第101話 EP12-13 ラストチャンス
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この世界の隣には、『狭間』と呼ばれる世界がある。
狭間には、『狭魔』と呼ばれるモンスターが出る。
狭魔を倒す、『魔狩』と呼ばれる人間がいる。
◇
「必! 殺!」
全身ボロボロの皐月が、大金鎚を振りかぶる。
桃花が闇色の大剣を振りあげ、駆け込む。
「決めるわよ!」
この二人で、ネジレ様を挟撃する形に成った。これが、ラストチャンスだ。
オレには一つだけ、まだ奥の手がある。
奥の手といっても、大層なものじゃない。大きな効果もありはしない。
ほんの一瞬、ほんの僅かに、ネジレ様の気を惹けるだろう程度の、ちょっとしたものだ。
できれば、使いたくなかった。微々たる効果に、リスクばかりが大きいから。オレの今後に大きな影を落とす可能性を、否定できないから。
だけど、人の命には代えられない。必死の皆を目の前にして、オレだけ臆病風に吹かれるわけにはいかない。
オレは、遠見 勇斗。十四歳の中学生で、冴えないメガネ男子である。腰に廉価品の長剣をさげる、これでも一応、駆け出しの魔狩である。
◇
ネジレ様の雰囲気が変わった。どこか楽しんでる風から、真顔になった。
ネジレ様の、螺旋の凹凸のある人の顔みたいな部位に、目も鼻も口も耳もありはしない。楽しんでるも真顔もない。でも、なぜだか、そんな気がした。
ここか!?
奥の手の使いどころに迷う。
「! ! !」
ネジレ様から、ドリルみたいに捩れた突起が無数に生えた。空間を埋め尽くして、無数に、本当に数えきれないほどに、無数に伸びた。
駆け込む桃花が呆気なく、突起の洪水に呑み込まれて、見えなくなる。
皐月は、真っ正面から堂々とセクシーな肢体で受け、突起の洪水を掻き分けて前のめる。
前はいい。見える攻撃なら、皐月は戦闘センスで対処できる。
問題は、迂回して皐月の背中を狙う突起群だ。見えない攻撃の対処は、最強でも難しい。
「この身も! ネジレ様の思い描いた思惑の一要素とおっしゃるのなら!」
皐月の背後に、背中合わせに、教主が立った。皐月の背を守り、『光輝十字剣』を両手で逆手に握り、地に突き立てた。
「ちっぽけな命の最後の一滴まで! 己の意思で輝かせてみせましょう!」
教主にしては漲った声で、光のオーラの大盾が形を成した。
押し寄せる白い突起の洪水を、光の大盾が左右に割る。
「ディメンション!」
背の守りを得た皐月が、残った全力で大金鎚を振りおろした。
「!!!!!」
ネジレ様も堂々と真っ正面で、交差させた両腕で、ハンマーヘッドを受けとめた。
◇
押し潰そうとする皐月と、押し返そうとするネジレ様の勝負は、ダメだ、勝負にならない。
皐月の全身が小刻みに震える。冷や汗を流し、息を荒く乱す。渾身の力を込めてるんじゃなくて、体の限界で倒れそうなのを堪えてる。
「!!」
察したネジレ様が真顔のまま、ドリルの片腕を振りかぶる。最早、片腕だけで十分に、ハンマーヘッドを押しとどめる。
確かに、あのドリルで皐月を突けば、決着がつくだろう。
ここだ!
「おい! 真っ白ネジレ野郎!」
オレは、こっちの世界から狭間に向けて、悪口全開で叫んだ。
これが! これこそが! オレの奥の手だ!
オレの声が狭間に聞こえるわけじゃない。でも、狭間が見えるオレに狭間の音が聞こえるように、こっちの世界が見える狭魔にはオレの声が聞こえるはずだ。
こっちの世界と狭間とのコミュニケーション。狭間に人間を引き込むよりも制限の遥かに緩い、ネジレ様が求めていただろうものの一つ。
そいつをチラつかせれば、ネジレ様は必ず興味を示す。
「!? ?! !!」
ネジレ様が、オレの方を横目に見て、笑った。目も口もないけど、横目に見て笑った気がした。
怖い! やっちまった!
