第二章 異世界の辺境で雄叫びを上げるオカン
辺境に侵攻してきた魔王軍。
「予想以上に魔王軍の侵攻が早かったか」
望遠鏡片手に見張り台に立つ青年。望遠鏡はナンピヘ村に向かっている魔王軍を捉えていた。
「本当に魔王軍が来ているのか?」
見張り台の下に来た村長、村人たちも集まってきている。勘違いであってくれと一部の望みを抱きながら。
「本当です、先陣はゴブリン三百体、悪魔族の騎馬隊二十!」
勘違いではなかった……。ゴブリン三百体、悪魔族の騎馬隊二十、村人たちににとつて絶望的な数字、とてもじゃないがナンピヘ村に戦力では太刀打ちできない。
「なんや随分と顔色の悪い連中やな、ちゃんとご飯食べとんのか?」
村長に着いてきたオカンは掌を額に当てて、迫りくる魔王軍を見ている。本来は望遠鏡でしか真面に確認ではないのに、オカンアイなら普通に見える。
ゴブリンは緑色の体色、悪魔族の肌の色は青。顔色の悪いと言えば悪いかも。
固い木を削って作った棍棒で武装しているゴブリン。悪魔族は馬に乗り、革の鎧を纏っている。
「あれはゴブリンと悪魔だよ。見張りの人も言っているじゃないか」
ゴブリンと悪魔の登場、いよいよ異世界感が増してくる。
「部外者である、あなたたちを巻き込むわけにはいきません。ここは私どもが食い止めるので、あなたたちは逃げてくだされ」
村長の決意、それは村人全員の総意。既に武器を装備している者もいるが、見るからに上質な品ではない。
「ウチと真輔が村から出て行ったら、あんたらはどうなんねん?」
村長は答えにくそうにしていたが、答えなくてはならない状況。
「……全滅、するでしょうな」
辛そうな村長。村人たちも武器を持ちながらも下を向いている。魔王軍相手ではナンピヘ村に勝ち目はない。だから帝都へ騎士団の派遣を頼んだのだ。
「そうか」
オカンはそう呟くと、少し――考えはしない、オカンには考える必要ないのである。
「浪速もんはな、困っている人を置き去りにして逃げるような薄情もんやないんや」
と言うが早いか、オカンは駆け出す。誰にも止める間など無い勢いで。
一人VS軍。数の差は圧倒的、ナンピヘ村の住人は最悪の事態を想像した。
「オラオラオラオラオラオラッウララララララララララララララララララララララララララララララ」
オカンは雄叫びを上げながら、魔王軍に向かっていく。
ゴブリンは好戦的な種族である。だからこそ、魔王軍の戦争には駆り出されたのだ。
そんなゴブリンたちが雄叫びを上げながら、突進してくるオカンを見て怯えた。本能そのものか恐怖に震えた、生物としての本能で。
“アレ”は敵に回してはいけない存在。一斉にゴブリンたちは左右に別れ、オカンに道を開け放つ。
怯えたのはゴブリンたちだけではない。馬も怯えて暴れ乗っていた悪魔族を振り落とし、脱兎のごとく逃げて行く。
振り落とされた魔王軍の中に金属製の鎧を着ている悪魔が一人。革鎧の中、たった一人だけ金属鎧だったので目立っていた。それ故にいの一番にオカンの標的になった。
「オラッ」
強烈なオカン踵落としが脳天に炸裂。金属鎧の悪魔の頭は陥没、そのまま倒れる。
オカンの知らないことだったが、金属鎧の悪魔は魔王軍のリーダであった。最初の一撃でリーダを仕留めたのだ。
リーダを失った魔王軍は総崩れ状態に陥る。しかも、リーダを仕留めたのが得体のしれない相手だったので尚更。
ゴブリンたちは即座に決断した、どっちに着けば生き延びれるのかを。
落馬のダメージと総崩れ状態で碌に動けない悪魔族に襲い掛かる。
あまりにもあまりな状況に呆然としていた村人たちも、ゴブリンたちの行動で事態を把握できた。
これはチャンス、千載一遇のチャンスである。武器を手に取り、悪魔族に立ち向かう。
村に残っている真輔が一言。
「バーゲンセールの時のオカンの方が凄かったな」
勝敗の結果は魔王軍の壊滅、生き残ったのは寝返ったゴブリンたちだけ。
日が沈むころにはナンピヘ村ではお祭り騒ぎ、本来は勝てる見込みのない魔王軍に勝てたのだ、それも犠牲者は0、大金星と言っても差し障りは無い。
勝因は間違いなく、オカン。ナンピヘ村にオカンが来たことが、最大級の幸運。
したがってお祭り騒ぎの中心はオカン。
オカンは雨の御堂筋を熱唱、わりと上手。意味の解らない日本語の歌でも、村人たちはノリノリではやし立てた。
「僕はアイドルでも歌おうかな」
今宵は真輔もノリが良し。
ゴブリンでも怖いものは怖い。