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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
応報ノ章
97/122

二十三

 神様を名乗る生き物に愛されてるようになったとか、それが理由で神職になるとは信じられない話しだ。

 自分の怒りがこの悪天候の原因……と、自室前の廊下から空を見上げる。

 今日は家族が来てくれるのに、ジオも来るのになんて天気だろう。

 土砂降りの雨に雷の音、どす黒くて分厚い雲で昼過ぎなのに夜のようだ。


 この悪天候の件はシン・ナガエという人物のせいということで片付けられる予定らしい。

 彼は彼で海の生き物を迫害するという罪を犯したのでそれが罰。

 ウィオラが自分が励んで、罰が過剰にならないように役所とシンの間に入ると言っていた。

 

 シン・ナガエは奇形に生まれたせいで、親を始めとした偏見の強い一族に疎まれて、捨てられるように家から追い出された男性だそうだ。

 生き物を蹴るなんて悪い事をしたのは、家族が、一族が彼を愛情深く育てなかったから。

 そういう理由でナガエ家や事業を監査して、その流れでおそらくシンが幼かった頃の虐待が明るみに出る。

 不漁滞在人シン・ナガエは、それを理由に減刑されるだろう。

 そしてナガエ家はシンを虐げてきた罰を受け、シンは多少救われる。


 神職として暮らしていくということは、このようにあちこちに気を配らないとならないそうだ。

 そうしなくても良いけれど、理不尽はあらゆるところで犯罪の原因となるから。

 その犯罪による不幸は廻り廻って自分や家族、友人知人を不幸にする。

 例えば、まだ発見されていないけど、私を誘拐した者がそうかもしれない。

 酷い家に生まれて、世の中を憎んでお金の為に悪事に手を染めたとか。

 根っからの悪党の可能性もあるけど。


 訳の分からない人生だと、空を見上げるのをやめて廊下に腰を下ろしてぼんやり。

 私が誘拐された結果、我が家には次々と不幸が襲ったという。

 死亡診断が出たものの、遺体に私の体の特徴が無かったので、家族は誘拐を疑った。

 それで母は心労から病がちになり、私が居なくなってから三年後に風邪を拗らせて亡くなったという。

 私の下には妹がいるそうだ。

 私が誘拐されて少しして、母はみごもっていると判明。

 だから母は誘拐事件のせいだけで亡くなったのではなく、高齢出産後の体調不良のせいでもあったのだろう。

 そんな事、妹に言いたくないから言わないし、家族もそうしただろうということは説明されなくても分かる。


 祖父も気丈に振る舞っていたが、年齢と娘の死と、孫の心配で体が弱ったのか他界。

 寿命と言える年齢だったのは救いだが、私が居なくなったことで、お菓子作りは下ごしらえくらいしか出来なくなっていたという。

 精神的苦痛のせいで魔法のようなあの手も、意匠も失われたのだ。


 父は祖父の跡を継いだものの、偉大な祖父と比べられて疲弊。

 おまけに妻を失って、義父も喪失してしまった。

 喜ばしいことにまだ存命なのでもうすぐ会える予定。

 兄達は父を支えてくれているという。

 ただ、それに必死で仕事人間だから、結婚しそびれているそうだ。


「怒りを捨てる……」


 完全には無理でも、あれこれ許す努力をしなければならない。

 感情を大爆発させたら国が滅ぶかもしれないから。

 オリエやウィオラに教わった事を思い出して、神職ってそんな大任なのか……とまたため息。

 私を誘拐した悪党やその関係者退治は、私の奉巫女就任を手土産にしてもらうそうだ。

 もちろん、そこには私も参加する。


 ふと見たら、私の隣に蜘蛛(くも)のアトラがいた。

