手は四人。
開始と同時に、新兵は距離を取った。
前には出ない。
それは、いつも通りだった。
投擲槍が飛び、相手が散る。
一瞬、間合いが乱れる。
新兵は動かなかった。
――まだだ。
その慎重さは、正しい。
だが、状況は変わっていた。
相手の一人が、回り込む。
もう一人が、詰める。
距離は保っている。
だが、退路が狭まっている。
隊長の声が飛ぶ。
「引け」
新兵は、その意味を理解した。
だが、身体がすぐには動かなかった。
――どこへ?
下がる方向。
仲間の位置。
一瞬、考えてしまった。
その一拍で、相手が前に出る。
「そこまで」
模擬戦は止まった。
新兵は唇を噛んだ。
前に出ていないのに、
判断が遅れた。
隊長は言った。
「前に出ないだけじゃ足りない」
静かな声だった。
「引ということは、
動く方向を決めておくってことだ」
夜。
新兵は教本を開く。
撤退の項に、短い一文。
「撤退は、距離の延長である。
逃走ではない」
昼の光景が、ようやく繋がった。
引ける人間は、
止まらない人間だ。
新兵は、教本の余白に書いた。
――退く準備を、先にしておけ。




