第6話 貴族のマダムと性紀の一戦
マダムの怪しい視線などベッサムは全く気づいていなかった。殺気には敏感だが誘惑には鈍感だった。
そうこうしていると、国の中央にある高級住宅街に停まった。マダムが先に降りて執事に服を持ってくるように頼むから待つように言われた。
ベッサムは大人しく姿勢を正して待つ事にした。十分ぐらい過ぎて金髪の執事が服を持ってきた。とはいっても急にベッサムほどの長身で屈強な身体に似合う服が用意できなかったためか、屋敷にある比較的キレイなカーテンを渡していた。
ベッサムはキチンとお礼を言って、ギリシャやローマの貴族みたくグルグルに巻いて馬車を降りた。
マダムの屋敷は豪華絢爛だった。廊下にベッサム並の筋肉の石像や銅像が両サイドに一列並んでいた。壁に掛けられた絵画もマッチョしかなく、よく見たら執事もムキムキだった。
マッチョしかいない屋敷にベッサムが案内されたのはもちろんマダムの部屋だった。彼女の部屋も至る所にマッチョの石像が四隅になり、特大のベッドもあった。
マダムはソファに腰をかけると、執事がサイドテーブルにティーセットを置き紅茶を注いだ。マダムはティーカップを艶かしく口に付けると、プハッと可愛らしく息を吐いた。
「あなたの名前は……えっと、マッサム?」
「ベッサムです。マダム」
「そうそうベッサム……で、どうして裸だったの? そういう趣味?」
「いえ、話は長くなりますが、よろしいですか?」
「うーん……長いのは夜の遊戯だけで十分だけど……いいわ。退屈しない程度に話して」
マダムはさらりとこれからのプランをほのめかしたが、ベッサムは微動だにせずに淡々と経緯を話した。
マダムは『妻が攫われた』の一言だけで話に耳を傾けるのを止めてしまった。彼を寝取るかどうかを考えていたからだ。
(奥さんを助けに行くほどメロメロなのね。だけど、誘惑すればこっちのものよ)
マダムは「ねぇ」と流し目でベッサムを見た。彼は無表情で「何か?」と聞いた。
「奥さんを助けに行くにもお金がいるでしょ?」
「確かにそうですね」
「じゃあ、その資金をあげる代わりに……私を抱いてくれない?」
「……はい?」
ベッサムが戸惑っている数秒の間にマダムはスポポーンと服を脱いだ。そして、尻を彼の方に向けた。
「さぁ、ここに……私を満足させたら報酬はたんまりとあげるわ」
マダムは尻をこれみよがしに振った。ベッサムは非常に困った顔をした。チャラミー以外の肉体には微塵も興奮しない彼にとって、マダムの裸を見た所で立つものも立たなかった。
しかし、そうなると報酬はもらえず、財政難に陥ってしまう。服も鎧もついでに双剣も盗まれてしまった以上、莫大な報酬がもらえるかもしれない労働を辞退するのはためらった。
(だが、もしチャラミーが見ていたら間違いなく浮気だ。離婚まっしぐらだ)
死んでも妻と別れたくないベッサムはこの窮地をどう乗り切れろうか思案した。すると、四隅の石像に目が行った。下半身までキチンと彫られた肉付きのいい男性像を見つけると、ある事を思いついた。そのタイミングで痺れを切らしたマダムが声を荒げた。
「ねぇ、いつまでボゥと見ているつもり? さっさと……」
「目隠しは嫌いか?」
「え? 目隠し?」
マダムはようやくやる気になった事が嬉しかったので、素直に応じてタオルで目を隠し、その時を待った。
ベッサムは隅にある等身大の石像を折って下半身だけにすると、中央部分をジャストに入るサイズと位置に加工した。
「よし、いくぞ」
「早く来て〜♡ かも〜ん♡」
マダムは今か今かと待ち構えていた。ベッサムは負傷しない程度の力加減で石像を動かした。
「あぎゃんっ?!」
しかし、その衝撃は凄まじく侵入しただけでマダムの意識が吹き飛んでしまった。主の悲鳴を聞いた屈強な執事達が駆けつけた。
「これは……どういうことだ?!」
執事達はマダムが石像に突き刺されたまま白目を剥き、舌をダランと垂らして気絶している事に戸惑っていた。ベッサムはマダムの指示だと言うと、彼らは納得した様子でマダムを寝室にまで運んだ。
「ほら、これを持って行きなさい」
一番最年長と思われる筋肉老人執事はベッサムに多額の報酬の金貨が入った小袋を渡した。プレイ料らしい。
この時、ベッサムは手紙に書かれていた『返して欲しければ金貨をたくさんもってこい』という文面を思い出し、ありがたく頂戴するとカーテンキトンの格好のまま屋敷を出た。
(よし、魔王城への近道がないか聞くか)
ベッサムはそうプランを立て、一番魔物と戦っているであろうギルドに向かう事にした。