我が名はバルザーク、貴様は今日から従者だ
――ザァンッ。
まばゆい閃光が弾けた。
次の瞬間、交差点の反対側に“何か”が現れた気がして、結月は思わず足を止めた。
黒い軍服に、深紅のマント。まるで舞台衣装みたいな格好の男が、堂々と立っている。
(……なに、あれ……コスプレ?)
だが、その目だけは本気だった。ふざけた様子も迷いもない。ただまっすぐに何かを探しているような、異様な気配。
そして突然、男がこちらを指差すように声を張った。
「貴様――そこの娘!」
周囲がざわめく。結月はとっさにあたりを見渡したが、どう見ても呼ばれているのは自分だった。
「え、ええ……?」
混乱している間にも、男はずんずんと、こちらへ向かってきて真剣な顔で言った。
「この世界の統治機構はどこにある。民の統率形態と、魔王様の行方を知っている者に案内しろ」
(やば……本格的に関わっちゃいけないやつだ)
結月はさっとその場を離れようとした――その瞬間だった。
「うわーーーーーっ!」
背後から叫び声が上がり、慌てて振り返ると、小学生くらいの子どもが自転車に突っ込まれそうになっていた。
「危ないっ!」
結月が思わず叫ぶと、男が赤いマントを翻し、一歩踏み出す。
そして――片手で、自転車を掴んで止めた。
「……え?」
まるで映像が一時停止したみたいだった。スピードのついた自転車が、男の腕一本でピタリと静止している。
乗っていた高校生は青ざめて、自転車を引き返していった。男は一瞥すらくれず、子どもに手を差し出す。
「無事か。よい、この程度で泣くな。子どもとは、護られてこそ価値があるものだ」
その姿は、さっきまでの異常な言動が嘘のようだった。まるで――物語に出てくる騎士みたいで。
結月は、気づいたら声をかけていた。
「……あんた、名前は?」
男は静かに振り返り、堂々と名乗る。
「――我が名はバルザーク・ヴァルト=ヘルフェン。魔王軍第四実行部隊総帥にして、魔王様の忠義の剣だ」
その場が静まり返る。どん引きしているのが空気で伝わってきた。
だけど、結月の胸には、別の感情が芽生えていた。
(ああ……これ、本当にヤバいやつだ)
なのに、放っておけなかった。
「……ちょっと、あんた」
立ち去ろうとする彼に、思わず声をかけていた。
「さっきの、なんなの。普通じゃないよね、あんた」
バルザークはまた振り返り、その鋭い視線を結月に向ける。
「当然だ。我は常ならざる者。何を問いたい」
「その……“さっき言ってた肩書き”、ほんとに本気で言ってるわけ?」
「……何? 貴様、我を疑うのか」
「そりゃ疑うでしょ! 街中で“魔王軍の剣”とか名乗る人、初めて見たわ!」
「不敬極まるな……!」
「ひいっ、本気でキレるのやめて!? 冗談じゃなかったのね……」
恐ろしさと勢いに圧倒されつつも、結月はなんとか気を取り直す。
「で、あんた、このままどこ行く気なの?」
「まずは、この世界の統治機構の頂点に赴き、魔王様の痕跡を――」
「やめて。マジでやめて。その格好で国会とか行ったら大ニュースになるやつだから」
「コッカイ? なんだそれは」
「え、だから……偉い人たちが集まって、国のことを決めてる場所……かな?」
「なんだ、お前も分かってはないではないか」
「うっ……ぐぬぬ!」
得意げに頷くバルザークを前に、結月は頭を抱えた。
「つまり、“国会”とは……表向きは議論の場を装いながら、実際にはこの国を裏で操る者たちが集う、闇の評議会ということだな……!」
「そんな怖い設定、どこにもないから!!」
「フッ、分かっている。敵は常に表に姿を見せぬ。だが、我の眼は誤魔化せぬぞ……!」
マントを翻し、天を指差して堂々と宣言する。
「いざ行かん、国会へ! 任せておけ、闇は我の得意分野だ」
「だめえーーーーーー!!」
そのやり取りのあと、彼はふと真顔に戻り、まっすぐに結月を見つめた。
「時に女よ――貴様、名を何と申す?」
「え、えっ?」
突然の“時代劇口調”に戸惑いながらも、結月は名乗る。
「田中……結月。結月って書いて“ゆづき”」
すると彼の目が、少しだけ細められた。
(……何、その目。なんか意味深……)
「結月。よい響きだ。……貴様を、我の“この世界での第1従者”に任命してやろう」
「はああ!? 勝手に任命しないでくれる!?」
「異論は認めん。選定はすでに完了している。……これは運命だ」
「運命って言えばなんでも通ると思うなよ!?」
結月の抗議もむなしく、バルザークはすでに次の行動に移る気満々だった。
(……ほんと、なんなのこの人)
でも――なぜか放っておけない。だから、結月はその背中を見つめながら、深いため息をついた。
こうして私は、なぜか“異世界貴族”の従者(強制)になった。
ここまでお読みいただき大変ありがとうございます。
「異世界帰りの勇者な俺でもデイリーミッションを使えば青春を謳歌できますか?」
という作品もありますのでお時間があればぜひ