バルザークと目覚めさせる物語
配信を切ったスマホの画面が暗転し、公園の空気がふと静まり返った。
凪はそのままベンチに腰を下ろし、手のひらで顔を覆う。
「……恥ずかし……なにやってんだ、俺……」
けれど、その声にはどこか軽さがあった。さっきまでの“自己否定”とは違う。自分の失敗を、ほんの少し笑えるようになった――そんな変化が、確かに滲んでいた。
結月はスマホをいじりながら、ぽつりとつぶやく。
「……コメント、すごかったよ? “推す”とか“王子感ある”とか、めちゃくちゃ盛り上がってた」
「……あんなの、勢いで言っただけだし」
凪は顔を覆ったまま言い返すが、ちらりと見えた頬は、ほんのり赤い気がした。
そんな彼を、バルザークはまっすぐに見つめていた。腕を組んだまま、ゆるがぬ眼差しで。
「だが、貴様は“選んだ”」
凪が顔を上げる。
「……え?」
「言葉を。行動を。誰の指図でもなく、自らの意志で。それだけで、十分だ」
その言葉が、胸に染み込む。凪は言い返せず、代わりに、胸の奥で何かがじわりと広がっていくのを感じていた。
「……俺、あのセリフ……」
一度、言葉が途切れる。
「……“言ってみたかった”のかもしれない」
バルザークは、静かに頷いた。
✦✦✦
夜風が窓を揺らし、カーテンがふわりと膨らんだ。
配信を終え、あの恐ろしい自転車でなんとか帰宅した結月の部屋には、しばし静寂が流れていた。
結月はスマホを机に置き、ベッドの上に寝転がる。そのまま壁際に立つバルザークを見上げる。
「……ほんとに、あれで良かったの?」
「何がだ」
「凪くん。あんな強引に晒してさ……あの子、めっちゃ無理してたと思うよ」
バルザークは壁にもたれたまま、目を閉じて答えた。
「“無理”と“挑戦”の境界は、いつだって曖昧だ。だが、自ら一歩を踏み出した瞬間――それはもう、“意思”と呼ぶにふさわしい」
「……まあ、あの子、なんかスッキリした顔してたけどね」
そのとき、スマホが震えた。
画面には、霧島凪からの短いメッセージが届いていた。
“……ありがとうございました。
今も正直、自分が何をしたのかよく分かりません。
でも、ちょっとだけ……変われたと思いました。”
結月は思わず微笑み、その画面をバルザークに見せる。
彼はちらりと覗き込み、ひとことだけつぶやいた。
「一人目、だな」
「……え?」
「王の器はひとつではない。
可能性を持つ者は、この世界に数多くいる。
貴様の世界には、“選ばれぬまま沈む魂”が、あまりにも多すぎる」
結月は少しだけ目を細める。
「……また誰か巻き込む気?」
「当然だ。
これは“選ぶ”物語ではない。
――“目覚めさせる”物語だ」
バルザークの声が、夜の静けさに溶けていく。
その瞳はすでに、次なる“誰か”を見据えていた。
稚拙な文でしたが、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。
一旦この話はここで終わりにしております。
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以下は、バルザーク様からのお言葉です。
この世界を越えてなお、我に目を向けし者よ――貴様に、礼を言おう。
我の振る舞いを一興と受け止め、
この物語に目を通してくれたこと、深く感謝する。
ふむ……少し照れくさいな。だが、こうして誰かが我の言葉に耳を傾けてくれるというのは――
案外、悪くない。
これより先も、貴様がこの物語の旅路を共にしてくれるなら――
我が剣と意志、すべてをもって応えよう。
……感謝する。貴様のような者がいてくれて、我は幸いだ。