第二章 オカンのサンドイッチ
ナンピヘ村防衛戦後。
バーナードは焦っていた。ナンピヘ村に魔王軍が向かっているとの知らせを受け、騎士団が出発することになったのだが、斥候の報告で予想以上に魔王軍の侵攻が早く、このままでは間に合わない。
走る騎馬隊の数は四百で手練れぞろい、これなら魔王法軍に劣らないだろう。
思い浮かぶ最悪の事態、破壊され蹂躙されたナンピヘ村の姿。先に侵攻の受けたクロゴネンドとドドラームでは生存者は一人もいなかった。
「頼む、無事でいてくれ」
何度も何度も願い続けながら馬を走らせる。
ナンピヘ村に到着したバーナードは呆然となってしまった。予想以上に早かった魔王軍の侵攻、最悪の事態もありえたはず。なのにナンピヘ村に願い通りに無事。魔王軍侵攻の情報そのものが虚偽だったのではと疑いを持ってしまう程にほのぼのした風景。
村の中にはゴブリンがいる。好戦的なゴブリンはよく魔王軍に駆り出され、バーナードは騎士団として何度も戦った。
魔王の軍侵攻でもない限り、人里にゴブリンが来ることはまずない。
だが、確かにゴブリンたちは村におり、それどころか村人たちと一緒になって農作業をしているではないか。
一体、これは何なんだ? 一体、何が起こっているというのか? 理解が追いつかない。
それはバーナードだけではなく、騎士団全員が同じ思い。
単純に考えればナンピヘ村が魔王軍に侵略されたなのだが、それにしては村人が蹂躙されていないのがおかしい。ナンピヘ村が魔王軍に寝返ったとしてもゴブリンの姿はあれども悪魔族の姿がない。魔王軍の中心は悪魔族なのに。
そもそも、村人とゴブリンは和気藹々として後ろ暗さは微塵も感じさせない。
「バーナード団長、向こうに悪魔族が二十体倒れております。どうやら全滅の様で……」
付近を調べていた騎士からの報告。本人も信じられないのか歯切れが悪い。
「何だと」
にわかには信じられない。報告が意味することはナンピヘ村だけで魔王軍を打ち破ったと言う事。
ナンピヘ村の戦力は魔王軍に滅ぼされたクロゴネンドやドドラームにはるかに劣るもの。どう考えてもナンピヘ村が魔王軍に勝てることなどあり得るはずがない。
「騎士団の方でしょうか」
騎士団に気が付いた村長がバーナードに話しかけてきた。
「いかにも私はラティストアン帝国騎士団団長、バーナード・キャボット」
馬上より、名乗る。
「私はナンピヘ村の村長でございます」
ぺこりと頭を下げる。
「魔王軍が侵攻してきたようだが、一体、何が立ったのだ」
ナンピヘ村の様子は普通ではない。
「それがですね」
村長は何があったか話し出す。
「その話、本当なのか?」
それが話を聞き終えたバーナードの第一声。
「真でございます」
村長もそれしか言えない。直接村長も見ていなければ、疑ったであろう。
「そのオカンと言うのは、本当に人間なのか?」
「人間でございましょう、……多分」
ひどい言われ方だが、それほどの凄まじさであった。
「悪魔族を全滅させた後、共に戦ったからでしょうか、お互いに親近感が沸き、あのようなことになっております」
村人とゴブリンが仲良く日常生活を送っている。ゴブリンであることを除けば、平穏な村そのものの光景。
信じがたい話だが、ナンピヘ村を見れば村長の話に嘘はないと知らしめてくる。
「で、そのオカンと言うのは何処にいるのだ」
「あちらでございます」
オカンのいる場所を指し示す。
『もしや、あの者が皇女殿下の言ったおられた召喚された勇者なのか……』
この世界の者では魔王には勝てない。だからこそ、シンシアは別の世界から魔王を倒す勇者を召喚した。
ラティストアン帝国騎士団団長、バーナードの目から見てもオカンは勇者と言う風体ではない。またヒョウ柄の服など、初めて見るデザイン、似合っているかいないかは別にして。
しかし、オカンが魔王軍のリーダを一撃で仕留めたのも事実。
ならば話してみよう、馬から降りバーナードはオカンの所へ向かう。
「オカン特性の卵サンドや、どうぞお上がり」
オカンは手作りの卵サンドを村人たちに配る。
卵サンドと言ってもパンに挟んであるのは潰したゆで卵ではなく、卵焼き。
「これは美味しいじゃないか」
「卵がふんわり」
