二十二
話は少し遡る。
ミズキとアリアがシン・ナガエ邸に住み込みを開始した日。
関係者達が鶴屋で昼食をとった後、シンはアザミの軽い策略で取材という名目でマリとデートをすることに。
二人は本屋、小神社へ行った後に海岸を訪れた。
☆★
砂浜を歩いているとマリが足を止めた。
「シンさん、シンさん。おちびなザリガニさんがいます。巻き貝を背負っていますよ」
マリがしゃがんで見つめる先にいるのはヤドカリ。
以前散策した時に見たことのあるヤドカリとは異なり、鎧のような鉛色の殻のような体で、シンの掌の半分くらいの大きさだ。
海には数多の生物が暮らしていて、なまこやイソギンチャクのような訳の分からない形態のものもいるので、シンもマリもこの生物を変わったヤドカリだと認識。
「それはヤドカリだ。ザリガニではない。ヤドカリだからちびよりはデカい」
「ヤドカリ。宿を借りているからヤドカリですか? せっせと歩いて愛くるしいですね。ハサミに金平糖のようなものを持っていますよ」
マリがどういう反応をするのか気になり、シンはヤドカリを蹴飛ばした。
ヤドカリの鉛色の体に太陽の光が乱反射して虹色に輝き、煌めきながら海へぽちゃんと落下。
「おー。今のは綺麗だな」
「まぁ! シンさん! 弱いもの虐めは酷いです!」
立ち上がったマリはぐいっとシンに近寄り、眉間にシワを作った怒り顔。
「この世は弱肉強食だぞ。どうせ君も無自覚に蟻を踏み潰している」
「無自覚とわざとでは違います!」
マリは先程までニコニコ笑っていたのに、今は正反対の怒った顔なので、その落差になんとなく胸がざわつく。
「シンさん、命は失われたら……」
驚くべき何かを発見したというようにマリが表情を変化させて、彼女の視線が自分の後方なので、シンは振り返った。
そこには赤鹿が一頭いて、その赤鹿に頭でうりうりされて砂浜に転がる男性もいる。
それからその男性を眺めて楽しそうに笑う警兵ユミトの姿があった。
「まぁ、ユミトさん」
マリの声が上擦ったのでシンの眉根が自然に寄る。
ユミトさん、とマリが小走りで彼に駆け寄っていく。
シンは思わず腕を伸ばして彼女を捕まえようとしたが、その手は空を切った。
無意識の行動に仰天して、自分の手を見つめる。
「こんにちはマリさん。お出掛けですか?」
「その、シンさんとデートです」
聞こえてきた単語にシンはゲホゲホとむせた。
「シンさんと一緒……おおおおおお!」
ユミトが拍手を始めたので、シンは「その拍手はなんだ」と軽く叫んだ。
「何ってお祝いです。引きこもりで陰鬱だから心配な若い男がこのように出掛けているとは良いことです」
「君はちょこちょこそのようにズケズケ言うよな」
「ええ、仕事柄。しかしシンさん程ではないです」
「口では調子の良いことを言う奴よりも何倍もマシだ」
「お世辞や愛想、建前も大事ですよ」
「うるさい。行くぞマ……」
マリは「きゃあきゃあ」と表現出来そうな楽しげな様子で体に赤鹿に頭を寄せられている。
「くす、くすぐったいです。ふふっ」
「……」
こういう場面を書くかもしれないと、シンはマリに改めて行くぞとか、帰るぞとは告げなかった。
これも取材だというのは言い訳で、単に可愛いから永遠に眺めていたいだけ。
「うわぁ。ユミト先輩、どこのお嬢様ですか? すこぶるかわゆい……」
「あの、俺は先輩ではなくて、先輩はトガワさんです」
「赤鹿関係の先輩はユミトだ。それに俺は十才くらい年下なんで、そういう意味でも後輩です」
「うーん」
「それで彼女はどこのお嬢様ですか?」
「そこのシンさんの婚約者さんです。会話を聞いてなかったんですか? いや、赤鹿にうりうりされまくって、それどころじゃなかったか」
「……」
トガワはシンを見据えて、無表情からしかめっ面になり、次にマリを見つめてヘラッとした笑みを浮かべ、すぐさまうずくまって「畜生!」と呻いた。
「ユミト、なんだこれは」
「兵官は女にモテないのでひがみと嘆きです」とユミトが呆れ顔でギイチに返答。
「モテそうだけどな。人気兵官は浮絵になるくらいだぞ」