 海に現れた巨大蛇のある意味仲間、肉食生物の子ども、シーナ物語でシーナに寄り添った生物を、その物語にちなんでアトラやアトラナトと呼ぶ。

 シーナは実在した女性で、私のようにこの生き物に好まれ、奇跡のようなことがあったので、伝説が残り、それが後世で文学になったらしい。

 蛇の中にはセルアグ、蜂にはアピス、蝸牛(かたつむり)にはリマクスなど、生き物の中に副神様が紛れているという伝承話のように。


 アトラは複数ある緑色の瞳で私をジッと見据えている。

 蜘蛛は見るだけで吐く程嫌いだったし、今もアトラ以外の蜘蛛を見ると吐きそうになったり気分が悪くなる。


「私もあなた達も知られると利用されて大変なんですって。ここで大人しく楽しく暮らしましょうね」


 返事はないけど聞こえる時もあるらしい。

 ウィオラはあの蛇みたいな生き物と親しくて、ごく稀に話せるそうだ。

 アズサは蜂のような生物アピス、私はアトラとそうなる可能性が高い。

 会話出来なくても心と心が通じ合って、気持ちはお互いわりと分かるという。

 私はそれを既に身をもって実感中。

 アピスは草食だけど、アトラは肉食で、成長したアトラはうんと人よりも大きくなって、お腹が減れば人も食べるので、その前に説得して住処に帰ってもらうという。

 彼らはこの国ではなく、岩山暮らしだそうだ。


『父、怖い?』


 また幻聴。

 これはアトラの声疑惑。オリエやウィオラには聞こえないそうだ。

 何も知らずに幻聴が何度も続けば、自分の頭がおかしくなったと怯えたり、医者に相談していただろう。

 アズサは「彼らの姫」ではなくて「姫の伴侶」に似ているらしく、私は「彼らの父」に似ているらしいが、他人から見たら神々の加護が強い、豊漁や奇跡を呼ぶ女性なので二人とも豊漁姫。

 年を取って、次世代が現れると、漁師達にババア姫様と呼ばれるとか。


 蜘蛛のような生き物アトラ達の人間の父とはなんなのか、ウィオラもオリエも知らないし、それと関連しそうな伝承はシーナ物語くらいで、そこにも「アトラの父」なんて出てこないので、考察しようにも全然だそうだ。

 国や役人達なんてもっと把握していないし、同じ神職でも理解や知識に差があるという。


「そうね、少し怖い。雷は怖いわ」


 言葉は通じなくて、気持ちは通じるとか。

 つまり、私はこのアトラに嘘をつけない。

 だから悪い感情はなるべく早く忘れるようにするべきだそうだけど、それはうんと難しい。

 コツは心配をありがとうと感謝したり、一緒に頑張ろうと祈ること。

 あとは他の感情に置き換える。


 私は今、雷ではなくて、謎の生物に異常に好まれた自分の人生が怖い。

 いびりで食べさせられた蜘蛛(くも)がアトラだったのだろうというのがウィオラやオリエの推測。

 彼らは同じ種族同士で意識がそこそこ繋がっているらしくて、私もその繋がりの中に紛れ込んだ可能性大。

 たびたび嫌悪すべき人間を嗅ぎ分けられる嗅覚も、たびたび見る生々しい悪夢もその影響。

 味噌汁に入れられて食べられた悪夢も、別の悪夢も、アトラの誰かが実際に体験した過去のこと。

 

 シン・ナガエの婚約者マリは、何かを察して私に親切にしてくれた質屋の娘だ。

 同世代の女の子がいきなり死病に罹り、救命の為とはいえ足を切断された。

 自分の人生が怖いとか、この天気が恐ろしいという感情を、どうか彼女が快方に向かいますようにという願いと祈りに変えようと、その事を何度も考え始めた。

 ジオの従姉妹ユリアの友人なら、私とマリも友達になれるかもしれない。

 とても心優しいお嬢さんらしいので、親しくなれたら嬉しくて、予後が悪かったら辛くて悲しい。


 どうかアトラ、龍神王様を名乗る蛇達、彼らの仲間、副神様と呼ばれる者達よ、どうか、どうかマリ・フユツキの回復を手助けして下さい。

 アトラから返事はないし、何も感じない。

 返事はあるけど聴き取れていないだけかも。

 

