バルザークと映像の儀式
ドリンクを手に戻ってくると、バルザークがスマホの画面をじっと見つめていた。
「……なに見てんの?」
問いかけながら、結月も画面をのぞき込む。映っていたのは、若い配信者が軽いノリでしゃべっている動画だった。内容はとりとめもなく薄いけれど、コメント欄はずっと動いていて、見知らぬ誰かたちがその言葉に次々と反応していた。
「……ふむ、これは“魔導具を介して大衆に語りかける演説”と見た」
唐突にそんなことを言い出すバルザークに、結月は思わず眉をひそめる。
「演説……? いや、それただの配信ってやつで――」
「このような場を与えられているのだ。さぞ地位のある者に違いあるまい」
何をどう解釈したらそうなるのか。結月はちょっとだけツッコむ気力を失いかけた。
彼の中では、配信者がすでに“高貴な存在”として再構築されているようだった。
そして唐突に立ち上がり、マントを払う。
「面白い。ならば、我も語るべきだな」
その真剣な顔に、結月はイヤな予感しか抱けなかった。
「ちょっと、何する気?」
「結月。この“映像の儀式”……我も行うぞ」
「……映像の儀式? あー、配信のこと言ってんの?」
「そう、それだ。“はいしん”。それを今すぐ始める。ここでだ」
「はああっ!? ここってファミレスだよ!? 始める場所じゃないから!!」
「我が言葉を知らしめる時だ。この地の者どもに、我が名を刻ませねばならん。まずは忠誠心を量る」
「やめろぉぉぉ!! 通報されるって! 出禁になるって! 配信どころじゃなくなるって!」
ようやくヤバさを察したのか、バルザークはしぶしぶ着席した。だがその目はまだ、画面の向こうを鋭く見据えているようだった。
「ならば整った場を用意しろ、結月。遅くとも夜には始めたい」
「……ほんとにやる気だ、この人……」
✦✦✦
その日の夜、バルザークは当然のように結月の家までついてきた。
玄関の扉を開けると、彼はそのまま土足で踏み込もうとする。
「ちょ、ちょっと待って!? 靴、靴脱いで! 日本の家は土足禁止なの!」
足元を見下ろし、バルザークは不思議そうに首をかしげた。
「……儀式か?」
「ちがう! 文化!!」
「……合理性を感じぬ」
「脱がないなら家に入れないから!」
しぶしぶ靴を脱いだ彼は、ぎこちない足取りで廊下へと進んだ。まるで罠を警戒するみたいな歩き方に、結月は肩をすくめる。
家の中を一瞥したバルザークは、眉をひそめたまま言った。
「……なるほど。民家とは思えぬほど防備が薄いな。屋根も貧弱だ」
「そういうこと言わないで。ごく普通の家だから!」
「この地で活動する以上、当面はここを拠点とする。貴様もそれを望んでいるのだろう?」
「望んでないから! ……ていうか……」
結月は頭をかきながら冷蔵庫を開け、ジュースのペットボトルを取り出す。
「……まあ、親いないし、誰かに見られる心配もないけどさ……」
父は長期出張中、母は夜勤の看護師。こんな状況でも怒られることは、まずない。
「拠点とか言ってるけど、せめて“仮住まい”くらいの言い方できないの?」
「無理だ。一時の根城と呼ぶにも誇りが傷つく」
「メチャクチャ失礼!!」
✦✦✦
夜。自室のベッドの端に座って、結月はため息をつく。
「……ほんとにやる気なんだね、“配信”」
「当然だ。あれはこの世界における“布告の魔導”だろう。魔王様の器を見極めるには、まず広く声を届けねばならん」
そのスケール感はどこから来るんだろう。結月はスマホを手に取り、彼の顔をちらりと見た。
「まずさ、アカウント作るとこからだよ? 名前とかプロフィールとか……てか、画面に顔出るけどいいの?」
「ふむ。我が名と顔を隠す理由がない。“バルザーク・ヴァルト=ヘルフェン”と記せ」
「ほんとにその名前でいいの!? ……いや、カッコよすぎて逆に怖いんだけど」
「誤魔化す必要はない。貴様の世界では偽名でしか語れぬのか?」
「そりゃ安全とか色々あるのよ!」
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