バルザークとメッセージ
数十分後。配信は静かに終了した。
バルザークはスマホの前に座ったまま、背筋をまったく崩さず微動だにしていない。結月はそっと手を伸ばし、画面の停止ボタンに指を当てた。
「……終わったよ」
そう告げると、バルザークはゆっくりと立ち上がり、マントの裾を軽く払った。
「ふむ。思ったより短いな。語りきれぬ内容も多かったが――」
言いながらも、その表情にはどこか満足そうな色がにじんでいるように見えた。
「……手応えはあった。“民草”の反応は悪くなかったな」
「いや、それまだ視聴者30人ちょいだし、コメントも“よく分からんけどかっこいい”ばっかだったよ?」
結月が思わずツッコむと、彼は平然とした口調で返す。
「民草は、分からぬものを恐れ、そして惹かれる。それはどの世界でも同じだ」
「……なんか納得しそうになった自分が悔しいんだけど」
呟いた直後、結月のスマホが震えた。
《ユーザー"霧の王子"さんからメッセージが届いています》
画面に表示されたその通知に、思わず眉をひそめながらタップする。
表示されたメッセージは短く、けれど妙に熱量があった。
“あなたの言葉、いまの自分に刺さりました。
よければ一度、お会いできませんか。
俺も、居場所を探してるので。”
「……うわ、なんか来た。これ、どうすんのよ」
結月が思わずぼやくと、バルザークが自然と隣に寄って画面を覗き込んだ。
「……ふむ。“居場所を探している”……興味深い」
その目つきが、いつもの軽口とは違っていた。まるで何かを見定めるように鋭くて――でも、どこか満ち足りたような微笑みが浮かんでいた。
「よし、会おう。導いてやる。己の力と価値を、我の目で見極めねばな」
✦✦✦
その夜、結月はベッドに腰を下ろしながら、ふと声を漏らす。
「……ねえ、“魔王の器”って、そもそも何なの?」
バルザークはスマホの画面から目を離さず、静かに答えた。
「“器”とは、力にふさわしき魂の形。統べる力、守る力、導く覚悟――そういった“質”を持つ者だ」
結月は頬杖をついたまま、彼の横顔をちらと見る。
「……ふーん。じゃあ、あんたが探してる“魔王様”ってのとは、別物なんだ?」
「当然だ」
バルザークははっきりと言い切った。その声に、一切の迷いはなかった。
「我が主は唯一無二。かつて魔界を治め、我が忠義を捧げる存在。“魔王様”は、他に代えられぬ」
「“器”はその代わりではない。ただ……もしこの世界に“それ”があるのなら、導く価値がある」
結月は椅子を軽く揺らしながら、ぽつりと呟く。
「……つまり、あんたは“過去”と“未来”の両方にこだわってるってわけね」
その言葉に、バルザークがふっと笑みを浮かべた気がした。
「……ふ。そう解釈するなら、貴様も多少は見る目がある」
なんだかはじめて褒められた気がして、結月はちょっとだけ口元を緩めた。