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バルザーク、ファミレスへ行く

「……ここが、“この世界の統治機構”か?」


 「違うっての。ここはファミレス。庶民の社交場、みたいなもん。アンタがお腹すいたって言うから連れてきてあげたんでしょ」


 「……誤解するな。飢えたわけではない。“この世界の糧”を視察する好機と見ただけだ」


 結月はうんざりとため息をついた。さっきまで「国の中枢を視察せねば」なんて言いながら国会に突撃しようとしていた男が、今はファミレスの看板を厳めしい表情で見上げている。


 「ファミリーレストラン○○」。普通の建物に、普通の看板。


 ……なのに、この男の目には、そこに封印でも施されているように映っているらしかった。


 ウィン。


 自動ドアが静かに開いた瞬間、バルザークが一歩前に出た。


 「……ほう。迎え入れる意思を感じるな。無礼のないよう、進もう」


 「……はいはい。センサーも大変ねぇ」


 中に入れば、明るい照明と軽快なBGM、そして店員の「いらっしゃいませ〜!」という元気な声。


 その声を聞いた途端、バルザークが鋭く目を細めた。


 「貴様……我の存在を察知していたか!」


 「ちがう! マニュアル通りだから! そういう接客!」


 慌てて止めに入る結月。こんな調子で通報でもされたらたまったもんじゃない。


 「何名様ですか?」


 店員の問いかけに、バルザークが怪訝な顔で言った。


 「何名だと……我一人で十分だ。貴様、この少女を“戦力”と見なしているのか?」


 「いやいやいや!? ただの人数確認だから! 食べる人の数聞いてるだけ!!」


 慌てて店員に頭を下げる。


 「ごめんなさい、変なこと言って! ふたりです、ふたり!」



 席へと案内される途中、バルザークは妙に威厳に満ちた足取りで歩いた。


 背筋は真っ直ぐ、視線は一切ぶれず。まるで玉座に向かう王族。


 当然、周囲の視線が集まる。


 (……目立ちすぎでしょ)


 「……え、何かの撮影?」「あの服、本物……?」「かっこよ……いやでも怖い……」

 「動画撮っていい?」「やめときなよ、怒られそう……」


 ざわめきの中でも、当の本人は一切動じない。


 「ふむ……この世界の民は、礼儀として他者を見据える文化か。我は見られることには、慣れているからな」


 「違うから。アンタの格好が変なだけ。あとたぶん、怖がられてる」


 「何?……ならば、なおさら悪くない」


 「どういう理屈だよ……」




 

 席につこうとした瞬間、バルザークが手を伸ばして制した。

 「待て」


 「……なに?」


 「まず、この“座具”の安全性を確認する」


 冗談かと思いきや、バルザークは真剣な顔で椅子をまじまじと見つめ、背もたれやクッションを押したり叩いたりしている。


 「軟弱な造りだが、沈み込みは計算されている……なるほど」


 そして、マントの裾を丁寧に払って、おごそかな所作でソファに腰を下ろした。


 「……我、着座完了」


 「なんでそんな仰々しいの!? ファミレスだよ!? もっと気楽に座って!」


 「礼儀とは、場所により変わるものではない」


 (もう……ツッコミが追いつかない)


 結月は頭を抱えた。周囲の視線もジリジリと刺さる。



 バルザークは静かにメニューを手に取り、小声で呟いた。


 「――〈翻訳魔法 リンガ・レヴェラーレ〉」


 次の瞬間、視線を走らせながら不思議そうに眉を寄せる。


 「……“オムライス”、“ミートドリア”、そして“ドリンクバー”。読みは通る……が、意味は掴みきれん」


 「まぁ、初見だとそんなもんかもね」


 結月はメニューを広げつつ、簡単に説明を加える。


 「“オムライス”は、卵とご飯。ふわふわのやつ。“ドリア”は米にソースかけて焼いたやつ。“ドリンクバー”は……自由に飲めるやつ」


 バルザークはしばらく黙って聞いていたが、ぽつりと一言。


 「なるほど。分からん」


 そのあと、さらりと毒を吐いた。


 「貴様の語彙力には、“愚か”という言葉がよく似合うな」


 「そこまで言う!?」


 結月が「オムライスとドリンクバー」を注文し、バルザークもなんだかんだ言いながら同じメニューを頼んだ。


 しばらくして料理が運ばれてくる。


 「……これが、“オムライス”か」


 ふわとろの卵に包まれたライスの上に、ケチャップで店名が書かれていた。それを見たバルザークが、少し眉をひそめる。


 「……紋章か?」


 「違う、サービス。呪いとかじゃないから」


 スプーンを渡すと、一瞬にらまれた気がしたが、彼は慎重に受け取って一口運んだ。


 咀嚼、沈黙、もう一口。


 「……悪くない。柔らかく、味に層がある。ドラゴンの卵か?」


 「なわけないでしょ。そんな卵かえったらこの街ふっとぶわ」


 静かに食事が進む中、結月がスマホを取り出すと、バルザークの視線がぴたりと向けられた。


 「……その魔導具、何だ」


 「魔導具じゃない。ただのスマホ。見たことないの?」


 「“すまほ”……すまほう? それがこの世界の知識の源か?」


 「まあ……否定はできない、かな」


 結月が画面を見せると、バルザークは真剣な顔でそれを見つめた。


 「……触れても?」


 「いいけど、壊さないでよ?」


 恐る恐る画面に触れると、ピタリと反応して動いた。


 「……ッ。動いた……これは触媒の一種か? 精霊との契約術……?」


 「違う。タッチパネル。現代科学」


 「かがく……よく分からんな。“魔術”と呼んだほうが納得がいく」


 「えっ、魔法とか使えるの?」


 「当然だ。さしあたって――この小物で試してみよう」


 そう言ってバルザークは結月のバッグについた、くまちゃんのキーホルダーに目を向けた。


 「よし、いざ――虚無転移〈ヴォイド・シフト〉」


 指を鳴らした瞬間、キーホルダーが光に包まれて――消えた。


 「……成功だ」


 「――ああああああ!? ちょっと待って!!」


 「ふっ、光栄に思うがよい。我が魔術を見れたことに」


 「私のくまちゃああああん!! なにしてくれてんのよ!!」


 「――ははははは! 見たか、これぞ虚無の理!」


 高笑いと結月の絶叫が、ファミレス中に響き渡った。

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