バルザーク、料理配信に興味を持つ
休日の昼下がり。
結月はスマホで料理動画を見ながら、ソファにぐでんと寝転がっていた。
画面に映るのは、テンポのいいトークを交えつつ魚をさばいていく料理配信者。見ているだけでお腹が空いてくる。
そのとき、隣で腕を組んでいたバルザークが、ふと画面に目を留めた。
「ふむ……これは、ただの調理ではないな」
横から聞こえた低い声に、結月は思わず目を細める。
「……また始まった。料理動画だよ、料理。見たまんまでしょ」
「否。所作に無駄がなく、語り口も軽妙。これは“民草への演説”と“魔導演舞”を融合させた儀式……」
「うん、ぜんぶ違うけどね」
冗談かと思ったが、彼はいたって真面目だった。
画面を食い入るように見つめるその目は、まるで戦の作戦会議でも始まりそうな勢いだ。
そして数秒後、彼は静かに、しかしはっきりと告げた。
「……我も、やってみたい」
「……は?」
結月は思わず聞き返す。
「語りながら、魅せながら、料理を施す。その技……“料理配信”というのだろう? 我が手にすべき新たなる戦術だ」
「戦わないで? これ料理だから」
そう言う間に、バルザークは立ち上がり、すたすたとキッチンへ向かった。
冷蔵庫の扉を開けた瞬間、冷気がふわっと漏れ出す。彼はそれを神妙な顔つきで見つめながら、感嘆の声を漏らした。
「……ふむ。何度見ても見事な造りだ。冷気を閉じ込める密封型の魔導装置……この“冷蔵庫”というやつ、やはり侮れん」
「はいはい、いい加減慣れてよね」
しばらく中を覗いていたバルザークだったが、やがて静かに扉を閉じた。
「結月。我が家の供物庫、あまりに貧弱だ。これでは儀式にならん」
「えー、まじで?」
「うむ。であれば……まずは供物の確保から始めねばなるまい」
その言葉に、結月はようやく思い出す。
「……そういや最近、スーパー行ってなかったな」
「……スゥパァ……?」
バルザークが怪訝そうに眉をひそめる。
「スーパーね。そこで食材を買うの。肉も野菜も卵も、だいたい揃ってる」
「それは……敵方の食料拠点か。なるほど、そこを制圧して奪ってくるのだな」
「違うから! 制圧しちゃだめ! スーパーは平和的に利用するもの!」
そのとき、リビングの隅からポチがのそのそと歩いてきた。
結月の家で飼っている柴犬。彼はごはんの時間になると、自然とこうして現れる。
ポチが足元に座ると、バルザークは神妙な顔で見下ろし、うなずいた。
「ふむ。ポチか。貴様もこの家の番獣として、我が“料理の儀”を見届けたいというのだな」
いや、絶対ちがう。
尻尾ぱたぱたしてるし、絶対ただのごはん待ち。
「いや、ただごはん待ってるだけだと思うよ。今日まだあげてないし」
「……なに? ポチにも供物が必要なのか?」
「当たり前でしょ。エサあげなかったら死んじゃうから。
それと今日のポチの散歩はバルザーク担当だからね。前みたいに飛んじゃダメよ。ポチの運動にならないから」
「……前回はあくまで、“飛翔対応訓練”だったのだが……。まあよい、今日は地上戦に集中するとしよう」
バルザークは、冷蔵庫を閉めたあとも腕を組み、しばらく立ち尽くしていた。
そして静かに握った拳を天に掲げ言い放つ。
「この世界の“食文化”……奥が深い。ならば我がその頂を目指すは当然の理」
その目には、意味もなく燃える闘志が宿っていた。
まったく。
料理っていうだけで、なんでこうなるのか。
でも――
どこか楽しそうなバルザークを見て、結月はなんとなく笑ってしまった。
そのとき、ポチがくぅんと一声鳴いた。
時計を見れば、ちょうどお昼を回ったころ。
「……とりあえず、今はあるものでお昼ごはん作ろうかな」
結月は立ち上がり、キッチンへ向かう。
ポチが床にぺたんと座り、しっぽを振っている。
その前には、フライパンを握りしめたままのバルザーク。
結月はため息まじりに笑って言った。
「はいはい、お昼はアタシが作るから。バルザークは見ててね」
「ふむ……では、我は指揮に徹する」
(……絶対、邪魔しそうだなあ)
結月は、少しだけ覚悟を決めてコンロに火をつけた……。