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第1話 Sランクパーティーから追放された元王国騎士団長

「お前は今日限りでパーティーを抜けてもらうぞ。ベッサム!」


 ヒョロ長で微妙なイケメンの金髪男ヒカートンは円卓を乱暴に叩いて睨みつけた。彼の目の前には自分の身長の倍ぐらいあるのではと錯覚するぐらい筋骨隆々(きんこりゅうりゅう)の大男が立っていた。彼がベッサムだ。


「……なぜだ?」


 ベッサムは心臓にズシンと響くような低音ボイスで尋ねた。片目に鋭利な物で斬られたような傷跡で睨む様は猛獣そのものだった。


 ヒカートンは彼の雰囲気に呑み込まれそうになったが、自分はSランクパーティのリーダーだぞと言い聞かせると「お前がいると目障りなんだよ!」と再びテーブルを叩いた。無論、そんな音ではベッサムは微動だにしなかった。


「なぜ?」

「おま、お前がいるせいで手柄が全部盗られるんだよ!!」


 ヒカートンはベッサムがパーティーに加わる前と後を熱く語った。以前はヒカートンの他に魔法使いと白魔術師の三人が彼らの功績を称えられたが、今はベッサム単体が祭り上げられて他三人は彼のサポートという不名誉を被られている状態だった。


「だが、報酬のほとんどをお前達に渡しているはずだ」

「そういう問題じゃねぇんだよ! 俺は……俺は……皆からチヤホヤされたいからここまで死ぬような思いをしてSランクまで成り上がったんた!

 お前がいなかった時は美味しい思いをしたぜ! 可愛い女の子からキャーキャー言われてさ。難易度の高い魔物の首を持ち帰ったら子供達からスゲーって言われてさ……。

 だけど今は! 今はお前がそれをぜーーーんぶ掻っ攫って行く! 冗談じゃないぜ!

 荷物持ちのくせに! そうだよ、お前はただ俺達の荷物を持っていただけで何もしてない!

 なのに……なのに……こんな理不尽なことがあるか?! えぇっ?!」


 ヒカートンの怒りは最高潮に達し、執拗にテーブルを叩いた。ベッサムは「落ち着け」と(なだ)めようとしたが、「どの立場から物言ってんだ、ごらぁ!」と火に油を注ぐ結果となった。


「とにかく! 今日限りでお前は追放だ!」

「分かった。世話になったな」


 ベッサムは騎士団に所属していた名残りである背筋を伸ばして敬礼すると、クルッと背を向けて行進した。


「二度とその面見せるんじゃねぇぞ!」


 ヒカートンは唾を吐くようにベッサムの背中に怒鳴ると、「ハッピバースデー俺!」と言って椅子を蹴っ飛ばした。



「ふぅ」


 ベッサムはギルドから出ると、軽く溜め息を吐いた。


(たった三日で追い出されてしまうとは……厄年かな)


 ベッサムは大きな肩を落としてノソノソと歩いた。彼はこれから自分はどうするべきかを考えた。


 顔はもうこの国中で知らない者はいないだろう。現に彼は通り過ぎる人達に挨拶を交わされるほどだった。しかし、今日の彼はうかない気分だったので、少し無愛想に返すだけだった。


「騒ぐな」


 すると、不意に脇腹に鋭利な棘が刺さるか刺さらないかぐらいの角度で向けられた。ベッサムは『俺としたことが。殺気を感じなかったとは……劣ったな』と自分の能力の衰えを嘆いた。


「路地裏に来い」


 背後からそう言われ、ベッサムは大人しく付いてくることにした。路地裏は妙に暗く、ゴミが散乱していた。その物陰からゾロゾロと輩が現れた。貧相な格好をしていたが武器は立派だった。


 すると、背後にいた者がベッサムから離れた。


「よぉ、ベッサム。この時を待っていたんだ」


 彼は振り向くと、そこには頬にミミズバレができた強面の男が立っていた。


「お前は誰だ?」

「忘れんじゃねぇ! ガッスルだ!」

「ガッスル? 知らないな」

「おま……Sランクパーティーで二番目の実力を持っている俺の名前を知らずしてよくギルドに所属できたな!」

「あぁ、まだ三日しか経っていないからな」


 ガッスルと名乗る男はベッサムに刃を向けた。


「『ギルドに所属している者に暴行などを行ってはいけない』という規則に縛られて手を出せなかったが……追い出された今ならいくらでも殺せる!」


 ベッサムの周りに輩達がジリジリと迫っていた。人数的には不利な状況だが、ベッサムは冷静だった。


「なぜ俺を恨む? お前が俺に何かしたか?」

「なんだと?! 忘れたのか?! 俺の妹と寝やがったことぉおおおおおお!!!」


 ガッスルが叫びながら突き刺そうとした。


「悪いが……人違いだ」


 ベッサムはヒラリとかわすと、みぞおちに一撃をぶつけた。


「こっ、がっ……」


 ガッスルは生まれたての子鹿みたいに両脚をガタガタ揺らしながら手からナイフを落とした。カランという虚しい金属音が響き渡ると、輩達の表情が曇っていくのが分かった。


「お前達、何をしている?!」


 すると、路地裏から空気を切るような鋭い声が聞こえてきた。ベッサムを含めた男達がその方を向くと、馬に乗った女騎士が彼らを睨んでいた。


 重厚そうな鎧に鉄製の義手と素手で手綱を引き、赤髪のポニーテールをなびかせながら悪党共を睨む様はまさに英雄だった。軽やかに馬から降りると、闇の中へ躊躇せずに進んでいった。


