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第5話 服盗まれたけど葉っぱ一枚付けておけば大丈夫だろ

 ベッサムはゴーグに唾つける程度の治療で延命措置を取った後、地下室の椅子に縛り付けた。頬を数回叩いても起きなかったので、地下室に保存していた酢を鼻に近づけて無理やり目を覚ました。


「くっさっ?! 臭っ……ん?」


 ゴーグは片目で周囲が薄暗くランタンが石みたいな天井からブランと下がっている事に気づいた。そして、近くにベッサムがいる事も。


「よう、最高司令官様」

「きさま……俺をどうするつもりだ!」


 ゴーグは吠えるように尋ねるが、ベッサムは冷静に「魔王の居場所さえ教えれば解放してやる」と条件を持ちかけた。


「ま、魔王だと?! 貴様、何のために……」

「俺の妻が攫われたんだ」

「妻?」


 ゴーグは張り詰めた緊張が解れたように噴き出し、地下室に響き渡るほど笑った。


「おいおい、奥さんを助けるために魔王様に戦いを挑むのかよ。正気か?」

「あぁ、本気だ」


 ベッサムは早く教えろと言わんばかりに睨みつけた。しかし、ゴーグは先程ボコボコにしたとは思えないほど堂々としていた。


「お前、魔王様の力を知っているのか?」

「知らない。だが、全力を尽くすだけだ」

「ははは、おめでたい奴だ。俺を倒すことができたとしても魔王様にはぎゃあああああああ?!」


 一向に居場所を言わないゴーグに痺れを切らしたベッサムは腕を強く握った。最高司令官を悶え苦しませた後、手を離した。


「どうだ? 言う気になったか?」

「はぁ……はぁ……誰が言うぶっ?! ぐっ?! べぶっ?!」


 二度も拒否したからか、ベッサムは少し乱暴に頭部を鷲掴んで顔面を数回めり込ませた。ゴーグの僅かに残っていた歯が砕け落ち、軍の司令官とは思えないほど惨めな有り様となっていた。


 ベッサムは地獄から聞こえるかのような声で「最後の質問だ。魔王はどこにいる」と双剣の片方を取り出して瞳の先に突きつけた。


 両者の間に緊張感がはしる。ゴーグとベッサムの眼光がぶつかり合い、一つでもアクションを起こしたら絶叫が響き渡ることが発生しそうな状態だった。


 ゴーグの体が汗でビッショリだった。表向きは凛然としていたが最終形態で半殺しにされた相手に殺されるのが恐怖だった。しかし、魔王を裏切る訳にはいかないという忠誠心に板挟みになっていた。葛藤した結果、自分の命が惜しくなった。


「……お前の奥さんが囚われている所は……東の方にある」

「どこの東だ。どこからどう見て東なんだ」

「はぁはぁ……この国の城門を出たら我々が来た足跡とかを辿ればいい」

「そうか。ご苦労だった」


 ベッサムはそう言ってゴーグの喉仏に刃を突き刺すと地下室の階段を上った。



「あ、あぁ……」


 フェイリーラは目の前に広がる光景に絶句していた。彼女の嫌な予感が的中したのだ。死人や負傷者はベッサムのおかげで魔王軍の襲撃とは思えないほど最小限に留まった。


 しかし、問題は家屋の被害である。天井の崩落はもちろん、丸ごと瓦礫になっているのもあった。事実、彼女のお気に入りの店だったドーナツやお忍びで買っていた揚げ物がオークやゴブリンの死体で営業不可となっていた。


「あぁ、団長……いくらなんでもやりすぎですよ」


 フェイリーラはこの後の仕事を考えた。まずは行方不明者の捜索、瓦礫の撤去、調度品や泥の掃除など――山積みだった。そこは仕事として割り切れるが、その仕事の労力を癒せるようなお気に入りの店が無くなってしまったことが彼女にとっては精神的に大きかった。


 フェイリーラは大きく溜め息を吐くと、部下から瓦礫の除去を手伝って下さいとの要請が来たので、頬を叩いて激務に励む事にした。



 城門を潜り抜けたベッサムはゴーグが言っていた通り、魔王軍がやってきたであろう足跡と山車の車輪と思われる跡を見つけた。


(東……かどうかは分からないが、とにかく突き進むのみ)