 私とアズサは豊漁姫候補、久しぶりの双子姫だろうと騒がれ始めたので、アズサが死病を患っていたことも、それが治癒した疑惑があることも教わった。

 アズサはうんと優しいので、どうかこのまま彼女を病から守って下さい。そうも祈った。


 ☆


 こんなに天気が悪いと家族は来ないかもしれない。

 それならそれで安堵というか、受け入れてもらえるか、私だと分かってくれるのか自信が無い。

 母が死んだのは誘拐された間抜けな私のせいだと責められるかもしれない。

 祖父の素晴らしい職人技術が失われたことも、父がすり減ってしまったことも、兄達が結婚出来ずに父を支えていることも私のせいだ。


 それは違う、私を誘拐した悪者のせいだという考え方が大切だと、込み上げてくる涙を手拭いで拭う。

 三日前に来た役人に家族のことを教えられて、自分のせいだと責めたら付き添ってくれていたオリエがそう言ってくれた。

 私のせいではない。

 家族はきっと、目を離した自分のせいだと自らを呪っているから、それも違うと伝えましょうとも言ってくれた。

 大丈夫、大丈夫、きっと嬉しい再会だと自分に言い聞かせる。

 

 マリやアズサのことを祈りながら、自分を叱咤激励していたら、オリエが来て家族が到着したと私に寄り添ってくれた。

 この天気なので、家族は農林水省が手配した牛車で来たという。


「……ジオさんもいらっしゃいました?」


「ジオ君はこの雨ですからね。これるかしら」


「そうですよね……」


 心細いのでそばにいて欲しいけど、この雷雨だし、家族ではないから来れられないかも。

 オリエが優しく背中を撫でてくれた。

 廊下を歩いていたら、参拝道に二人乗りしている赤鹿の姿が見えて、もしかしたらジオかもしれないと思わず駆け出す。

 赤鹿に乗っていたのは警兵ユミトとジオで、二人とも笠と見たことのない服姿で、着物は裾をかなりあげて、その下は素足で履き物も無い。


 二人は私達に気がつくと軽く手を振ってくれて、ジオだけが赤鹿から降りた。

 ジオは神殿へ続く階段の一番下に腰掛けて、笠や雨具らしき服を脱いだり、体を拭いたり、裾を直していく。

 ユミトは赤鹿に跨ったままだ。


「ジオさん、こんな天気なのに来てくれたんですね」


「もちろんです。約束しましたから」


 ニコッと笑いかけられて胸が温かくなる。


「ユミトさんもありがとうございます」


「俺はこういう天気の時は緊急出動だからそのついでです。帰りは送れないので、ジオ君はここに泊まり。天気がマシになっていたら鶴屋か俺達の長屋」


 そういう訳でじゃあ、崖崩れ調査とか色々あるからとユミトは去った。


「やっぱり赤鹿警兵は格好ええです。跡取り予備だから赤鹿警兵は進路から外されたんですよ」


「ジオさんは赤鹿警兵になりたかったんですか?」


「ええ。役人にもなりたかったし、火消しにも、竹細工職人にも、料理人にも。君の小さい頃の夢はなんでした?」


「お菓子屋の娘だったからお菓子職人です」


「神職になっても毎日勤務じゃないので、また目指せる夢ですね。まずは一緒にお菓子作り体験をしましょう」


 たまにはそういうことをしたいので、私の修行第一歩に混ぜて欲しいと笑いかけられて、小指を差し出されたのですぐに小指を出して指を結ぶ。


「ええ」


「さっきまで暗い顔をしていたのにすっかり元気。良かったです。ジオ君、ちょうど先程、ナナミちゃんのご家族が到着したんですよ。準備が出来たら行きましょう」


「暗い顔? ナナミさん、なんでですか?」


「……雷が怖かっただけです」


「そうか。それなら朝早く来れば良かったです。ずっと会いたかった家族に会えるから元気が出てきたんですね」


「……」


 肯定しようとしたけどポロッと涙が落ちたので、慌ててジオから顔を背けたけど見逃されなかった。

 何があったとうんと心配されてしまって、オリエが私の不安を教えた。


「……はぁ? なんですかその配慮のない役人は。どこのどいつだ。単に家族と会える手配が出来ましたって説明すれば良かったのに!!!」


