ヒロインを選ばなかった攻略対象 騎士の場合 前編
王子護衛騎士、伯爵令息ベンディック・エントレス。
婚約者、伯爵令嬢アーゴット・デリンジャー。
俺達は十二歳の時に婚約。
関係は……
「ベンディック様ぁ」
最近訓練場を頻繁に訪れる女性、イリーナ。
「……イリーナ嬢」
「今日も、婚約者の方はいらっしゃらないのですねっ」
「来る必要はないからな」
婚約者は一度も訓練場を訪れる事は無い。
「そんな事言わないでください。二人は婚約者なんですから、仲良くしないとぉ」
「婚約者だからと言って、親しくする必要はない」
王族に仕える者として自負している。
第一優先は王族。
「……そんな結婚で、本当にいいんですか?」
「あぁ」
「お互いの意向であれば婚約を解消してもいいんじゃないの? 親に縛られることは無いよ?」
「……君が心配する事ではない」
「心配だよ。私ベンディック様の事、大切だもん」
イリーナはベンディックの手を両手で握りしめ潤んだ瞳で見つめる。
最近周囲が俺達の関係を噂している。
俺がどんな噂に振り回されようと婚約者が俺のところを訪れる事は無い。
俺達はそういう関係だ。
「……最近、ヴィンチェンゾとも親しいみたいだな」
「ヴィンチェンゾ様ですか? はい。生徒会のお仕事をお手伝いするなかで親しくなりました」
「……ヴィンチェンゾ様……か」
王子と親しいと思っていたが、婚約者にも許していない名前を呼ぶことを平民に許す程の仲……
「ンフフ。心配しないでください。私達はただの友人ですから」
「アルパネーゼ侯爵令息とも友人なのか?」
「フロリネル様と知り合いなの? 彼も婚約者との関係で悩んでいるみたいで、相談に乗っていただけですよ」
「相談……か……」
「もう、ベンディック様ぁ。心配しないで。私の一番はベンディック様ですよ」
「俺は訓練に戻る。イリーナ嬢も早く戻れ」
「はい」
卒業間近。
「卒業式も、もうすぐですね」
「あぁ」
「ベンディック様は当日婚約者と入場するの?」
「いや、俺はヴィンチェンゾの傍に控えている」
「なら、ダンスも出来ないの?」
「数曲は余裕がある」
「それは……婚約者とするの?」
「まぁ、婚約者としての義務を果たさないといけないからな」
「義務……そんなに辛いなら婚約解消すればいいのに」
「貴族の婚約は簡単に解消出来るものではない」
「そうかな?」
「平民の君が口出す事ではない」
「酷い。私はベンディック様を心配しているだけなのに……もう知らないっ」
イリーナは走り去る。
卒業間近。
「アーゴット様、もうベンディック様を解放して」
イリーナはベンディックの婚約者アーゴットを大声で呼び止める。
「……貴方は……」
「イリーナです。ベンディック様の友人の」
「友人が私達の婚約に口を挟まないでいただけるかしら?」
「ベンディック様が苦しんでいるの、見過ごせません」
「だからと言って、貴方に出来ることは何もないわ」
「私は、ベンディック様だけでなくアーゴット様も幸せになってほしいんです」
「この婚約が不幸だなんて勝手に決めつけないで」
「愛のない婚約は幸せになれないわ」
「貴方の価値観を押し付けないで」
「どうしてわかってくれないんですか? 私はアーゴット様の為に言っているのに……」
廊下での言い争いは、その日のうちに広まった。
「イリーナ、話がある」
「ベンディック様」
「今後、アーゴット嬢に関わらないでくれ」
「どうして、二人とも婚約に不満があるんでしょ?」
「君には関係ない」
「どうしてそんな冷たいこと言うの?」
ベンディックはその後、イリーナとの関係を一切断った。