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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
応報ノ章
94/122

二十

 アズサからの手紙返事がきたので、今夜は良い夢を見られそうだ。

 今、自分に出来ることは勉強だと励んでいたら、帰宅が遅かった父に呼び出された。

 父の書斎に招かれたので向かい合う。


「良い話と悪い話がありますが、どちらから聞きたいですか?」


 妹ユリアに継承されたのだが、父はわりと表情が豊かではなく、こういう時は更になので無表情気味。

 だからどれほど良い話なのか、悪い話なのか、大したことではないのか予測不可能で怖い。


「……悪い話からにします」


「そうですか。それならまず一つ目、アズサさんに新しい病が発見されました」


「……新しい? 新しいとはなんですか?」


 発見したのはつい先日で、見つけたのはアリアらしい。

 アリアは全ての記憶を失っている訳ではなくて、直近のことが特に記憶喪失で、昔のことだとそこそこ覚えている。

 それは前に聞いたな、悪い話がアズサの新しい病気とは……と絶望。

 死病だと宣告されたが元気そうだし、早いと……という期間も過ぎつつあるのに、なんでまたこのような悲劇。


 アズサの新しい病気は病名不明なのだが、アリアの叔父は医学の知識があったらしく、それを姪に教えていてそうだ。

 そのおかげでアズサの新疾患の薬は判明しているという。

 おまけに偶然にも、その薬らしきものが手に入ったそうだ。


「それなのに悪い話なのはなぜですか?」


「そこそこ悪い話や、悪かった話と言うべきでしたね。ただ、病名不明ですし、アリアさんが教えてくれた薬が効かないと……。なので油断大敵です。アズサさんには医療者達がついていますし、後は祈るしかありません」


「ウィオラ叔母上がまずは神棚と言うので、欠かさず祈っています。もちろん、お祖母様のこともです」


「困った時だけ神頼みは良くないと教わっているのに、今さら手のひら返しはご利益があまりです」


「……」


 それは叔母にも言われた事だと落ち込む。

 これまでの信心のなさを反省するように軽く叱られたが、母はきちんと毎日祈ってきたので、家族になりそうな女性にもきっとご利益があるだろうと微笑んでくれた。


「……そんな。父上、まだ気が早いです」


「そうですね。二つ目の悪い話です。ジミーさんも、君に推薦状は嫌だとはねつけました。悪童を推薦なんて出来ませんと」


「……ですよね。スザクさんやイオリさんはどうでした?」


「ですよね、ではありません。親友にそんなことを言われる父親の身にもなって下さい。バレなければ平気と考えていた結果はこれです。息子の恥部分を隠していたのにバレバレです」


「……。父上なら前からバレバレだと気がついていたのに、息子をしかと導けないから……」


 衛生省に入ってアズサや彼女のような難病患者やその家族の役に立つという夢を見つけたのに幸先が悪い。

 他の役所でも医学関係に繋がる業務はあるのだが、父の友人達にことごとく断られている。

 他責しようとした結果、それもネチネチ怒られた。

 素直にすみませんと謝れば良かったのに、まだ少し反抗期を抜けられない自分のせいである。


「全く。そんなではアズサさんが大勢の男性と顔見知りになったら振られますよ」


「精進します!!!」


「上級公務員試験は君の学力なら問題ないでしょう。問題は就職試験や面接です」


「それ対策の時間分、アズサさんと交流したいし、医学の勉強もしたいのですが……推薦はどこからも無理ですか?」


 医学もだけど、叔母ウィオラを通して読んでいるオケアヌス神社の蔵書から、奇跡の起こし方を発見して研究や実験をしたい。

 今のところ、アズサの人間性が龍神王様や副神様の目に留まるように努めるという方法しかなく、それは奇跡を望む者達がすることと同じで、出来ることと言えば参拝くらいだ。

 参拝は既に計画、実行されているので俺の出番は無い。


「レイス。どうしても衛生省ですか?」


「いえ、この間お伝えしたように、アズサさんやクギヤネ家のような、病気関係の方々に助力出来る業務がある役所です」


「それなら財務省にして、押しに弱いウィルさんに頼み込んで、彼の人脈に頼って医学関係の部署にしなさい。それがジミーさんからの返事です」


「……ジミーさんは押しに強いから無理ってことですね」


「いいえ。衛生省は監査が多い関係で出張が多いからです。若い程そうなります。ジミーさんに指摘されて気がついたのですが、やる気を出した君はきっと優秀です。盲点でした」