たぶん、今、ネジレ様の意識のほとんどは、最後の力を振り絞る皐月に集中してる。残りの意識の大半で、光の大盾を展開する教主の底力に驚いてる。
それでも残った僅かの意識を、この瞬間に、オレに向けたとしたら。
「!!!」
ネジレ様が、オレの方を横目に見たまま、皐月へとドリルの片腕を突き出す。
ネジレ様の背後の突起の洪水を掻き分けて、桃花が飛び出した。
桃花は闇色の大剣を、音もなく振りおろす。
ネジレ様は、桃花に気付いていたとばかりに、皐月に向けていたドリルの片腕を背後へと横振りした。
ギィィンッ、と甲高い音で、桃花の華奢な手から『闇撫』が弾き飛ばされた。桃花の頬を掠って、白い突起の洪水に呑み込まれていった。
◇
敗因は、やっぱり、強すぎたことだと思う。
戦闘の、経験値が違う。
ネジレ様が何百年、何千年くらい狭魔をやってるか知らないけれど。あんな滅茶苦茶な強さなら、どうせ、強いヤツと戦うなんて数えるほどで、弱いヤツをあしらってばかりだったはずだ。
桃花は強い。数多の強い狭魔と戦ってきた。真っ正面から挑み、臆することなく、全力と全力をぶつけ合ってきた。
桃花が簡単に『闇撫』を弾き飛ばされたのは、桃花が『闇撫』を手放したからだ。
ネジレ様に勝つのに、桃花が致命傷を負わせる必要はない。トドメは皐月がさす。その一撃に繋がるアシストをすれば、いい。
何度でも言おう。オレがずっと見てきた桃花は、強い。
「ぅうぁりゃぁっ!!!」
桃花の飛び蹴りが、ネジレ様の腕に、ハンマーヘッドを押しとどめる方の腕に、減り込む。ミシリ、と軋む音が聞こえる。
「クゥッラァッッッシュ!!!!!」
皐月の雄叫びで、大金鎚がネジレ様を押しきった。空間そのものを、叩き潰した。
◇
叩き潰された空間から弾き出されたみたいに、暗い雨に濡れたアスファルトに桃花たちが転がり出る。
文字通りに派手に転がる桃花と。片膝をついて滑り、『光輝十字剣』を杖代わりに寄りかかる教主と。颯爽と着地するライトニングと、ライトニングにお姫様抱っこされる琴音と。
全員、無事だ。良かった。本当に良かった。
オレは、叩き潰された狭間を凝視する。この世界から狭間が見える特殊能力持ちだから、この場ではオレだけが見える。
皐月が戻ってないのは、まだネジレ様が消えてないからだ。
叩き潰された空間ってヤツは、空と地面がくっついて、不思議な光景が広がる。
「……!!!」
オレの目の前で、空が、一人分の幅で、一メートルくらい、持ちあがった。
不思議すぎるだろ、と思う前に、オレは蒼褪めた。空を持ちあげたのは、潰れて割れて消えかけて、地に這いつくばるネジレ様だった。
ネジレ様が、オレを見あげて、最高の歓喜で笑う。螺旋の凹凸のある人の顔みたいな部位に、目も鼻も口も耳もないけど、笑ってると分かる。
この結末でさえも、望んだうちの一つだったんじゃないか? オレは、取り返しのつかない間違いをしたんじゃないか? 背筋に冷たい感覚が滴った。
「!!!……」
ネジレ様が力尽きて、再び空と地面がくっついた。狭間が、消えた。
「皐月! 無事ですか!?」
フラつきながら、日備里が横を駆け抜ける。
「日備里! 『極禍』の討伐を完遂したと、責任者の方に報告なさいませ!」
斎賀 皐月は、最強の『ウォリア』は、全身ボロボロになって、大金鎚を支えに、それでも毅然と、モデル立ちで佇んでいた。
マカリなのでハザマでキョウマとタタカわされます
第101話 EP12-13 ラストチャンス/END
読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでくれる人がいると、書く励みになります。