「人気者とその他で落差があるってことです。まぁ、庶民の中では人気がありますけど、兵官って庶民の中から抜きん出たとか成り上がったって考えている者が多いのでお嬢さん狙いなんですよ。それで撃沈。このように中流層の男を羨ましがります」
「赤鹿乗りになれたらお嬢さんにモテるって聞いたから俺は赤鹿乗りになる。女学校の先生に文通お申し込みされてみせる!」
若い兵官が立ち上がって、空に向かって拳を振り上げた。
「女学校の先生は取り合いですけど、赤鹿乗りだと女学校に招かれる機会もあるから励んで下さい」
「先輩は女学校に招かれたことがあるのか!」
「いや、まぁ。はい」
シンはマリを買ってから色々なことを知ったが、まだまだ知らないことが多いなと、改めて兵官に興味を抱いた。
それに女学校に赤鹿乗りが出入りするという話も気になる。
「き、きゃあ!」
マリの叫びでシンの視線は警兵達から移動。
赤鹿に衣紋を噛まれたマリが連れ去られ始めていた。
「お、おい!」
「ケルウス! どこへ行く! 戻ってこい!」
赤鹿が走り出したので、シンとユミトも駆け出した。少し遅れてトガワも疾走を開始。
「あ、赤鹿さん! これは少々怖いです!」
「ケルウス! 止まれ!」
足の遅いシンを置いて、ユミトとトガワはみるみる進んでいく。
しかし、赤鹿の足はそれよりも速くて遠ざかっていった。
しばらくして赤鹿は速度を落とし、やがて一人の女性の前で止まり、マリの衣紋から口を離してお辞儀のように頭を下げた。
シンは眼前で起こった光景に目を奪われた。
海から注ぐ七色の輝きの中で微笑む神職服の女性に向かって、海から突如として貝が飛んできた。その数は一つではないが数多でもない。
まるで数個の流星とういうように注いだ貝に、ギイチは己の目を疑い、その目を擦った。
「ケルウスさん。私に貢ぎ物ですか? 人を貢がれても困りますよ」
「こんにちは、ウィオラさん。赤鹿さんになぜかここまで運ばれました」
赤鹿が奉巫女ウィオラの体に甘えるように身を寄せる。
シンはこれが普段は凡庸に見える奉巫女の真の姿かと鳥肌の立つ腕をさすった。
これで神職の末端なら、更に格上の斎宮はどのような存在なのか、彼女達はどれだけ奇妙な偶然を引き寄せるのだろうと想像を開始。
「鶴屋で昼食後に散歩ですか? あら。この痣……」
ウィオラは腰を落として砂浜に座り込んでいるマリに話しかけて、そっと手を伸ばした。彼女の手が触れたのはマリの右足。
ここからでは見えないと、シンは回り込んでマリの足が見える位置へ移動。
すると、マリの右足の親指にまるでカビが生えたような灰色の痣があった。大きさは末銅貨くらいである。
「この間気がつきましたが痛くないので大丈夫です」
「この間、数日前ですか?」
「はい。四日前です。先程は驚きました。服が違うのもあり、別人のようです」
「四日……。これがあるから私のところへ運ばれたのかもしれません」
「ウィオラさん、どういうことですか?」
「ご両親に手紙……ではきっと遅いので……ユミトさん。伝言をお願い出来ますか?」
ウィオラの表情が曇っていて悲しげなのでシンの胸がザワザワし始めた。
雲が多くても青空だったはずなのに、いつの間にか黒い雲が増えて世界が暗くなっていく。
「ウィオラさん、マリさんのご両親に何をどう伝えれば良いですか?」
「……。四日前……。いえ、その前に急いで彼女を運びましょう。連絡している場合ではなさそうです」
ユミトの手で赤鹿に乗せられたマリはオケアヌス神社へ運ばれた。
到着直前にマリは熱発して、灰色の痣は全ての右足の指から足首まで進行。
「ど、どうなっているんだ! これはどういうことだ!」
「海の大副神様と人を繋ぐ者として貴方に命じます。海岸で誠心誠意謝罪してきなさい」
ウィオラはシンを睨むと、神社の境内内の部屋なら畳の上でぐったりと横になって大汗をかいているマリの足首を縛り始めた。
「はぁ? 突然なんだ。謝罪? なんの謝罪だ」
「本斎宮様とは異なり、私達奉巫女程度では全てのお言葉を受け取ることは不可能です。しかし、海の大副神様は我らの民を傷つけたと貴方に対してお怒りです」