「盲点って……日頃の行いですから、はい」


 優秀だと思われていなかったとは心外なのだが、試験で手を抜いて成績を平均並みにしたり、目立たないようにしていたのは自分だったので父は悪くない。


「それで別の悪い話なのですが」


「財務省も無理ですか?」


 押しに弱い父の親友ウィルにも断られるって、これは本当に自業自得である。

 しっぺ返しがくるからなというお説教は一度ではないし、叔父ネビーからだけでもない。


「それは多分いけますが、それとは違う話です。ウィオラさんが目撃したそうなんですが、この間、アズサさんが副神様の遣いらしき変わった生き物に遭遇したそうです」


 それでアズサは謎の玉をひょいっと食べてしまった。ウィオラ曰く、まるで取り憑かれたように。

 昔、オケアヌス神社に配属された頃に読んだ蔵書の中にそういう話があったような気がしたウィオラは、その蔵書を探し出して内容を確認したらやはりそのような記述があり、その中ではこういうことが起こったという。


 根っからのかなりの善人は副神様と少し語り合えるようになり、天気予報師のようになったので、村人達に慕われて幸せに暮らしました。

 一方、悪人でもない普通の者は、血を吹き出して死んでしまった。

 このような心美しき者は神々に通じ、そうでもない俗物者は神々の力を受け入れられない。

 神の品は真の善人になるまで口にしてはならず、悪人ならば更に恐ろしいことに……みたいなことが(つづ)られていたという。


「ウィオラさんが龍神王説法は数々の教えがまとめられて現在の形となっているので、原典の一つでしょうと。我々が学んでいる龍神王様の教えと似ているといえば似ています」


「我が与えたと考えたならば、それを手にするのに相応しい心を有しているか問いかけよ。汝、他に相応しき者がいるか考えよ。この辺りですよね」


「ええ。そういう話もありますし、それでなくても病気をいくつか抱えるアズサさんがよく分からないものを食べたことは心配です」


「……それも祈るしかありませんよね? 何もありませんようにと」


「ええ」


 代わりに良い話なのだが、謎の玉を食べたからなのか、アズサの体から石化病の兆候が消滅したという。

 先週は確かにあったのに、綺麗さっぱり消失。

 このような例を、診察した叔母レイは知らないそうで、他の担当達も次々とアズサを診察したが結果は同じ。


「龍神王様がアズサさんを見つけて、遣いを送って、死病を一つ治したのかもしれません。最近、睡眠症状もないので落眠石化病も治っているかもしれません」


 あまりにも衝撃的な過ぎる話にしばらく放心。

 父もこのような奇跡が身近で起こるなんてととても驚いている様子。


「アズサさんの寿命はこれで更に不明になりました。まさに神のみぞ知る状態です」


「……なぜ父上はそのように憂い顔なんですか? 新しい病が見たかったからですか?」


「それも薬が効いた可能性が高いらしいです。アズサさんに奇跡が起こったかもしれないことは大変嬉しいのですが、レイス、奇跡があったような女性は神職候補になります」


「えっ? 神職候補? そうなんですか?」


「君のこれまでの素行やこれからの業務で神職の伴侶は難しい気がします」


「……あっ。神職の伴侶は許可制です……」


「ええ。神職の伴侶は許可制で相愛だからだけではあまり。余程の相愛ならともかく、これから交流していきますくらいですと離されます。世間知らずのお嬢さんに、国は沢山ええ男性を紹介するでしょう」


「……」


「これまでの素行不良が無かったら話は変わっていたでしょうけど後の祭りです」


「……そこまでの不良ではありませんでした」


「そこまでの不良ではなくても、不良よりもそうではない男性が選ばれます」


「それはそうです……」


「諦めたくないなら、国に邪魔される前に仲を深めて、彼女にどうしてもと望まれるようになり、素行を良くしておくしかありません」


「……します! 両方しておきます!」


「それなら財務省はやめて農林水省にしなさい」


 絶対に避けるべし。

 それが農林水省で医学関係もないはずだけどなと思案しつつ、父が言うなら何かあると思考を回し続ける。


「なぜですか?」


「少しは自分で考えなさい」


「考えた結果、問いかけました」


「病弱かつ今のところ死病持ちの彼女が神職候補になっても、遠い地に任官させるなんてことはありません」


「ああ、オケアヌス神社に配属されますか?」


「おそらく。病が治った女性は豊漁姫にはなれませんが、ウィオラさんの下が見つかっていないので、繋ぎとして置いておこうとなりそうです」


「オケアヌス神社の奉巫女達は農林水省の管轄ですね」


「その通りです。ウィオラさん関係で苦労しているので手伝えます、手伝いたいですみたいに入職しなさい。これだと、向こうから推薦状が来る可能性があります」


「入職後にうんと励んで高評価をもらいます」


「漁家さん達はウィオラさんとネビーさんのおかげで我が家に好意的ですから、それを逆手に取って、君自身が好かれるとええです。神職の伴侶から外されなくて済む可能性が出てきます」


