バルザーク、初めての布告
結月の部屋の椅子に、バルザークが座っていた。
黒の軍服に深紅のマント。背筋を寸分も崩さず、まるで王の間にいるかのような威圧感を放っている。
「……ほんとにその格好でやるんだ?」
結月の問いかけに、彼は当然のように頷いた。
「“姿”は言葉以上に力を持つ。軽装で語るわけにはいかん」
「いや、今の格好でもだいぶ怖いんだけど……」
どう見ても“勇気を出して初配信に挑戦する初心者”の姿じゃない。完全に征服者。
スマホと簡易の三脚を前に置きながら、結月は台本を手渡した。
「とりあえず、始まったら“自己紹介”してね。“こんにちは”とか“今日は見てくれてありがとう”とか、基本そういう感じで……」
「挨拶か。承知した。“臣民ども、よくぞ我が演説を聞くため集った”――」
「はいダメ!! 完全に支配者の演説!!」
「……貴様、我の統治力に疑念があるのか?」
「疑念しかないわ!」
声を荒げながらも、結月は配信アプリを立ち上げ、カメラ位置を調整した。
どう見ても不安しかないスタート。だが、もう止められそうになかった。
画面にはカウントダウンが表示される。
10、9、8……
結月の心臓がじわじわと高鳴る中、ゼロの表示と共に画面が切り替わった。
そこに映ったのは、漆黒の軍服と赤いマントをまとった青年――バルザーク。
カメラをまっすぐに見据え、低く響く声を放った。
「――聞け。民草ども」
部屋の空気が一瞬だけ凍りつく。
……が、画面右下に表示された“視聴者数”は『1』。結月が見ている自分のスマホだった。
「……誰も見てないけど」
ぼそっと呟くと、彼は平然と返してきた。
「構わん。最初に聞く者が一人でもいれば、それは“布告”だ」
言葉の意味はともかく、その表情だけはやけに堂々としていた。
「我が名はバルザーク・ヴァルト=ヘルフェン。魔王軍第四実行部隊総帥にして、魔王様の忠義の剣――」
そのまま演説めいた語りを続ける彼の背後で、結月のスマホに“視聴者数 2”の表示が浮かぶ。
(えっ、誰か見てる……?)
コメントが一つ、ぽつりと流れた。
《なんだこれ》
続いてさらにもう一つ。
《え、誰?》《コスプレ?》
結月は思わず画面を覗き込み、小さく声を漏らす。
「……なんか、ちょっとずつ集まってきてる……?」
「もう一度言おう。我が名は――」
バルザークの声にかぶせるように、コメントが次々と流れ始めた。
《中二病すぎ》《なにこの人》《キャラ徹底してるのすご》
《え、顔めっちゃよくない?》《何かでやってる企画か?》
視聴者数が3、7、12と、じわじわと伸びていく。
結月は戸惑いながらも、彼の話す言葉に耳を傾けた。
「この世界に、我が主の姿は未だ見えぬ。だが、それを理由に、我が歩みを止めることはない。
いつ現れるかもわからぬ“理想”を信じて、今この瞬間を進む――それが、我が誇りだ
お前はどうだ? 目を背け、声を飲み込み、諦めることに慣れていないか?
それでもまだ、心のどこかで何かを変えたいと願うなら――その手を、我に預けよ」
結月は息を呑んだ。
声の調子も、表情も、どこまでも真っ直ぐで――ふざけている様子は、微塵もない。
コメント欄の雰囲気も、いつの間にか変わっていた。
《ちょっと変な人だけど良いこと言ってない?》
《なにこの配信、クセになる》《落ち着いた声が刺さる》
《なんか、聞いちゃう》《え、普通に応援したくなってきたんだけど》
視聴者数はついに30人を超え、コメントも止まらなくなっていた。
結月は、スマホの画面からそっと視線を外した。
(……この人、ほんとに“異世界の貴族”なのかも)
誰にも知られぬ部屋の中で、誰にも知られていなかった存在が、静かに世界へ向けて布告を始めていた。
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