第4話 魔王軍最高司令官との激闘
ゴーグは目を擦ってみた。しかし、死体が消えることはなかった。むしろ増えていった。
それもそのはず、ベッサムが魔王軍を襲撃していたからだ。彼は双剣を引き抜くや否や、怒涛の勢いで魔物を倒していった。オークが棍棒を振り上げたが、片手でそれを受け止めて弾き返し、よろめいた隙を狙って鎧を貫通するほどの力で突き刺した。
オークは白目を向いて倒れる。すぐさま新たな援軍が来るが双剣を振り回して血肉を削ぎ落とし、彼らの身体能力を低下させた。
トドメは足を使って踏み潰したり蹴飛ばしたりした。ワイバーンが上空から彼の頭を狙おうとしたが、距離が近くなったタイミングで首をスパンと斬られ、たちまち飛行能力を失った。胴体だけになった翼竜の体を持つと遠方にいるゴブリンに投げた。もちろん、ゴブリンは魔物が迫ってきているとは思っていなかったので避ける暇もなく翼竜の下敷きとなっていった。
(ぬ、ぬ ぬぁんだ?! あ、あいつは?!)
ゴーグは騎士やギルドのパーティー達の戦いぶりとは比にならないくらいの強さを持つ人類が現れた事に驚愕していた。
しかし、ゴーグはまだ敗北を感じていなかった。
(たとえどんなに強い人間が現れようが、こっちは何千体もの部下がいるんだ。それに対して、相手は一人……今はお盛んだろうがいずれ体力が消耗して袋叩きにされるのがオチだ)
ゴーグは自分の優位は変わらない事を確信すると、玉座から立ち上がって王国中に響き渡るほどの声量を出した。
「怯むな! 敵はただ一人! 数で叩き潰せ!!」
最高司令官の鼓舞に部下達の士気は上がり、再び獰猛な表情に変わった。
ベッサムは魔物の血肉で汚れた双剣を切るように払い落とすと、静かに睨んだ。彼の身体は魔物の返り血で全体の半分ほど掛かっていた。なお、彼の血は流れていなかった。
魔物達の震え上がる程の咆哮と激しく舞う砂埃、押し寄せる大群の波がベッサムに迫ってきていた。
だが、彼は表情一つ変えずに禍々しいオーラを身体に纏わせ、双剣にも移らせた。
「お山の大将以外、皆殺しだ」
ベッサムは唸るように呟くと、軽く駆け出した。
ゴブリンが数体飛び掛かったが、ベッサムの一振りで微塵切りになってしまった。オークが地面が裂けると言わんばかりに叩き続けたが、彼が揺らぐことはなかった。むしろ一足踏んで地面を裂け、オーク達のバランスを崩した瞬間を狙って飛び掛り、数体ほど斬首した。
ワイバーンは連携を組み、不規則に急降下させて混乱を生み、じわりじわりと追い詰める戦法を取った。しかし、ベッサムにそれは通じなかった。双剣をジャグリングするかのように手持ちを変えながら啄もうとしてくるワイバーンの翼や頭を斬って行った。
スライムは足止めをしようと彼の両脚にまとわりついた。しかし、大きく振りほどかれてしまったので、全てのスライムを合体させて山車並の大きさのスライムに成長させた。
スライムはあっという間にベッサムを飲み込み、体内でグニュグニュと動かした。
「ハハハハハ!! いいぞっ! これで奴もおしまいだっ!」
ゴーグは両手を叩いて喜んでいた。が、それは束の間だった。ベッサムはこれでもかと機敏に暴れまわった。スライムは酷く苦しみ暴れた。その影響で周りにいる魔物達にも被害が及んだ。ゴーグも例外ではなく、スライムが山車とぶつかって倒れてしまった。
ゴーグは慌てて宙に浮かんで民家の屋根に乗り移った。彼がさっきまで腰をかけていた山車はグチャグチャに潰されてしまった。
そうこうしているうちにベッサムはスライムのカラダを貫いた。スライムは一気に元の大きさに戻って散り散りにしてなった。
ベッサムは一匹たりとも逃すまいと猫の如き俊敏さで彼らを追いかけ、体温で熱くなった拳や脚で潰していった。途中邪魔をしよういしてきた魔物は容赦なく斬り刻んだ。執拗に追いかけた結果、スライムは全滅した。
