第二十章 オカンの居ないところで
今回もオカンの出番はありません。
ラティストアン帝国の片田舎にある町の酒場で元大臣のチャドは飲んだくれていた。二万人の魔王軍が帝都侵攻してきたと聞き、一人で逃げ出した、家族も置き去りにして。
「儂の行動の何が悪い。帝国への裏切り? それがどうした! 魔王軍二万人相手では帝国は勝ち目はないだろ、帝都は蹂躙される。だから、儂は逃げたんだっ!」
一人で愚痴る。死になくない一心で逃げた、生き残るための行動。
帝都は蹂躙され、ラティストアン帝国は滅びるとチャドは考えていた。ところが勝利したの帝国。オカンと真輔とバーナード率いる騎士団は十倍の戦力のある魔王軍を打ち破ったのだ。それも死者数ゼロで。
これでよそ者と平民が英雄となり、貴族で大臣であったチャドが裏切り者になってしまった。
裏切り者となったからには、おめおめと帝都には戻れない。戻れば拘束され、その後の行き先は監獄。処刑にされてもおかしくはない。平民にリンチされる可能性さえある。
見下していた平民にリンチされることはチャドにとつては屈辱以外の何物でもない。
それだけの罪を起こしたのにチャドには反省の意思は無し。
グラスの酒を飲み干し、ボトルから酒を注ぐ。
持ち出した金もいつかは尽きる、それでも飲まずにはいられない。
「席、よろしいでしょうか」
いいよと許可を貰う前に向かいの席にフードと仮面で顔を隠した男が座る。
「お前は誰なんだ?」
帝都からの追手ではないことは解る。追手ならば問答無用で捕まえるはず。知り合いでもない、知り合いなら、顔を隠す必要がない。
「私はこういう者です」
ローブの男は一瞬だけ、仮面を外した。
「!」
ギョッとするチャド、フードの男の肌は青かった。その肌を持つのは……。
「……魔族なのか」
恐る恐る聞く。
「いかにも」
殺す気はない様子。殺すつもりなら、話しかけたりはしてこない。
「儂に何の用だ」
緊張しながら聞く、グラスを握る手が震えている。
「私は人間との和平を望んでいるのです」
予想外の答えに?な顔になるチャド。
「魔族と人間が和平を結べばこれ以上の争いは無くなり、死傷者は出なくなります。双方に平和がもたらされるのですよ。あなたには人間側の橋渡し役になってもらいたいと考えています」
人間と魔族の和平の橋渡し役を成功させればチャドの裏切り行為は帳消しになる、何せ人間たちと魔族と争わなくてもよくしたのだから。逃げたのではなく、魔族と交渉しに向かったと言い訳も出来る。
これはチャドにしてみればビックチャンスな話。
「ですが、我々にとって邪魔者がいるのですよ、その邪魔者がいる限り、和平は不可能」
「その邪魔者とは?」
「オカン」
率直に答える。
「あのオカンが」
「はい」
オカンが現れてから、魔族は人間に一気に押され出した。今も人間側にも勢いを与え続けている。
人間と魔族のパワーバランスを崩したのは間違いなくオカン。確かに魔族側にしてみれは邪魔な存在。
コトンとフードの男は机の上に小瓶を置いた。いかにも怪しい小瓶。
「この薬をオカンに飲ませてもらいたい。私では王都には入らないので」
帝都最大の防衛力である結界があるために魔族は入ってこれない、普通ならば……。
「この薬は体内に入れば検出されることも無く、自然死にしか見えないのです。したがって、あなたが疑われることは一切ありません」
チャドの酔いが覚めていく。
「オカン、一人を殺すだけで魔族と人間との和平が成り立ち、それを成し遂げたあなたは英雄になれるのです」
チャドにしてみてもオカンは邪魔者で大嫌いな人物。オカンが帝国に来てから、何もかもうまく行かなくなった。あのよそ者さえ来なければ、ここまで落ちぶれることは無かったはず。
ならば、オカンに責任を取らせる必要があるのでは……。
帝都にはチャドと関係の深い貴族がいる。彼らもよそ者や平民に大きな顔をされることを快く思っていない。
彼らの手を借りれば帝都に潜入することはできるし、計画にも協力もしてくれるだろう。
オカンを殺すだけでチャドは裏切り者から英雄になれるのだ。貴族の地位が取り戻せる。英雄になったんだから、貴族以上の地位になれるかも。
身勝手で都合のいい考えがチャドの中で流れていく。
チャドの答えは決まった。机の上の小瓶を手に取る。
そんなチャドの姿を仮面の下でフードの男があざ笑っていることには気が付かず。
帝都に向かおうと町を出るチャドの跡を着けるフードの男。目線の先にあるのはチャドの影。
次回は帝都の祭りの本番。