 担当役人に説教が必要だけど、自分みたいな新人には無理なことだから、然るべき人に告げ口するとジオはぷんぷん怒ってくれた。


「ううん。良いわ。ジオさんがそんなに怒ってくれて、なんだかスッキリしました」


「いいえ、全く良くないです」


「ねぇ、思ったよりも足が筋肉質だったけど鍛えているんですか?」


「いや、全然です。叔父上はすっごいですよ。っていうか淑女が男性の足を観察しないで下さい」


「淑女? 私が淑女?」


「そりゃあどこからどう見ても上品なお嬢さん、お嬢様ですから」


「私の暴言や脅迫を忘れたんですか?」


「そんなこともありましたね。あれは仕方ありません。それを思い出すと……でもお嬢さん、お嬢様ですよ。うん」


 足袋を履き終わったジオが立ち上がったので、元気が出たからありがとうと告げて、オリエと共にいざ家族のところへ。

 再会する部屋へ案内されて、襖の前に座ったものの、手が震えて固まってしまい、しばらくそのまま。

 オリエに優しく背中を叩かれて、彼女がそっと襖を開いた。


 目に飛び込んできた初老男性が父だとすぐに分かった。

 おぼろげな記憶が鮮明になり、白髪だらけで老けてはいるけど、この男性はどこからどう見ても私の父。

 抱きしめたくて、抱きしめて欲しくて立ち上がったら、父も同じなのか動いて、あっという間に抱き合っていた。

 私の不安は杞憂で、父も兄達も、初めて会った妹も、全員再会を喜んでくれて皆で大泣き。

 しばらくして、室内に何人もの人がいると気がついた。

 兄は二人しかいなくて、半元服くらいの女の子はきっと妹で、それ以外に男性が八人もいる。

 父と同年代から若い六人は役人の制服姿で、見た目は全く異なるが、親子程年が離れて見てる兵官が二人……。


「……お父さん。ヒエンお兄ちゃんは……?」


 祖父と母が亡くなっているのに、私と四歳しか違わない兄も? なぜその情報はないの? という疑問が浮かんだら体が小刻みに震えてきた。


「ヒエンはそこにいる」


 そこと示されたところにいるのは熊みたいにガッシリとした兵官である。

 ふっと父が吹き出すと、隣にいる兄二人と妹も笑い出した。


「……ヒエンお兄ちゃん?」


「いつかナナエを救い出すって兵官を目指したら、なんか大きくなっちまった!」


 色白で細くて背も小さかった兄ヒエンが巨大化して、日焼けこんがりで筋肉質なガッチリ男に育つとは。


「ナナミ、ヒエンは赤鹿警兵になったんだ」


「……ヒエンお兄ちゃん、赤鹿に乗れるの?」


「おうよ。聞いてくれ、ナナミ」


 祖父も両親もあの遺体は絶対にナナミではないと言っていて、熱心に捜査してくれる兵官もそう言ってくれていた。

 可愛い妹は悪党に売られたかもしれないし、娘が欲しくなった女性に連れさらわれて娘にされたのかもしれない。

 何にせよ、あちこちに行ければ発見確率が上がる。

 ヒエンはそう考えて、赤鹿乗りに弟子入りしたそうだ。

 赤鹿乗りは家系職のようなものだけど、たまに一般家系にも赤鹿に好まれる才能を有する者がいる。

 絶対に赤鹿に乗って国中を旅して妹を見つけると誓ったヒエンにもその才能があり、おまけに訓練してみたら弓も得意だった。


「もやしっ子だから時間がかかったけど今は赤鹿警兵だ。俺は見つけられなかったけど、見つかって本当に良かった」


 我慢していたというように、ヒエンは片腕を目元に当てて「くぅ……」と小さく呻いた。


「……ヒエンお兄ちゃんだけ感動の再会じゃないというか……誰?ってなる……私のためには嬉しいけど……」


「ぞんだごどいばばべぐべぼ……」


 絶対こうなると思ったと、微笑みだった長男兄エンゴがお腹を抱えて笑い始めた。

 兄妹達が和気あいあいと笑い合い、私はあの輪にいないのがすごく寂しくなってくる。

 するとジオが、察したようにすぐに打ち解けられますよと耳打ちしてくれた。

 そうだと良いと笑顔を返す。

 こうして私は家族と再会を果たし、裁判官と二名の弁護人、ジオと手を組んでくれた衛生省の役人や、財務省の役人、煌護省の役人、ヒエンの師匠からこれからのことを話し合った。