「は、はか、謀る気か! マリと共謀して金を巻き上げようと狂言か! 金があれば無傷で家に帰れるからな!」
ウィオラの襟元に手を伸ばしたシンの体は後ろに引っ張られて尻餅をついた。
後ろを見たけれど誰もいない。
自分に手を伸ばせる位置に人はいないし、急いで自分から離れたという位置にも誰もおらず。
何に引っ張られた? とシンはゾッとして全身から血の気が引いた。
ウィオラが次々に指示を出していく。
お湯を沸かしなさい、斧の準備、火鉢と鉄の棒、それから医者と薬師、男手に奉巫女全員などと、ウィオラの命令や彼女への返事が飛び交う。
「おい! マリに何をする気だ!」
冷めた瞳のウィオラと視線がぶつかった時に、シンは一瞬だけその目の色が血のように赤いと錯覚した。
しかし、それは気のせいで彼女の瞳は濃い土色。
「このままでは彼女は亡くなってしまいます」
「はぁ⁈ いきなりなんの冗談だ!」
「病に全身が侵食される前に、彼女の足を切り落とします」
その台詞にギイチは耳を疑った。
得体の知れない化物のように感じるウィオラに気圧されて、侮蔑の含まれた瞳に射抜かれて、見下されるような視線に僅かに体を震わせる。
彼の本能が彼女に従え、逆らうなと告げた。
他人を拒絶してまるで信じていないシンですら受け入れてしまう程、その感覚は強烈。
ミンミンミーン、ミンミンミーン、ミンミン——……。
蝉の鳴き声はやがて耳鳴りのように変化。
シンは這いつくばるようにマリに近寄り、祈るように両手で彼女の右手を握りしめた。
こうしてマリは一刻を争うと、医者や薬師の到着を待つことなく、オケアヌス神社の中庭で、参拝客の男性達数人とユミトに押さえつけられた。
四人いる奉巫女全員、参拝に来ただけという事情を飲み込めていない男性達に、たまたま妻を迎えに来たルーベル副隊長などが中庭に集合。
その場で一番力が強くて、斧の扱いにも刃物にも慣れているという理由で、ルーベル副隊長がマリの右足首を切断。熱湯で茹でた後にやっつけ酒で濡らした斧で一刀両断。
切り離されたのはふくらはぎの中央よりやや抹消側。
そこより下は、既に薄灰色から濃い灰色に変化しており、指と指近くはまるで火傷跡のように爛ただれていて、異臭を放ち始めていた。その臭いはカビ臭い腐敗臭。
切断された右足は神社の井戸水が入った桶に入れられて清められ、白い布に包まれ、塩を撒かれ、焼かれることになった。
その後、切断後の処置を行う為にマリは神殿内容へ運ばれてた。
シンはマリの右手を両手で強く握りしめ、ひたすら彼女の名前を呼び続けている。
「彼女はもう大丈夫そうですので、貴方は早く海岸へ行きなさい」
ウィオラがシンをマリから引き剥がすように腕を掴んで引っ張った。
彼女と同じ服装の年配女性も、
「君は早く海の大副神様に謝りなさい」と低い声を出す。
「大副神だなんてどういうことだ! 芝居で本当に足を切り落とすなんて狂ってる!」
「何をおっしゃっているのですか。必要も無いのにこのような残酷な真似は致しません」
ウィオラにキッと睨みつけられたシンは、憔悴しきった青白い顔で彼女を睨み返した。
「これは赤鹿病なのか? 赤鹿がマリの着物を噛んだ後にこうなった! ユミト! つまりお前のせいってことだろう!」
シンは青白い顔のユミトのことも睨みつけた。
ユミトは一連の流れの中でマリを押さえつける役を担っていた。
彼の顔はギイチ同様に血の気が引いている。
「うっ、おぇぇええええ」
突然ユミトが吐くと、ルーベル副隊長が彼に近寄って背中をさすり始めた。
「だから他の手伝いをしろって言うたのに。君は血とか無理なんだから。安心して吐く気持ちは分かるけど、もう少し我慢するか一人で厠へ駆け込め。ったく」
「い、いえ……。俺は福祉班……だけじゃ……。俺も兵官で……うっ」
「苦手なことは得意な誰かに任せれば良い。皆さん、掃除は俺がするので彼はこのまま放置して下さい。シンさんは奉巫女さん達の忠告通りにすること」
