第2話 許さんぞ、魔王!!
「ぶち殺してやるぞ!! 魔王!!」
ベッサムは怒りのあまり、書いた手紙を木っ端微塵にした。そして、テーブルを軽々と持ち上げると、窓に向かって投げた。激しくガラスの割れる音が閑静な住宅に響きわたった。
「うぉおおおおお!!!」
ベッサムの怒りは投げただけでは収まらず、椅子を手当たり次第に踏みつけた。木で出来ているからか、木片になるまでグチャグチャに踏んだ後、寝室に向かった。
そこには布団が掻き乱されていた。出掛ける前はチャラミーが丁寧に整えてくれていたので、乱れている原因を想像するとますます彼の怒りは高まるばかりだった。
「魔王……よくも」
唸るような声で布団を持ち上げ、試しに匂いを嗅いでみた。ふんわりとしたローズの香りと獣臭がした。ローズはチャラミーなのは言うまでもない。この獣臭にベッサムは震え、羽毛布団を散り散りにして中の羽根を羽ばたかせた。
「くそっ、くそっ!!」
何度もベッドを叩いて真っ二つにした後、自室に向かった。そこには護身用とした大剣が鞘に収まった状態で壁に立てかけられてた。
ベッサムは何の躊躇もなく引き抜くと、割れた窓ガラスを飛び出して、全速力で向かった。
その先には標高何千メートルもある山が聳えていた彼はギュッと握って力を込めた。彼の禍々しいオーラが剣の先まで伝わっていく。
「絶対に取り返してやる……チャラミーをぉおおおおおおお!!!」
ベッサムは憎き相手の名を叫びながら大きく剣を振った。オーラは鋭利な曲線い変えて山の麓に直進していき、タケノコをかり取るかのようにスパッと根こそぎ切ってしまった。
幸か不幸か、この山に住んでいたあらゆる生物達がベッサムの殺気を感じ取って、他の邪馬へ緊急避難をしていたため、犠牲者は木だけになった。
山はたちまち悲鳴を上げて崩れ落ち、悍ましいほど砂吹雪がベッサムの元に襲いかかる。彼は口の中に砂などが入ることなどお構いなしに咆哮した。
そして、嵐のような砂埃が落ち着くと、ベッサムは大剣を落とした。
「あ、あぁ……チャラミー……」
彼は国の資産である山を切った今よりも愛する妻が攫われた事に嘆いていた。
「団長!」
そこへフェイリーラ騎士団長が大勢の部下を連れて駆けて来た。ベッサムの住む方角からただならぬ殺気を彼女が感じ取り、馬で急いで向かってきたのだ。
フェイリーラは山が無くなっている事とベッサムの家が崩壊している事の両方の衝撃が同時に襲いかかり、ほんの少しだけ思考が停止した。
まだ漂っている粉塵に咳き込んだ後、元団長の元へ駆け寄った。ベッサムは両膝を付けたまま見通しの良くなった景色を呆然と眺めていた。
「団長……あの……とりあえず、国の資産を損壊した罪で逮捕します」
フェイリーラは何か事情があると分かっていたが、目の前で起きた犯罪を見過ごすのは騎士団長としての誇りに反するので、部下に頑丈な手枷を持ってくるように指示した。
「ごはっ?! ふがっ?!」
すると、突然ベッサムが咳き込み出した。先程砂埃が襲い掛かった際に吸い込んだ粉塵が遅れて拒否反応を起こしたのだ。
「げほっ、がはっ、ぐほっ、げほっ、ゴホッ……」
酷く咳き込むベッサムにフェイリーラは「医者の所まで運ぶぞ!」と命じて大人数で彼を運んだ。近隣住民に荷台を借りると、それをフェイリーラの馬に繋げて走らせた。
※
ベッサムが目を覚ますと、大きめのベッドの上だった。起き上がろうとしたが、チェーンでグルグルに巻かれていた。
「なんだこれは」
ベッサムは上半身の筋肉を膨張させて無理やりちぎろうとした。その時、ドアをノックする音が聞こえたので一旦止めて応じた。
開けて出てきたのはフェイリーラだった。
「団長、肺の具合はいかがですか?」
「肺? 何ともないが」
「ですよね。普通に会話できていますし」
