バルザーク、魔王様を見つける
ポチポチとスマホを操作していたバルザークが、急に息を呑んだ。
「……なんだ、これは……」
結月はベッドの上でゴロゴロしていたが、その声に思わず顔を上げた。
「……ん? なに?」
バルザークの視線の先、スマホの画面を見ると、見慣れた姿が映っていた。人気Vtuber『魔王ルシファーちゃん』が、元気に喋っている。
《ルシファーちゃんだよ〜☆ 今日も人類に支配できるようにがんばるぞ〜♡》
ああ、それか――と、結月はすぐに状況を理解した。
「いや、それネタだから。キャラ設定だよ。彼女は、Vtuberで“魔王”って名乗ってるだけ」
だが、隣の男は真剣そのものの表情で画面を見つめていた。
「……この “登録者数”とはなんだ?」
「え? ああ、それはルシファーちゃんのファンの数みたいなもん。チャンネル登録してる人の数ね」
「……なるほど。すなわち忠誠を誓いし者の刻印か……」
言い回しが物騒すぎる。しかも納得しちゃってるし。
「まあ、当たらずとも遠からずだけど……ただの“この人の配信また見たいな〜”ボタンだから」
「つまりそれだけの者たちが、この魔王に心を許し、再びその声を聞くことを望んでいると……」
バルザークの目がギラリと光った。
「……おそるべし。“登録者数”――その数、百二十万……!」
「え、えーと、まぁ今はそれくらい……?」
「すなわち百二十万の兵を擁する、現世最強の魔王軍ということなのだな……!」
もうダメだ。完全に誤解してる。
「違うっつってんでしょ!? この人たち全員、家でポテチ食べながらコメントしてるだけだから!」
《魔王軍入隊希望!》《貢ぎ物用意しました》《ルシファー様の仰せのままに!》《今日も世界征服がんばって♡》
コメント欄に流れる“忠義”の文字列に、バルザークは神妙にうなずいていた。
「……見よ、この士気の高さ。素晴らしい統率力だ。彼らは魔王様のためなら、きっと死すらいとわないだろう」
「いやいや、ホントに危険な状況になったら、この人たち絶対、尻出して逃げ出すから!」
しかも止まらない。バルザークの目はまだ本気だった。
「この風貌、堂々たる態度、信奉者の多さ……ただ者ではないな。言葉の端々に威光が宿っている」
嫌な予感がした。
案の定、バルザークはマントを翻して立ち上がった。
「結月。この者が“魔王”を名乗る以上、直接挨拶をせねばなるまい。礼節は、力を持つ者同士の基本だ」
「いや、無理無理無理無理!! Vtuberってのはね、基本“中の人”が誰か非公開なの! リアルで会うとか超タブーなの!」
「……非公開? 秘匿されているのか?」
「そうそう! あくまで“キャラ”なの!」
「……つまり、姿を変えて身分を隠し、世界の裏で覇権を握る存在ということか」
「ちがうちがうちがう!! 変な方向に理解しないで!!」
スマホを持ったまま、何かを決意したようにバルザークが立ち上がる。
「結月。この魔王様に、忠義を――いや、敬意を表する儀をとり行わねばならぬ。まずは言葉を届けよう」
「やめろぉぉぉぉ!!」
結月は思わず飛びつき、スマホを死守した。
「お願いだからやめて!“我が名はバルザーク・ヴァルト=ヘルフェン”とか送らないで! 怖いから!」
「なにゆえだ!? 礼節とは――」
「この配信、リアルな魔界の貴族が見に来る想定で作られてないから!」
それでもバルザークは再び画面を見つめ、その眼差しに敬意すら宿していた。
《今日も人類を征服するために、えいえいおー☆》
「なるほど……この魔王様は、征服する相手である人類を使って滅ぼそうとしているのか。素晴らしい知恵だ」
「だからキャラだって」
バルザークはスマホを両手でそっと持ち、神聖な儀式でも始めるように深々と座り直した。
その横顔は、どこか神官じみた神妙さがあって――
「ルシファー様の“配信”、拝聴仕る……」
スマホのスピーカーから、可愛らしい高音が響く。
《みんな〜、今日も悪逆非道にブチかましていくから、覚悟して♡》
\ルシファーちゃん最高ーーー!!/
\今日も推せる!推せるぞ!!/
\悪逆非道待ってましたァ!!/
\この世で一番かわいい地獄だあああ♡/
「もはや全員おかしい!!」
結月の叫びが部屋に響き渡った。
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