「こんな料理があったなんて」
「これ、うちの村の名物にならないかしら」
老若男女問わず卵サンドを賛美。
「調味料が不足しているから、本来の味が出されへんかった」
自分自身で味見。ナンピヘ村で手に入ったのは塩と胡椒だけ、それでも美味しいと言える味は出せてはいる。
「少しいいでしょうか」
バーナードはオカンに声をかけた。
「あんたも卵サンド食べたいんか、男前な兄ちゃん」
愛想ではなく、バーナードは本当に男前である。
「私はラティストアン帝国騎士団団長、バーナード・キャボットです」
丁寧な挨拶。
「ウチはオカンや」
簡潔な挨拶。
「不躾な質問ですが、オカン殿はいずこから参られたでしょう」
「そんなもん、大阪に決まっとるやないか。ウチは生まれも育ちも大阪や」
質問の答えを聞いたバーナードは確信した。この方が皇女殿下の召喚した勇者だと。見た目がどうであれ、この世界のどこにも大阪と言う地名は存在しない。
ならば答えはオカンは別の世界から召喚されたと言う事、姫様の祈りによって。
『まさか、このような辺境の村に召喚されているとは。この村に私が派遣されたのも、何かの導きかもしれぬ』
バーナードは傅き、
「よくぞ、この世界に参られました勇者様」
礼を述べる。
「勇者? ウチ、あんなに頭の毛、ツンツン尖ってへんで」
言葉の意味が解らないバーナード。どうやら、オカンは事情を把握していない様子。そこで詳しく事情を説明しようとしたところ、
「オカン、この世界でもマヨネーズは作れるんじゃないかな」
真輔がやってきた。基本、マヨネーズは卵の黄身と酢と塩と植物油があれば作れる。
真輔を見たバーナードは慌てて立ち上がるなり、駆け寄った。
「皇女殿下、どうしてここへ。城にいたのではないのですか」
そんなこと言われても、真輔は戸惑うのみ。
「ちょっと待ってよ、僕は男だ、皇女殿下ではない」
びしっと言うと、バーナードはじっくり真輔を観察。
「確かに男子であられる。それによく見れば、いろいろと皇女殿下とは違う」
間違いと解れば、
「すいません、大変失礼なことを」
しっかり、頭を下げて謝る。
「真輔と間違うなんて、さぞかしウチに似て別嬪なんやろな」
本気なのか冗談なのか、真輔にも解らない。
「さっき、この人がオカンに傅いていたけど、なんかやったの?」
「それがな」
先ほどのバーナードとの話した内容をを身振り手振り交じりで語って聞かせた。
「ウチ、あんな風に頭の毛はツンツン尖ってへんやろ」
「何も頭の毛が尖っているのだけが勇者じゃないよ、他にもいろんなタイプの勇者がいる」
「そうなん」
二人のやり取りを見ていると親子だと言う事はバーナードにも解った、外見は似ていないが……。
「よろしいでしょうか」
二人のやり取りが終わったところを見計らってバーナードは話しかけた。
「お二人にはラティストアン帝国に来ていただき、皇帝陛下と皇女殿下に会っていただきたい」
礼儀正しくお願い。その態度から彼の誠実さと真剣さが伝わって来る。
「うん、解った。行ったろうやないか」
「本当な良いんですか」
あんまりにも早い返事に、つい聞き返してしまう。
「ほんまや」
困っている人を見捨てられないのが義理と人情のオカン。それは息子の真輔も同じ。
「ありがとうございます」
本心からの感謝。
「行ってしまわれるのですね」
村長が話しかけてきた。傍らにはベティ。
「せやな、ウチを必要としているみたいやし」
「解りました」
村長もベティも止めることはしなかった。ナンピヘ村はオカンに救われた、今度は別の場所を救いに行くのを止めることは出来ない。
「ではこれをお持ちください、我々の精一杯のお礼の品です」
村長の合図で村人たちが持ってきたのは豹の毛皮で作ったコート。
「これは弩豹の毛皮で作りました。弩豹の毛皮は防寒だけではなく、防御力も高いのです」
村人たちがお礼を込めて作った弩豹の毛皮のコート。思いを込めた分、すごく良い出来栄え。
「これはおおきに。早速、着させてもらうわ」
弩豹の毛皮のコートを着るオカン。
「これは温かいし、着心地いいやん」
どうやら、気に入った様子。
「本当に豹、着ちゃったよ」
ぽっそり、呟く真輔。
東と西のどっちの卵サンドも美味しいよね。