第13話 「川沿いの試練」
川沿いの街道は、雨のせいで水かさが増していた。
深く流れる水が木々の影を揺らし、足元はぬかるんで滑りやすい。
新兵は列の後方にいても、ただ付いて行くだけではいけないと自分に言い聞かせた。視線は前ではなく、足元と周囲の変化に向けられる。半歩先の水の流れ、岩や倒木の位置、草のざわめき――すべてが危険の合図だった。
隊長はいつものように、前に出ず、止まらず、列の様子を観察している。
新兵は息を整え、歩幅をさらに半歩小さくした。列全体の安定を意識しながら、前後の仲間との距離を保つ。
「足元に気をつけろ……」
自然に心の中でつぶやく。声に出す必要はない。判断は頭だけでなく、体にも宿っていく。
藪の向こうで、水の流れが不自然に跳ねた。小さな岩か、あるいは敵か――目で確認できない。
新兵は一瞬立ち止まり、角度を変え、列全体の安全を優先して一歩を選ぶ。前に出ず、流れの危険を避け、仲間が踏み込まないルートを探す。
列が川の狭い箇所を進むと、一瞬、流れが強くなり、仲間の一人がバランスを崩しそうになる。
新兵はすぐに手を差し伸べることはできない。物理的に届かない距離だ。
だが、仲間の視線や足元の微妙な揺れを見て、自分の位置を変え、列の角度を調整する。半歩ずつ、無理せず。
結果、誰も滑らず、転ばず、列は無事に川を渡りきった。
川を渡りきったところで、隊長が静かに歩み寄る。
「焦るな。流れを見ろ」
声は小さいが、胸に重く響いた。
新兵は心の中で小さく頷く。自分の判断が列の安全に役立ったことを、初めて実感した瞬間だった。
夜。焚き火の前で新兵は教本を開いた。雨で湿ったページをめくりながら、今日の体験を振り返る。
「距離と判断が命を守る」
文字が、今の自分の体験と重なった。
半歩の判断、一瞬の角度調整、列全体の安全――すべてが教本の言葉通りに結実していた。
新兵は静かに息をつく。体に刻まれた判断が、風走りへの道をまた一歩押し進めた夜だった。