 ☆★


 ナナミの歓喜はアトラから海や近辺に住まう彼らに通じ、オケアヌス神社周辺だけが晴れ、そこに海産物が飛来。

 それはちょうど、ナナミが宿へ向かう家族や職場に戻る役人達を見送る時で、雷雨に対する祈祷を嘆願に来た漁師達がそれを目撃。


 ナナミは漁師達の嘆願の勢いに怯えながら、自分が歩けば天気が良くなるかもしれないなら仕方がないと、言われるがまま散歩へ。

 彼女が歩くところは奇跡のように雲が晴れて日が差し込み、太陽が彼女を照らした。


 説明されても訳の分からない人生だと心の中でため息をついていたナナミは、散歩の途中で病院を見かけた。

 すると同行していたジオが、ここには従姉妹ユリアの友人が入院しているのでお見舞いに行くからここでお別れを宣言。

 ジオとまだ離れたくなかったナナミは、赤の他人がいきなりお見舞いなんて迷惑ではないかと悩みつつジオと一緒にマリのお見舞いへ。


 熱が少し下がり、わりと鎮痛剤が効いているマリは眠っていた。

 あの日、目の前で足を切断された女の子に対してナナミは改めて同情し、涙を流し、どうか良くなりますようにと祈りながらマリの手を取った。

 

『父、リ——スを呼ぶか? ——がそう言っ——。——と話すと——れるけど——かな』


 アトラに話しかけられたナナミは、全てを聞き取れなかったものの、リ——スはリマクス、怪我を治す副神様のことではと考えて、マリの手を握りながらお願いと心の中で祈り続けた。

 

「……ジオさん、私は自分が神職だなんて信じられないし、病気を治すのはお医者さん達だけど、彼女にだけ祈るのは変だと思いません?」


 ナナミはオリエやウィオラから教わった事を思い出した。不公平や不平等は時に敵意を招くと。

 それから奇跡のようなことが起こり過ぎると自分の時に首が締まることも。


「変? 変とは他の患者さんも見舞いたいということですか? それは良いことですから病院の方々に確認しましょう」


「そうしたいです」


 ナナミは自分に構いすぎないで、手助けはほんの少しで良いと心の中で延々と呟きながら、病院内を慰問。

 結果、他者から見たら奇跡というようなことは起こらなかったものの、医者や薬師からすると幸運な回復と言われるくらいのことは起こった。

 マリ・フユツキもその一人で、熱や痛みは繰り返したものの傷の治りは早かった。


 ☆☆


 これは神を名乗る者達さえ知らないが、マリ・フユツキは死ぬ運命だった。


 医学大国煌国(こうこく)とはいえ、千年前よりもうんと科学や医療が退化しているので、灰疹(はいしん)病の原因は怪我からの真菌感染が原因で、発病は体質や免疫力に依存するということを知る医療関係者はいない。

 発症するとあっという間に死ぬが、潜伏感染、それも数年間潜伏する感染症であり、さらに発症の有無に差がある。

 煌国どころか大陸の大半の国々で、それを知る者はいない。

 発症すれば数日であっという間に死に至る稀な奇病は、わりとありふれた感染症で、発症が稀なだけと知った者達は酷く怯えるだろう——……。


 これは千年程前のこと。


「淘汰しようにも無駄だろうけど、君達の為に開発した。これは悪魔(オーガ)に近い遺伝子だと発症する新型真菌だ」


——真菌って?


「顕微鏡でないと見えないくらい小さい生き物のこと。この真菌の欠点は、宿主の性格ではなくて遺伝子に反応することだ」


——難しくて分からないけど何が問題なんだ?


「選別しきれないから、君達が大好きな者が、血が悪魔(オーガ)に近いというだけで死ぬ」


——そんなの嫌だ、どうにかしろ。


「血に関係しない遺伝子かつ……また難題だな。君達に抗体を作るから自分達で選んで治しなさい。その方が理論的に簡単だ」


 ナナミが身の内側に取り込んだ「彼らの父」は天才中の天才だった。

 その類稀な才能で彼らを造りだしたし、輪廻に似たものも開発している。

 彼に似た遺伝子構造や血を持つ人間は珍しいのだが、ナナミはたまたまそうであり、さらに彼の記憶を多く有する生物を身の内に取り込んだ。

 だからと言って、数多の科学技術が失われた世界で、ナナミが何かの技術を生み出すことはない。

 アトナの記憶に、また新たに「父は優しい」とか「自分達を愛してくれている」と刻むけれど。

 

 愛してる。大切です。大好きだ。

 そのような想いは廻る廻るくるくる廻る。くるくる廻る狂狂狂と。

 命と共にくるくる廻り、狂狂廻る。

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