第六章 オカン、出発する
帝都出発前夜。
手入れの終えた剣を振って、具合を確かめるバーナード。
「問題はないな」
既に鎧と盾の手入れは終えている。
剣を鞘に納め、机の上に置く。
これまでの魔族との戦いは護りの戦い。攻め込んできた魔王軍から民を護るために戦ってきた。
今度の戦いは攻めの戦い。魔族に占領された街を取り戻すための戦いである。
オカンの強さは目の当たりにしたからと言っても、一人しかいない。一強の状態で騎士団がどこまで戦えるのだろうか。
オカンの足手まといだけにはなってはいけない。
不安が鎌首をもたげ、心中に絡みつく。
出発は明日、少しでも休息したいので早く寝たいのにどうしても寝付けない。
こんこん、玄関のドアがノックされた。こんな時間に誰だろうとドアを開けると、フードで顔を隠した女性が立っていた。
フードで顔を隠していても、バーナードには彼女が誰なのか解った。
「皇女殿下」
フードを取る。玄関に立っていたのは紛れもなく、ラティストアン帝国皇女のシンシア。皇女が護衛を着けずに一人で尋ねてきたのだ。
「今夜は皇女ではなく、シンシアとして来ました。シンシアと呼んでください、バーナード」
少しだけ迷いはあったが、
「どうぞ、シンシア」
シンシアを家に招き入れた。
ミルクティーを淹れ、シンシアに渡す。
「ありがとう、バーナード」
椅子に座り、両手でカップを持って一口。
「あなたの淹れてくれるミルクティーはいつも暖かくて美味しい、心までポカポカしてくるわ」
シンシアの前に椅子を置き、バーナードは座った。
「昔は二人で、よく遊んだわね」
「ええ」
年の近かったシンシアとバーナードは幼い頃、よく野山を駆け巡って遊んだ。二人の懐かしくて楽しい思い出。
二人の間に流れる、静かな時間。
「あの頃はお互いの身分の差なんか知らなかった。私とバーナードの間には壁など、無かった」
今は知ってしまったお互いの身分の差。シンシアは皇女、バーナードは騎士団長とは言え、平民出身。
騎士団長になった時、皇帝からキャボットの姓を授けられた。
知ってしまったからには知らなかったことには出来ない。でも今夜だけは特別。
「バーナード、約束してください、またこうやって私とミルクティーを飲みながら話をすると」
微笑むシンシア。その笑顔は皇女の笑顔ではない、昔遊んだ頃の笑顔。
シンシアの笑顔が心中に絡みついていた不安を消し去ってくれた。
「はい、とびっきりのミルクティーを淹れます」
椅子から立ち上がり、誓いを立てる。騎士団長ではなく、昔遊んだ頃のバーナードとして。
シンシアが帰った後、バーナードはしっかりと眠れた。翌朝、目覚めた頃には不安も疲れも取れていた。
早朝、西の門に集まったオカンと真輔とバーナードと騎士団。騎士団の中にはあまり眠れずに欠伸をしている者の姿も。何の緊張も不安も抱かないオカンは熟睡、真輔も釣られて熟睡できた。
シンシアが護衛たちを引き連れて現れた。たちまち、バーナードと騎士たちが姿勢を正す、眠れなかった者も欠伸を吹っ飛ばす。
真輔が姿勢を正したのでオカンも遅れて姿勢を正した。
「よくぞ、集まってくれました、英雄たちよ」
昨夜の様子など微塵も感じさせない。今ここにいるシンシアは皇女として立っている。
「これから過酷な戦いへと赴く、あなたたちに私が出来ることは祈ることだけ」
シンシアは皇女であり、巫女でもある。実際、彼女の祈りでオカンと真輔は召喚された。
「皇女殿下の祈りは我々に千の勇気と力を与えてくれます」
バーナードは騎士団長として、ここにいる。昨夜のことなど、誰にも気取らせない二人。
シンシアと護衛たち見送られ、オカンと騎士団は西門から出発。今回、オカンと真輔には馬車が用意されている。
「わりと座り心地、ええやん」
「確かに座り心地はいい」
上等な馬車を戦場用に補強していても、ちゃんと乗り心地も考慮されている。
テーブルの上の皿には山盛りになっているのはポテトチップス。これはニックがオカンに教わって作ったもの。味はうすしお。
「うん、よく出来てる」
一枚食べた真輔。初めて作ったにしては上出来。
「コンソメやのり塩や関西だししょうゆ味も食いたいな」
そんなこと言いながらも、パリパリ音を立ててポテトチップスを食べるオカン。
用意された飲み物はこれから戦いに行くのにお酒はやばいので、アルコールの入っていないぶどうジュース。
コンソメものり塩も関西だししょうゆ味、美味しいよね。