「励みます」


「衛生省でしたいことは友人に任せて彼らを支え、自らは区民の食を守る。ついでに今から神職の伴侶狙い。神職というかアズサさん狙いです」


「この作戦や進路って、ウィオラ叔母上に頭を下げたらええですか?」


「ええ、もちろんそうなります」


 悪い話は全部良い話に繋がっていた! と踊りそうになりつつ正座継続。

 アズサのように優しい女性には奇跡が起こるのかと思いつつ、叔父の恩人も優しい人だったのに何も無かった……そのようにアズサにも何も起きていないかもしれないと落ち込む。


 善人でも救われないことがある理由は運も必要だからであり、叔父の恩人が伏せっていた時に、その周りにはたまたま副神様が現れなかったり、龍神王様が寝ていたのだろう。

 うわっ、一ヶ月寝てしまった。死病が流行り出してしまった! というのが龍神王様だ。

 我は視界が広くないのでと鱗から副神を作ったものの、その副神には悪神もいたり、自分達だけでは限界があるから人同士で助け合いなさいとも説いている。


「良い話でも、悪い話でもあるんですが」


「まだあるんですか?」


「ええ。君のことではなくてジオのことです」


「ジオ(にぃ)がなんですか?」


「ジオさんかジオ兄さん。言葉遣い」


「すみません。直します」


 ジオは遊楽女(ゆうらくじょ)に一目惚れして身請けしたという。


「……いや、あの、父上。ジオ兄さんが身請けって、身請けってなんですか!!!」


「前にミズキさんが社会勉強、見学や観察と言うて花街に行ったんです。ジオも連れて。そこで見かけて一目惚れして、売られる前に救出だと買ったそうです」


「……ジオ兄さんのどこにそんなお金が。レオ家総出でってことですか? 遊楽女(ゆうらくじょ)ってそれなりのお店にしかいませんからかなり高いですよね?」


「頭を下げに下げて分割払いだそうです。今後の給与の試算から五十年かけて支払う。途中で死んだら彼女を返しますと」


「よくそんな契約で成立しましたね」


「持ち主の花魁さんが、たまたまウィオラさんの元弟子で、ジオが甥だと気がついたからだそうです」


「へぇ。叔母上は花魁の講師までしているんですか」


「いえ。そうではなくて花魁になる前の話です。もう何年も前、ウィオラさんが置き屋に住み込んでいた頃に、遊楽女の講師仕事も依頼されて引き受けていそうです」


 置き屋は国や地域の行事、事業関係や個人の宴会や祭りで働く芸妓が所属するところ。

 ウィオラは確か置き屋で芸妓だけではなくて講師もしていたはずなので、その延長線だろう。

 それは俺がまだ幼い頃、ウィオラが叔父ネビーと出会う前の仕事なのでかなり古い話だ。


 何も知らないジオは、誠心誠意頼んだ結果だと思っていたが、実はウィオラに恩のある花魁が、彼女の甥なら特別だと交渉に応じたという。

 そんな不思議な縁もあるのか。

 従兄弟のジオは恋愛に興味がなさそうだったのに、真面目で買売春は絶対しないという人間なのに、ミズキと花街に行ったとか、一目惚れしたとか、身請けで結婚するとは驚き。


 つい昨日、彼に会ったのに聞いていないと若干憤っていたら、父にジオはお見合い相手を身請けしたと説明された。

 外街へ出られたナナミはこれからレオ家が支援して新しい生活を送り、働き、落ち着いたらジオとお見合いするという。

 今はオケアヌス神社に一時的に身を寄せて、新生活の準備中。

 ジオと彼女は恋仲だった訳ではなくて、ジオの一方的な一目惚れだそうだ。


「大金を払ってお見合いするんですか? お見合いって、それはいりますか?」


「君はジオに怒られてきなさい。お見合いをして祝言ではなくて、選ばれたいそうです。家族関係で紹介出来る男性ともお見合いしてもらうと聞きました」


「……ジオ兄らしい話です。ああ、それにまぁ、その。俺もその遊楽女さんがアズサさんで交流前なら、買って無理矢理お嫁さんにするのは嫌です」


「言葉遣い。俺ではなくて自分。あとジオさんかジオ兄さん」


「すみません、気をつけます」


 ジオの戸籍は我が家にあるのに勝手にそんな話を進められていたのであまり気分は良くないが、そもそもはレオ家の誰も知らない話でジオの独断や暴走だそうだ。

 終わったことで、今のところ悪い内容の話ではないからレオ家は許したという。


「父上や母上、自分とリルさんも許すことにしました。初めて観光に行った花街で一目惚れした結果ですし、遊女だろうが遊楽女だろうが、身請けは醜聞ではありません」


 むしろお金や支度が出来て高級店の信頼も得られたという高評価がつく。

 ヒソヒソ言う者もいるが、ナナミは商売前の遊楽女なので噂しようにもあまり。

 

