ヒロインを選ばなかった攻略対象 騎士の場合 後編
俺達が婚約したのは十二歳の時。
「ベンディック、婚約の申し込みがあった」
「はい」
「相手はデリンジャー家の二女、アーゴット様だ」
「はい」
「婚約の申し込みであって、決定した訳ではない。自身で見極めなさい」
「はい」
俺の婚約は決定したのではなく、最終的な決断は自身で見極めろという事。
そして、婚約者候補との対面当日。
デリンジャー伯爵と共に令嬢が現れる。
「アーゴット・デリンジャーと申します」
「俺は、ベンディック・エントレスと申します」
彼女の事は知っている。
何度か他家のお茶会で遭遇した事がある。
ガゼボで話すよう父から提案され。二人でいる。
「デリンジャー令嬢」
「私の事はアーゴットと、お呼びください」
「では、アーゴット嬢。本日、俺の事はベンディックで構わない」
「それは、本日だけですか?」
「あぁ。婚約となれば今後もベンディックで構わないが、婚約しない場合はエントレスで」
「私との婚約は、しないということでしょうか?」
「アーゴット嬢は俺との婚約にどれだけの覚悟がある?」
「私はベンディック様同様、伯爵家出身です。覚悟も何も、伯爵夫人として相応しいのは私です」
「アーゴット嬢は分かっていない」
「何をでしょうか?」
「エントレス家はただの伯爵家ではなく、長年王家に忠誠を誓った伯爵家。王族の指示が有れば、どんな命令にも従わなければならない。捜査の為に愛人を作れ、妻を差し出せと命令されれば俺は従うつもりだ。アーゴット嬢にその覚悟はあるか?」
「えっ……覚悟は……」
「なければ、俺との婚約はするべきではない。それに、普段から不仲を演じてもらうことになる」
「普段から……不仲ですか?」
「国への謀反や他国との繋がりなど調査する際、夫婦仲が良好より冷え切った関係の方が相手も油断し情報を得られやすい。その為には普段から不仲を演じてもらうことになる。お茶会や社交界、周囲に俺達が不仲であるのを指摘されたとしても、決して『演じている』なんて口外されては困る。今日話したことも、この後口外しないと誓約書にサインしてもらう。デリンジャー伯爵は今頃、父に説明を受けサインしているに違いない。それだけ、王家の騎士を任されている我が家には制約が多い。同じ伯爵家でもデリンジャー家で得られていた幸せと同等の幸せがエントレス家に嫁いで得られる事は無いだろう。断言しておくと令嬢達が望むような幸せを、俺はアーゴット嬢に与えることは出来ない。エントレス家である俺との婚約を考えるのであれば、それら覚悟の上で婚約してもらう」
「わ……私……は……」
「今この場で答えを出す必要はない。デリンジャー伯爵とも相談した方が良いだろう。それに婚約の申し込みを撤回する事は令嬢の傷にならない。心配のようなら、俺に不満があったと話してもらって構わない」
「……いえ……ベンディック様にそんな事は……」
俺はエントレス伯爵家を継ぐ為、幼い頃から聞かされていた話だ。
それを婚約を申し込みに来た令嬢に、今すぐ心構えしてほしいというのは難しいだろう。
令嬢の気持ちは分からないが、漠然と望むものは分かる。
ドレスや宝石、爵位、羨望の眼差し。
俺が与えられるものといえば、爵位のみ。
それなら、他の者と婚約を考えるべきだ。
「……気分転換に、庭を散歩しますか」
「……はい」
庭は母の自慢だ。
両親も人目のある所では不仲を演じている。
屋敷では親しく振る舞ったりはしないが、仲が悪い訳ではない。
どの貴族もそういう者と思っていたが、成長するにつれ我が家が特殊と知った。
それからは、どうしてそこまで国の為に犠牲にしなければならないのか俺にはまだ理解できない。
それでも、我が家はそういうものだと納得するしかなかった。
突然そんな話を聞かされたアーゴット嬢は困惑している。
今回の婚約は無かったことになるだろう。
「そろそろ、戻りますか? デリンジャー伯爵も心配しているでしょう」
「……ぁのっ」
「なんでしょう?」
「……わ……私は、ベンディック様との婚約を望みます」
「アーゴット嬢、急いで決断する必要はない」
「ベンディック様と婚約する為に伺いました。これは父の意志でなく、私の意志です」
「俺との婚約はアーゴット嬢を苦しめるだけですよ?」
「構いません、私はベンディック様との婚約を望みます」
「分かりました」
俺達は父に婚約することを報告。
すぐに正式に婚約者となった。
学園に入学して、しばらくたって俺はアーゴット嬢に会いに行った。
「アーゴット嬢に話がある」
「なんでしょう?」
「最近、王子や高位貴族の周辺を嗅ぎまわる不審な平民の女性がいる」
「不審な、平民の女性……もしかして、イリーナ様と言う方でしょうか?」
「あぁ。王子の行く先々に彼女が現れるそうだ。偶然の可能性もあるが情報が流れているのではないかと、探りを入れる事になった」
「……そうなんですね」
「それで、アーゴット嬢にも接近する可能性があるので不審に思われない程度に対応し、できれば報告してほしい」
「畏まりました」
これが俺達の関係。
恋愛感情はないが、アーゴット嬢ほど信頼できる令嬢はいない。
令嬢が婚約者になってくれて感謝している。
その後。
「イリーナだが、王宮の者や他貴族、隣国の者と繋がっている様子はなかった」
受け取ったハンカチにも何の細工もない事が判明。
高位貴族令息に近付いたのも、婚約目当てではないかと結論付けた。
「そうでしたか」
「今後、あの者と二人きりなることはないだろう」
「はい」
「……それで……今度、騎士の試験を受けようと思う」
「そうなんですね」
「……そこで……その……迷惑でなければ……」
「何でしょう?」
「ハンカチを……頂けないだろうか?」
「……私のですか?」
「あぁ。アーゴット嬢からのハンカチを……その……お守りに……」
「はい、準備しておきます」
「ありがとう。必ず、試験に合格して見せる」
「応援しています」
「……レス……にあ…………た」
「もう一度、いいでしょうか?」
「ドレス……よく似合っていた」
「ドレス?」
「……その……贈ったドレス……似合っていた」
「あぁ、素敵なドレスを贈って頂きありがとうございました」
「卒業パーティーでは、エスコートもダンスも出来ずすまなかった……」
「いえ、覚悟の上ですから」
「……アーゴット嬢に頼みがあるのだが……」
「なんでしょう?」
「……今後、誰とも踊らないでくれないか?」
「え?」
「器の小さな男と思うかもしれないが、アーゴット嬢に触れた相手を掴みかかりそうになった……」
「まさか……ベンディック様が?」
「俺も知らなかったが、アーゴット嬢が他の男と親しくしている姿を見ると冷静でいられなくなるなんて……」
「……そうなんですね……分かりました。私は今後ベンディック様以外の男性とダンスをしない事を誓います」
「ありがとう……」