ルーベル副隊長は制服の羽織りを脱いで吐瀉物にかけるとユミトに肩を貸して彼を運び始めた。
「待てユミト! お前のせいでマリは足を失ったんだぞ!」
転びそうになりながら立ち上がったシンを、ルーベル副隊長が足払い。彼は畳の上に転がった。
「赤鹿は君の婚約者を救ったのになんて言い草だ。誰かのせいにしたい気持ちは分かるが病は運。君のせいで海の大副神様がお怒りだ。奉巫女様達にそう言われているんだから、さっさと謝りに行け!」
「海の生物に? どういうことだ!」
シンの脳裏によぎったのはヤドカリを蹴飛ばしたことである。
「知らん! さっき妻にそう聞いた。奉巫女に指示されたんだから素直に従え!」
シンはユミトを支えながら近寄ってきたルーベル副隊長に胸ぐらを掴まれて廊下に向かって投げ飛ばされた。
手すりと柱に体がぶつかった衝撃で呻く。
「この国で生きていれば知っているはずだ。龍神王様や副神様に反目すると恐ろしい」
「い、いきなり何をするんだ!」
シンはよろめきながら立ち上がった。
「君が何をしたか分からないが、罰は理不尽な程効き目がある。大事な婚約者の次はこの家や近所、この街と波及するぞ! さっさと行け!」
出て行くように、といようにルーベル副隊長は腕を動かした。
信仰心の無いシンは龍神王も副神も信じていない。
しかし、海岸で奇妙なヤドカリを蹴ったことが脳裏によぎった。
あの後、マリは急に体を悪くした。
「引きずって行く事に価値はない。謝罪は自ら進んでする事に意味がある。このままだと君の婚約者はせっかく助かったというのに、一番最初に死ぬからな!!!」
ルーベル副隊長の怒鳴り声は落雷の如し。
シンは不貞腐れつつも、意識が混濁しているマリの呻き声を耳にして、せっかく助かったのに最初に死ぬという脅しに対する恐怖に掻き立てられて、転びそうになりながら走り出した。
ぱらぱらと雨が降ってきていて、その雨は次第に強くなり、シンが海岸に到着すると雷が鳴り始めた。
海は荒れ狂っていて、高波が海岸だったはずのところを半分程度侵食している。
「う、嘘……だろう?」
落雷の強烈な光とほぼ同時にシンの目に、明らかに大きな蛇のような生物が飛び込んできた。
それは海面から姿を現して、半円を描いて海へ沈み、それきり。
しかし、彼の瞳は確かにその鉛色の体をした蛇のような生物を捉えた。
それはまるで幼少期から何度も目にしている龍神王、というような姿であった。
十数年前、皇帝陛下が暗殺されかけた時にこの国からは大勢の失踪者が出て、龍神王様が姿を現したという記事が新聞を賑わせた。
シンはその時はまだ半元服前だったけれど、必要な知識なのでと数年後に家庭教師から教わった事件。
その内容を無神論者の彼は鼻で笑って、創作話だと決めつけた。
この国の区民に広がっている信仰そのものをバカにしてきたというのに……。
「……。あのヤドカリ……。まさか今の生き物の子か?」
それならマリは、自分が今の生物の子どもに悪さをしたから呪われたということなのだろうか。
何が謝れだと毒づきつつも、ルーベル副隊長の、
「君の婚約者はせっかく助かったというのに、一番最初に死ぬからな」という怒声が脳裏によぎる。
それで怯え、震え、小さな声で「悪かった」と呟いた。
恐怖で高波が生き物に見えただけかもしれない。 全ては誤解や勘違いや思い込みで、医者に診せることなく切られたマリの右足は、本当は切らなくて済んだのかもしれない。
そもそも時系列がおかしい。
妙なヤドカリを蹴ったのはついさっきで、マリの痣は本人曰く四日前にはあったもの。
様々な思考がギイチの脳内を巡るものの、もしも本当ならマリを失うと怖れて、シンは次第に心から謝罪するようになった。
大雨でびしょ濡れになりながら、悪かったとすみませんを繰り返し、やがてその近くでオケアヌス神社の奉巫女達による海鎮の儀が開始。
なぜか、奉巫女達の頭上だけ雲が去っていき、演奏や舞と歌を行う彼女達はあまり濡れず。
一刻もせずに雷雨は去った。
その光景を、シン・ナガエは一生忘れないだろう。
☆★