 ベッサムは足跡と周囲を確認しながら小走りした。なお、彼の小走りは(アスリート選手の全力疾走に相当する。



 一切休まずに走り続けていると、景色がガラリと変わった。平原から山に入りベッサムはエッホエッホと登り始めた。山脈になっているらしく、頂上まで辿り着いたら下山し、また登って天辺まで行き、また降りてと大陸を一つ越えそうなぐらい走った。


 途中何度も山賊に襲われたが、彼の敵ではなかった。卑劣な罠を仕掛けようが、大人数で掛かろうが、彼は双剣を使わなくても拳で奴らを叩き潰していった。


 彼の通った道には山賊の死体が山ほど転がっていた。彼の後から通った旅人はあまりの死体の多さに思わず『サンゾクデスロード』とか名付けたとか名付けていないとか。


 もちろん山中には魔物もいた。魔王軍に所属していない野生の魔物は人間を見つけるとすぐに相手が誰であろうと襲いかかる。それが仇となって魔物達はベッサムの刃の犠牲となってしまった。


 またあるギルドに所属していたパーティーが魔物達が多い山に入ったが一匹もおらず、それどころか魔物の腐敗した死体が散乱していた事から、『デスモンスターマウンテン』と名付けたとかいないとか。


 さて、そうこうしていると新しい国にやってきた。ゴルファーラ王国に比べたら小規模だったが、そこそこ栄えていた。


 しかし、ベッサムは幾度の戦闘により返り血を浴びてしまったからか、酷い臭いが衣服にまとわりついていたので、山の麓にある池に飛び込んで身体を洗った。


 鎧や下着を脱ぎ捨てて洗ってしまったからか、水中で身体を洗っている間に盗まれてしまった。


 ベッサムは仕方なく股間に大きめの葉っぱを付けて入国を試みた。しっかりと列に並び、自分の番が来るのを待った。


「おい、止まれ。そこの露出狂」


 当然城門の検問で呼び止められてしまった。


「俺のことか?」

「お前以外にいないだろ。正気か」

「俺は至って正気だ」

「正気だったら裸で入国する訳ないだろ」

「服を盗まれたんだ」

「そんな嘘、信じると思ってるのか?」

「頼む。緊急事態なんだ」

「駄目だ」

「どうしてもか?」

「どうしてもだ」


 ベッサムは通して欲しいと懇願するが、兵士側からしたら筋肉ムキムキのほぼ裸同然の姿で入れるという思考回路を持つ男性の入国を許したら間違いなく風紀が乱れる事が起きるという確信があったので、何がなんでも縦に振らなかった。


「はぁ……分かった。諦める」


 これ以上頼んでも無駄だと思ったベッサムは諦めようと思った。


「お待ちなさい。その殿方」


 すると、豪奢な馬車から麗しい声が聞こえてきた。ベッサムが立ち止まると、窓に掛かっていたカーテンが開き、紫のアイシャドウが印象的なマダムが上目遣いで彼を見ていた。


「見た所困っているそうね……一緒に馬車に乗ってくれたら説得させてあげる」

「恩に着る」


 願ってもみない幸運にベッサムは快諾し相乗りする事にした。マダムはきらびやかなドレスに身をまとい、窮屈そうな胸元からルビーのネックレスをぶら下げていた。両指に大きめの宝石が目立つリングがはまっていて、マダムはベッサムの身体をなめ回すように見ながら真っ赤に塗った唇を指先で触った。


 マダムの狙いは当然ベッサムの肉体だった。たまたま帰国しようと検問待ちをしていたマダムは彼の肉体に一目惚れしたのだ。


 彼女の怪しい視線には疎いベッサムはマダムに「助かった」と礼儀正しく頭を下げた。マダムは「いいのよ」と艶っぽく返し、こっそり舌なめずりした。


 マダム達の番になり、兵士達は馬車に近寄って恭しく挨拶した。すると、ベッサムが乗っていたので彼らは驚いたが、マダムは大量の金貨で通すように頼んだ。


 マダムの頼みに兵士達は渋々通す事にした。馬車が門を潜り抜けた後、彼らはヒソヒソと話した。


「あの男、気の毒だな。よりによってヤリマーババアと相乗りするなんてな」

「あぁ、きっと朝を迎えたらベッドの上で干からびているだろうな」

「自業自得だ。あんな筋肉を見せびらかしたら良からぬ奴が寄ってくる」

「あー、帰って嫁抱きてー!」


 マダムが精力絶倫なのは国中が知っていたので、あの変態男がどのようにいたぶられるかと囁きながら検問を続けた。

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