「それでそのナナミさんは、アズサさんと知り合い交流を始めました。レオ家で出会って、次はオケアヌス神社で再会したそうです」


 それってジオと俺のお嫁さん候補が仲良くなる可能性があるってこと。


「父上はなぜ渋い顔をしているんですか?」


「ジオがナナミさんの新生活の世話をした日、買い物前に海岸で遊んだ結果、彼女に向かって海から貝が降ってきたそうです。目撃したのは漁師数名やあの辺りで暮らす区民です」


「……海から貝ですか?」


「ナナミさんはオケアヌス神社暮らしになり、まだ数日ですが、既に二回、朝起きたら魚や貝、それに野菜が、彼女に与えられた部屋近くの廊下に置いてあったそうです」


「……それ、もしかして、あの。まさかですか、そのナナミさんって豊漁姫候補ですか?」


「ええ。そういう話が出たそうで、元遊楽女は歌も舞も琴も三味線も出来ますので、そのうち神事に参加するしょう」


「……アズサさんも神事に参加するとこになりますか?」


「ええ、奉納品を運ぶという仕事が既に彼女に与えられました」


「……」


「ネビーさんが豊漁姫の夫で、戸籍上はその弟のジオもそうなりそうで、君もとなると、一族に集まり過ぎだと非難されそうです」


「……自分よりもジオ兄さんが優先ですよね? なにせ彼女を買いました」


「お見合い権をですけどね。ウィオラさんからの情報ですが、役所はまだ動いていないのに、漁師達が百年ぶりの双子姫だ、大豊漁時代がくると噂しているそうです」


 俺が推察したように、俺とジオなら絶対にジオが優先になる。

 俺はというと、アズサが選んでくれて絶対にと駄々をこねないと無理。

 ナナミが他の者達とお見合いをして、ジオを袖にした場合でも似たようなものだが、この話を母にしたウィオラ曰く、ジオとナナミはすぐにくっつきそうらしい。

 ジオは身請けしたから言わずもがなで、ジオに救われたようなものであるナナミもまた彼に好印象そうだと。


「……ジオ兄さんに何も聞いていません」


「ナナミさんの新生活の手配に夢中です」


「……そうですか。……励めることは励みます。出来ることをするしかありません。他に話はありますか?」


「国が選ぶ神職候補はちょこちょこいますが、結局は漁師達が自分達で発見して、この人だと祀りあげて任官に至ります。なので双子姫は誕生するでしょう。それがネビーさんから君への伝言です」


 あとはミズキが引っ越すという話をされた。

 身元不明者アリアに生活能力がついてきたので、最初に保護したレイのところへ戻り、近所の知人宅で住み込み奉公と鶴屋で少しだけ働くそうだ。

 海辺街暮らしをしないで東地区には帰れない、アズサがちょこちょこオケアヌス神社に呼び出されそうだし、赤鹿乗り訓練をさせてもらえそうだからミズキもアリアがお世話になる家に住むことに決まったという。


「そんな話、ミズキから聞いていません」


「新生活の準備やウィオラさんの鬼指導で忙しいみたいですよ」


 ジオもミズキももう少ししたら俺に話しをするだろう。

 この家はユリアかレクスに譲り、俺は海辺街暮らしになるかもしれないと、父は柔らかく微笑んだ。


「あの美しい街に別荘が出来るとは老後が楽しみです」


「……父上」


「なんですか?」


「なんでもありません」


 試験でわざと手を抜いてきたし、下街幼馴染なさいにしてわざと生活態度を悪くしていたし、説教を無視して反抗していたのに、こうして親身になってくれてありがとうございます。

 たったそれだけの言葉なのに、喉につかえて出てこなかった。

 

「レイス、言葉では何とでも言えますが、行動では難しいです。人は行動では中々嘘をつけません。だからええんですよ。おやすみなさい」


 さり気なくそう口にした父は、仕事なのか、仕事関係の勉強なのか、再び筆を取って視線を落とした。

 その涼やかで凛とした姿はかつてない程目に焼き付いて、その日の夜は、似たような青年がアズサとデートする悪夢にうなされた。

 寝る前に祖母に、父上は昔からあのように凛々として格好良かったですか? なんて聞いたせいだ!

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