シン・ナガエが目撃したように、煌国は蛇のような生き物が支配する国である。
支配すると言っても、地に栄養になるものを混ぜて耕し、かつて海岸のないこの国に地下水脈を掘って海水を引っ張ってきたので、その手入れをして、その塩湖を大切に守っている。
水源という水源でのんびり暮らし、地の中を這い、気まぐれに街中を散策し、かつて愛した者に似た匂いの人間を見つけると手助けをしたり贈り物をする。
彼らは千年も前にこう宣言した。
神が手を差し伸べないから、我らは自ら未来を切り開く。
その結果、彼らが愛する者達とこの地を生物が住めるようにした。
始皇帝と龍神王の物語がそれである。
「私達神職は始皇帝様の奥方様の面影がある者です。見た目ではなく血の匂いです。本斎宮様は生まれ変わりの如く似ているそうです」
ほとんど濡れずに神事を終わらせた奉巫女達のうち、最年少のウィオラは次世代の奉巫女ナナミの隣に立ち、そんな話しをした。
「……国はそれを知っているから、その蛇達の恩恵を受ける為に神職を見つけてこうやってこき使うということですか?」
「どなたがどこまでご存知なのかは存じ上げませんが、深くまでは知らないでしょう。私達神職の座は経験則で生まれました」
「経験則ですか?」
「アズサさんやナナミさんを豊漁姫だ! と騒ぎだした漁師達のように、民が見つけるのです。彼らの愛が重過ぎて、奇跡のようなことが起こるので」
彼らは自分達のような愛する者の匂いがする人間をくまなく見つけている訳ではない。
嗅覚が鋭くて遠にいる者まで発見は出来ないし、その大好きな香りにも上下がある。
アズサもナナミも、こうして海へ来て、さらに彼らの友人、いわゆる副神と接して、何かしらを好まれたのだろう。
ウィオラは快晴になった空を見上げて、小さなため息を吐いた。
「彼らの好みで人生が左右されることも理不尽です。彼らに手を差し伸べられれば助かる命もありますが……。運悪く見つけて貰えなければ……」
だから龍神王神道では善行をしなさい、参拝しなさい、日々祈り、感謝しなさいと説いている。
良い者になり彼らに愛されるように、感謝の祈りや参拝で見つけてもらえるように。
「彼らは、神々はまだお怒りです。シンさんの愚行は許したようですが、これからしばらく不漁でしょう」
「……あの、なぜ私にそんな話を?」
自分が神職候補になったことは理解しているので、ナナミはこれは愚問かと唇を結んだ。
「これから続く不漁はこの国への罰です。この国はあなたを助けられなかったし、むしろ加担したかもしれず、そしてあなたの家族の人生をめちゃくちゃにしました」
罪には相応しい罰がなければ、やがて民の心は荒み、善人が不幸になる。
だから自分はこれから海を荒らすように頼んだと、ウィオラは空を見上げたまま淡々と述べた。
「……頼めるものですか?」
「ええ。皇居暮らしの斎宮なんて御免ですので、日頃から彼らにどうか構わないでと頼んでいます。オリエ様もそうです」
オリエとはウィオラの二つ上の世代の奉巫女である。
「アズサさんは奉巫女相当でしょうが、ナナミさんは私達側です。皇居へ行き、政治に口出しも出来ますし、この地でわりとひっそりも自由」
今のままでは傾国の悪女になってしまうので、どんどん学ばせますねとウィオラはナナミに笑いかけた。
「……私が傾国の悪女ですか?」
「自分の人生よりも家族の人生を破壊された事を恨み、許さない、こんな国の為に働くかと強く、強く考えましたよね?」
その憎悪の炎は永遠にこの国から加護を失わせる。そうすればやがてこの国は滅びる。
「それはどうかやめて、ほどほどにと頼みました。ナナミさん。あなたはこれから喜怒哀楽の怒りを捨てなければなりません。励みましょうね」
この発言にナナミは頬を引きつらせて、なぜ自分……と震える声を出した。
しかし、その答えをウィオラは有していないので、たまたま、輪廻転生のようなものですと回答。
こうして、信仰心のなかったシン・ナガエと、ナナミ・カライトは違う理由で龍神王と副神信仰を信じるようになった。