「やべっ! フェイリーラ騎士団長だ!」

「逃げろっ!!」


 輩達は無謀にも騎士団長の横から逃げようとしたが、当然素直に通してくれる訳もなかった。


「放電」


 フェイリーラはそう唱えると、義手から閃光がパチパチと(ほとばし)った。小さな稲妻は蛇の如く輩達に襲いかかり、全身を痺れさせた。ベッサム以外の輩が全員汚い地面に寝っ転がってしまった。


「……ベッサム団長!」


 フェイリーラはベッサムに気づくと、背筋を伸ばして敬礼した。ベッサムは「よせ。俺はもうそんな身分じゃない」と手を横に振った。


「団長!」

「フェイリーラ騎士団長! ご無事ですか!」


 すると、続々と他の騎士達も路地裏に入ってきた。彼らはベッサムに気づくと「ベッサム団長!」と言って敬礼した。


「お前らも止めろ。もう団長じゃない。それよりも早くこの悪党どもを何とかしろ」


 ベッサムは自然と騎士達に命令していた。彼らは「御意!」と再び背筋を伸ばした後、気絶している悪党達を回収していった。路地裏に残されたのはかつての騎士団長と現団長の二人だけになった。


「……お元気ですか?」


 フェイリーラは久しぶりに対面して緊張しているのか、辿々しい口調で話しかけた。それとは正反対にベッサムは変わらず「いつも通りだ」と返した。


「ギルドでのあなたの活躍聞いております。凶悪なドラゴンの首を切り落としたとか」

「周りが騒いでいるだけだ。実際に斬ったのはヒカートンだ」

「ご謙遜を。あなたの実力は存じております。副団長でしたから」


 ベッサムが言っている事は正しいのだが、フェイリーラは謙虚な態度を取っているだけだと思い込んでいた。


「フェイリーラこそ、立派に活躍しているじゃないか。その義手も使いこなしている」

「いえいえ、私なんか……あなたの功績に比べたらまだまだです」


 フェイリーラはそう言って(うつむ)いてしまった。かつてベッサムが騎士団長だった頃と今の自分を比較しているのだろう。ベッサムは瞬時に察した。


「お前は俺が育てた中で一番優秀だ。お前ならこの国を守れると思って託したんだ」

「ですが……もっとあなたの元で働きたかった」

「俺は時代遅れだ。いつまでもかつての栄光に(すが)るのは駄目なんだ」

「いいえっ! 何度も敵国や魔物の脅威に……」

「悪いが。帰らせてもらう。愛すべき妻が俺を待っている」


 ベッサムは無理やり話を終わらせると、敬礼する騎士達の間を通り抜けて行った。


「あなたでしたらいつでも歓迎です! ずっとお待ちしてます!」


 フェイリーラはそれとなく騎士団に戻るように誘ったが、ベッサムは背中で無言の拒否をして人混みへと消えていった。



 ベッサムの頭の中は愛しの妻の事しか考えていなかった。


(あぁ、愛しのチャラミーよ。待ってろ)


 ベッサムは今妻が何をしているのかを思い浮かばせた。チャラミーはいつも夫が帰宅すると黒髪のロングヘアをたなびかせ、S字型の身体とキュッとしまった尻を揺らして出迎えてくれる。愛の言葉を囁きながら食事や入浴を済ませ、その後は朝までランデブーするのだ。


 ベッサムは妻に逢いたくてたまらず、早歩きで向かった。彼にとっては歩いているつもりだが、常人から見たら全力疾走に等しいぐらいの速度だった。


 通常徒歩二十分ぐらいかかる道のりを五分以内に終わらせたベッサムは騎士団長だった身分とは思えない質素な佇まいの家のドアをノックした。


「チャラミー、俺だ。ベッサムだ」


 しかし、すぐに返事はしなかった。手が離せないのだろうと思って少し待つが開ける気配がなかった。もう一度ノックしても同じだった。


 何か嫌な予感がしたベッサムはドアをぶち破ると、家中のあちこちが荒らされている事に気づいた。


「チャラミー……チャラミー!」


 ベッサムは青ざめた顔で妻の捜索をしていると、テーブルの上に不自然に置かれた紙を見つけた。


 そこにはこう書かれていた。


『お前の妻をさらった。返して欲しければ金貨をたくさん用意しろ。魔王』

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