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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
約束ノ章
9/122

波知

 俺の人生の大半は女装して過ごしているが、男子学生時代は寮生活をしていたため、学校から寮までの間は男の姿で過ごしていた。

 アサヴと一緒に歩くと目立つため、その影響で文通申し込みをされたことがある。

 昔から顔見知りの同年代の門下生の一部に、熱視線を向けられているのも感じている。

 平凡な容姿に生まれたけれど、平均的故に不細工でもない俺は、女性にモテない訳ではない。


 しかし、時の人である天下の歌姫、絶世の美女に気持ちを寄せられたというのは解せない。


「ああ、でも君の元恋人達はイマイチでしたっけ」

「突然何よ。やきもち? それなら可愛い〜」

「違います。色恋での嫉妬は知らない感情です」

「もー! またそうやってつれない。最初だけど最後なんだから、デートの時くらい優しくして! 嫌って程、脈なしなのは分かっているから、夢くらい見させてよ!」


 海へ向かう立ち乗り馬車の中なので小声で会話している。

 ひそひそ、ひそひそ耳打ちされるたびにむず痒い。

 俺の腕から手を離さない彼女に弱くつねられた。


「暴力反対です」

「貴方は言葉の暴力を振りかざしまくっているじゃない」

「正直者ですみません」


 アリアが黙り込んで、空気が悪くなってしまって反省。

 彼女の明るさや強引さが、俺の陰鬱な気持ちを軽くしてくれたことに感謝しているのに。

 立ち乗り馬車を降りたらもう少し優しくしようと考えていたが、立ち乗り馬車の窓から海が見えたら、アリアは大はしゃぎ。


 護衛や馬屋に依頼して馬に乗るのではなくて、立ち乗り馬車に乗りたいと騒いで、次は海よ海よ海よーっである。

 本当に大人しくなくて騒がしい、良く言えば底抜けに明るい女性だ。


 立ち乗り馬車から降りると、アリアは「海岸まで競争よ!」と走り出した。

 そんな暑苦しいことはしたくないので、のんびりと後ろをついていく。

 振り返ったアリアが「早く早く! 競走って言っているでしょう!」と叫ぶ。


「勝ったら何をくれるのですか?」

「私!」


 あまりにもはしたない台詞にむせた。

 要らないので走らないでいたら、アリアは戻ってきて俺の手を取って「冗談よ」と笑顔。


「要らないでしょう? 欲しいものが手に入らないと勝負しようって思わないわよね」

「その通りです」


 少しは優しくして、良い思い出を作ってあげようと考えていたのに俺はまたこんな台詞を。


「高いけど、交易船に混ぜてもらえば手紙やちょっとした小包みを送れるのよ。(フラァ)国の本は欲しくない?」

「……欲しい。勝ったら送ってくれるってことですか?」

「新作の脚本や楽譜もつける?」

「……つけて下さい!」


 思わず下駄を脱いでキジマに投げるように渡して、アリアよりも先に走り出した。

 海岸までは遠くないのであっという間で、急に足元の感覚が変わったのですっ転ぶ。

 海なんて存在しない世界で生きてきて、今日を含めて旅行で二回見ただけなので、砂浜も全然経験が無い。


「あはは。ここで上手く踊れたら楽しそうだ。アサヴ! そう思うだ……」


 振り返って、そこにいるのがアリアで、アサヴではないと落胆。


「本当にあなたはアサヴが好きね! 勝てないって拗ねていないで蹴落としにかかったり、男が二人主役の舞台に立ちなさいよ!」


「そんなの俺は添え物になるだけだ!」


 駆け寄ってきたアリアも砂でよろめく。

 立ち上がったばかりの俺はアリアを支えようと手を伸ばしたものの、上手に支えることはできずに二人で転倒。

 なんだかんだ女性なのでという思考が働き、彼女を庇うように動いたので砂浜に尻もち。


 そこまで痛くはなくて、顔にアリアの胸が直撃したので慌てる。彼女が普段の格好でなくて、着物で良かった。いや、逆が良かった気がする。

 愛も恋もサッパリ分からないけれど、人並みの色欲は有しているお年頃なので、顔面にたわわな胸というのがどんな感触なのか気になる。


 アリアは俺の肩に手を置いてゆっくりと体を離した。


「ごめん。庇ってくれてありがとう」

「公演中の女優が怪我をしたら大変です」

「そうよね。つい、浮かれて。それにしても綺麗ね……。これは本当に海よ。ここと同じく内陸にある華国には煌国と同じく海がなくて、このような大塩湖もないの。でも……故郷にはあって、遠くないから何度も家族で見に行ったわ……」


 不意に、アリアは表情を曇らせて、憂いを帯びた眼差しで海を眺めた。

 水面に反射した太陽光が彼女の新緑色の瞳をキラキラと輝やかしているのに、美しいというよりも、とても悲しい光である。


「ご両親に会いたいですか?」


「ううん……。お父さんもお母さんも私の中で生きているもの。(フラァ)国周辺の戦争は何年も前に終わったけど、レイロウ国がいつどう出るか分からない……。昔々、ずっと昔に、歌で戦争を止めた人がいたんですって。私もそうなれたら良いのに……」