ゴーグはひたすら果敢に挑めと彼らを鼓舞し続けた。それに乗った魔物達は四方八方を囲んで逃げ場を無くした。
「よぉぉおおおしっ!! 囲んだ! 囲んだぞ!!」
ゴーグは賭け事でもしているかのようなテンションでガッツポーズした。魔物達もチェックメイトだと確信してニタニタ笑いながら迫った。
ベッサムは変わらず仁王立ちだった。
「……動く手間が省けた。例を言う」
ベッサムは双剣を構えて禍々しいオーラをまとった後、一回転した。その際に山の時に出したようば鋭利な形状の半円が飛び出し、それを魔物達を真っ二つさせた。
たちまち部下達は死滅し、残されたのは最高司令官だけとなった。
「な、なっ……そんな馬鹿な……」
ゴーグは目の前に広がる魔物の死体の山が現実とは思えなかった。ほんの数分前までは一体も欠けることなく人類に恐怖のドン底を震わせた魔王軍がたった一人の人間で壊滅してしまったのだ。
「あ、あががが……」
ゴーグは今までにないほど恐怖を感じていた。最高司令官に就任して以来、芽生えた事がなかった恐怖心が支配されていた。
「お前がこの騒動の発端か」
突然背後から声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、さっきまで地上にいたはずのベッサムがゴーグの後ろまで迫っていたのだ。
しかし、ゴーグは最高司令官としてのプライドを保つため、平然とした顔を装った。
「そうだが……お前は何者だ」
「ベッサムだ。お前こそ誰だ」
「ゴーグ……魔王軍の最高司令官だ」
「なるほど。それは都合がいい」
ベッサムは双剣をゴーグの方に向けた。双方の刃には魔物の血肉がこびりついていた。
「魔王がいる所を教えてもらおうか」
「ほう? 勇者気取りか? 残念だが、お断りだ」
ゴーグは心の中で『手加減せずに本気で挑まなければ死ぬ』と考え、本来であれば一時間ぐらいねっとり戦った後に出すはずの最終形態に入った。
ゴーグは纏っていた軍服が飛散するほど筋肉を膨張させた後、背中から太めの棘を出した。ついでに第三の目を開眼させ、腕も四本増やした。後背にただならぬオーラを纏わせれば最終形態の完成だ。
「ふっ、ふっ、ふっ……この姿を見せたのはお前が初めてだ。人類で最初で最後だろうな」
彼はあえてゆっくり喋って今までの魔物とは格段に違う事をアピールした。が、ベッサムの表情に焦りは浮かんでいなかった。
「確かに一期一会だな」
ベッサムはそう言って双剣の一つを投げた。それは第三の目に突き刺さった。
「ぐぉおおおおおお!!!」
たちまち悶えるゴーグ。ベッサムはあっという間に距離を詰めて六本の腕と交戦した。出会い頭に一本、鉢合わせして二本、挨拶交わして三本、あの世によろしくと伝えて四本、おまけに五本とリズミカルに削ぎ落とされた。腹部に突き刺して体をよじ登った後、目に刺さった剣を抜いて、ついでに片目も失わせた。
背後から降りる際に全ての棘を削ぎ落とした。そして、片目と腕を失って上半身裸だけの状態に弱体化したゴーグと再び対峙した。
「どうだ? 言う気になったか?」
「あ、あ、くそ……よくも俺の目を……腕を……やってくれたなぁああああ!!!」
ゴーグは片手に全魔力を注ぎ込んだエネルギー弾を発射した。黒い球はベッサムの回避を阻止させ、瞬時に爆発した。
「ふ、ふ、ふははははは!!! ざまぁみやがれっ! この、雑魚にんげんごぶぼっ?!」
しかし、ベッサムは生きていた。大笑するゴーグの顔面に強烈な一撃をぶつけた。顔がへこみ、自慢の鋭い牙がバラバラに落ちていく。
「むぎゅ、ふ、ぐぅ……」
ゴーグは鼬の最後っ屁を試みようとしたが、そうなる前に仰向けに倒れて気絶してしまった。
「……あ」
ベッサムは急いでゴーグの元に駆け寄ると、心臓の音を聞いて動いていることを確認し、すぐに抱きかかえて医者の所に向かった。