「フェイリーラ、これはどういう状況だ」
「もしかして覚えていないんですか? 山、斬ったこと」
「山? 山、山……あぁっ!」
ベッサムは妻が魔王に攫われた怒りのあまり、大剣で山を切り崩した事を思い出した。そして、攫われた悲しみが再び沸き起こった。
「チャラミー……今すぐ助けに行くぞ!」
ベッサムは筋肉を膨張させてチェーンを粉砕させると勢い良くベッドから降りた。フェイリーラは勘で元団長が何をするか分かったので、「放電」と義手を彼の方に向けて電流を放った。
「ほっ、ぐっ、あっ……」
全身に感電したベッサムは痙攣しながら跪いた。フェイリーラは溜め息をついた。
「助けに行くのは国王の許可を得てからです」
彼女はそう言ってドアの前に立たせている見張りを呼んで運ばせた。
※
二度目の気絶をしたベッサムが目を開けると、今度は玉座の間にいた。全方位に護衛の騎士達が整列して赤いカーペットの上に跪いている元団長を監視していた。
ベッサムの隣にフェイリーラが立っていた。彼女は耳元で「大人しくしてください」と小声で忠告した。
彼は正面を見た。巨大な二つの金の玉座は空っぽだった。すると、王冠を被る老人が堂々と闊歩していた。彼が登場すると護衛の騎士達が「アータル国王陛下!」と敬礼した。フェイリーラ同様にした。ベッサムも流れでやろうとしたが、両腕が拘束されていたので出来なかった。
アータル国王の背後に光り輝くほど美貌を持った女性が優雅に歩いてきた。国王の妻メロー王妃だ。翡翠の瞳に筋の通った鼻、そして何よりあふれんばかりの胸を揺らす様は世の男性を悶絶させた。
現に騎士達は苦しそうに前屈みになっていた。王や王妃を護衛する騎士も歩きにくそうだった。この空間の中で興奮していないのは国王とベッサムとフェイリーラだけだった。
国王はもう精も枯れ果ててしまっており、フェイリーラは欲情する彼らを心の中で冷ややかな目で見ていた。ベッサムはチャラミー以外の女性は眼中にないので、全く響いていなかった。
アータル国王とメロー王妃は玉座に腰を降ろすと、国王はかつて自分に忠誠を誓っていた男を見た。
「ベッサムよ。どうして我が国の大事な山を斬った」
「申し上げます。私の妻が魔王に攫われたのです」
ベッサムは真っ直ぐ国王を見た。アータル国王は彼が自分の妻に盗み見していない事を確認すると、「証拠は」と聞いた。
「申し訳ございません。妻を攫った紙はビリビリに破いてしまいました」
ベッサムは今の状態で出来る限りの謝罪を述べると、国王は「うーん。困ったな」と王冠の下の寂しい頭をかいた。
「お前のことはよく知っている。奥さんをどれだけ愛しているかもな。だが、怒りに身を任せて山を斬るのは見過ごせん。あの山にはどれだけの資源があるか……」
「国王様。ご提案があります」
説教が長くなりそうなフェイリーラが王の話を遮った。
「なんだね」
「もし彼の話が本当なのでしたら、山を斬った罰として魔王の討伐を命じられてはいかがでしょうか」
この提案に周囲の騎士達はざわついた。アータル国王も目を丸くして唸っていた。
「もしベッサムが魔王を討伐したら我が国の名がたちまち広がり、多くの人達が訪れ金を落とし、経済が活性化する。あわよくば定住して国は安泰だ……うむ、いいだろう。ベッサム、行ってくれるな?」
「もちろんです。国王陛下」
国王の提案にベッサムはスクッと立ち上がった。そして、鼻息を出すような感覚で手枷を外した。
「では、行ってまいります」
「あ、ちょっと待ちなさい。武器や防具の支給を……」
アータル国王の話を聞かないままベッサムは全速力で玉座の間を出ていってしまった。フェイリーラは一礼して彼の後を追いかけた。
「……頼んだぞ。ベッサム」
国王はそう言って目を開けたまま居眠りしている王妃を優しく肩を叩いて起こした。