 ゆっくりと腰を下ろしたアリアは俺の肩から手を離して、そっと寄り添ってきた。

 それで、小さく歌い始めた。


「もしも生まれ変わって、また巡り会えるなら……」


 聞いたことのない話に歌なので、問いかけたら詳しくは知らないと言われた。

 旅医者達と一緒に過ごした時に、初恋の人が眠れない夜に教えてくれたおとぎ話らしい。

 その話は事実を元に作られているから、血みどろの争いを歌という人の体を傷つけない武器で止めた素晴らしい者は実在した。

 だから美しい声を持つアリアはもしかしたらその人の生まれ変わりかもしれない。

 だから、


「大事にしなさい、沢山の人を幸せにしなさい。それが自分達へのお礼で、お父さんやお母さんの願いだと言ってくれたわ……。それで……」


 強い潮風が吹き抜けて、アリアの目に砂が入り、痛いと呟く。


「こすると失明するかもしれません。そのまま涙を流しつつ、俺に見せて」

「ありがとう、お願い……」


 砂はわりと簡単に取れた。儚げな眼差しで、大人しい様子でジッと見つめれて急に照れが襲撃。


「もうすぐお別れだから伝えておくわね。人生ってなにがあるか分からないもの」

「そこらの者とは違って、俺達は旧都や華国で再会する可能性がありますし、文通出来るようなので、別に今生の別れ……」


 頬に柔らかな感触がして言葉が喉に引っかかる。

 頬にキスされたと驚いていたら、何も聞こえなくなるくらい、何も見えなくなるくらい集中する姿と、その時の真剣な眼差しが好きと言われた。


「……」

「気がついたら影から見ていたわ。アサヴと違うところは気遣い屋なところ。さり気なく、誰にでも優しいわよね」

「……そう……か? 自分では分からない……」

「エリカに優しくしないで、みたいに嫉妬して気がついた」

「そう……ですか……」

「貴方の歌も演技も気になるけど演奏が好きよ。多彩な音色で変幻自在。それなのにふざけた曲を作って子ども達を楽しませたり、気取ってなくて優しいし、ああいう時の無邪気さはうんと素敵」


 こんなことは人生初で恥ずかしくてならないので視線を落としていたけれど、こっちを見て、と両手で頬を包まれて、彼女の方を向かされた。


「……」

「良かった。少しは照れたり、好かれて嬉しいと思ってくれるのね」

「……そりゃあ、このように言ってもらえるのはありがたいので」


 こんな真っ直ぐな眼差しで、直接的に恋慕を告げられたことは皆無。

 無性に照れてきて、片手でにやけそうな口元を隠す。アリアは俺の頬から手を離し、こんなの恥ずかしいと口にして、俺の胸にくっついてしばらく無言。

 恥ずかしいのはこっちだと、俺も何も言えないので沈黙。


 お互いの従者達も護衛も見てそうなのに良いのか? 離れているから会話は聞こえないとはいえ、とソワソワしてきた。


「文通……してくれる?」

「まぁ……うん」

「本当? 嬉しい?」


 様子見と思って彼女を見たところだったので、顔を上げたアリアと目が合う。はちきれんばかりの笑顔にドキッと胸が跳ねる。


「煌国にいる間に、会いにきてくれる?」

「押してダメなら……引いてみろって言うから……。まぁ、離れたら、もしかしたら、何か思うかも……。何も思わなくても、見送りくらいは行きます。エドゥアールから帰国ですよね?」

「本当? 嬉しい」

「……旅費は出して下さいよ」


 自分で払うのに、なんでこんな天邪鬼なことを。


「もちろん」

「……」


 全く好みの性格ではないし、全く意識していなかったのに、急にアリアの良いところが脳内を駆け巡って、心臓の音がどんどん大きくなっていく。

 お互いそれなりにお金があるし、特にアリアは地位もあるから交易船に乗る手配を出来る。だから、二度と会えないということはない。

 彼女は芸に固執していないから、家族と共にこの国へ移住してくれれば良いのに。

 

「……何? 何、何、何⁈」


 ごくごく自然に彼女の手を取ったらめちゃくちゃ動揺された。


「男は単純で守備範囲も広いから、好みからわりと外れていても、気立の良い性格良しで尊敬出来るところがある女性にグイグイ来られたらまぁ、うん。少しその気になりました」

「……その気に?」

「照れて大人しくなった愛くるしい時は結構好みです」

「……」

「見かけや言動と異なり、君はとても器が大きくて、慈しみがあります」


 一生懸命褒めてくれたのでお礼と思ったけど、これはとてつもなく恥ずかしい。

 改めて感謝の念が湧いてきて、同時に随分前から惹かれていたのでは? と感じた。


 そうでなければ、このように彼女達百花繚乱についてこなかった気がする。

 目を閉じた時に浮かんだのは、俺を膝枕して大丈夫と俺に笑いかけてくれた時の柔らかな微笑みだった。


「そ、そ、そ、そ、そんなの当然よ。私はアリアなのよ……」


 ペラペラ偉そうに喋らない彼女の方が好みなので、唇を唇で塞いでみた。この甘美さは確かに理性を失くしそう。

 人に見られたくないので、砂浜に落ちている日傘を手にして開いて二人の姿を隠す。


 一度ついた火は基本的に燃え上がるもの。


 俺は無我夢中で彼女の唇を味わった。

 波の音が、まるで祝福の音楽のように感じられる——……。

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