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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
応報ノ章
83/122

 同僚達に「ジオ」と名前を呼ばれるたびに上の空。

 新人はしっかり仕事をするものなので懸命に筆を待つ手を動かしているけど、進みは悪い。


 俺は自分を平均的には優しく、正しい人間だと思って生きてきたのに、叔父に真逆の指摘をされてしまった。


 今夜は従兄弟レイスと文通している豆腐屋のお嬢さんが、友人ミズキと遊ぶ為に我が家に泊まる。

 彼女は他の人達と同じくまだミズキを女性だと信じているので、女性友達と遊ぶための宿泊だ。

 従兄弟の文通相手が泊まりに来るので、同じ屋根の下に同年代の男性は避けるべしということで、俺が今夜帰るのは我が家ではなくて親戚のルーベル家。

 そのはずが、父が職場に現れて、仕事が終わったら二人で外食と告げた。


「父上、ネビー叔父上から何か聞きました?」


「珍しく職場に来て一言二言。正直なんであそこまで怒っているのか分からない」


 父が近くの茶屋で待っていると告げると、上司が新人なのに残業続きだったのでと帰宅命令を出してくれた。

 それで父と二人で街を歩き、仕事について問われたので答えていたら、街外れの懐かしい前家付近の河原に到着。

 なぜここへと考えていたら、座るように言われて、その立派な制服が汚れないようにと手拭いを敷いてくれた。


「父上の着物も汚れないようにこちらをどうぞ」


「二枚敷いて足りるくらいだから自分で使いなさい。この作業用着物は既に汚れまくりでボロボロさ」


 俺は無から有を作り出す父を尊敬していて、父も胸を張って沢山働いたからボロボロと笑うから更に。

 才能があれば俺も竹細工職人になりたかったけど、祖父は後から生まれた年下叔母、才能豊かな自分の娘に夢中。

 俺はあまり器用でないところも見た目も母ではなく父に似た。

 それを悲しいと思うこともあるし、とても嬉しくて誇らしい時もある。

 祖父母や母が、縁の下の力持ちを並べたら父の右に出るものはいなくて、そういう人間こそが世界を支えているといつも褒めるから。

 だから俺は自ら火消し達の縁の下の力持ちを選択した。

 

「今日は何を作っていたんですか?」


「早くも鯉のぼり。かなり細かい注文の変わりに高額な依頼が入って、意匠について親父とルカさんが喧嘩中。仕事にならないから旦那さんの補佐をして、それも終わってさっさと帰宅」


「完成したら見たいです」


「もちろん、納品前に見せる」


 ここから父は無言。眼前に広がるトト川を眺めているだけになった。


「あの、父上」


「何をしてネビーをあんなに怒らせた。あいつが激怒した時、その怒りはいつも自分に向けられている。どうしてあいつに自分を責めさせた」


「……自分は叔父上に自責の念を与えたんですか?」


「多分。ああいう拗ね顔で怒っている時はそうだ」


「叔父上が自責……」


「バカの息子でバカの甥なんだから一人で大事な決断をするような人間に育てるなって言うて去ったんだけど、何があったんだ? あいつが帰ったら聞かされるけど、先に本人に聞こうかなって」


「……」


 叔父は自分を軽蔑するような目をしていたけど、あれは自責の念を抱いて拗ねた顔だったのだろうか。

 隠しても叔父はきっと全て父に話すはずなので、今日、何があったのか説明。

 話せば話すほど、情けなさで胸が苦しくなってきた。

 父は口を挟まず、最後まで耳を傾けてくれた。


「あー……。期待外れというか、予想よりもジオの能力が低かったからつい苛々(いらいら)したのか。あいつは最近、色々な人間に落胆しているから、沸点が低くなっているんだろう」


 半分以上八つ当たりで、今週中には自分が愚痴聞き係になると父は面白そうに笑った。


「……八つ当たり……とは思えません。叔父上の指摘は全て正しかったです」


「そう育てられたから、あいつには相手を正論で殴る癖がついている。期待している部下ならともかく、新社会人の甥っ子に甘えようとしたって、今頃自分に腹を立てているだろうなぁ」


「叔父上が自分に甘えようとですか?」


「人手が足りないから助けて欲しいんだろう。そもそも、兵官じゃなくて火消しに行ったから拗ねてる」


「それは叔父上が兵官関係だと自分と比べられて大変だろうし、幼馴染達を助けて欲しいって言うたからではないですか」


「それでも憧れの叔父上と肩を並べて働くとか、叔父上を支えますって言われたかった面倒な人間ってこと」


「……そうなんですか?」


「あの星空があるところをさ。宇宙って言うのは知っているよな?」


「はい。学校で習いましたし、家族からも教わりました」


「あの宇宙に人が住んでいたら絶対に意思疎通が難しい。育った環境が違い過ぎるから。そういう思考が難解な人間を宇宙人と呼ぶことがある。ネビーはわりと宇宙人」


「叔父上が宇宙人……」


「怒ったように見せかけて怒っていなかったり、激怒は相手じゃなくて自分に向いていたり、突っ込んで聞かないと理解不能。俺の予想では、ジオは軽蔑されたんじゃなくて、こうしたら励むだろうって尻を叩かれただけ」


 それはつまり、叔父と話しなさいということかと問いかけたら、それも有りと言われた。


「尋問官って多分そういうことじゃないかな。彼女からしっかり話を聞きましたか? 聞いていませんよね? 彼女は加害者なのか被害者なのか、罪を見過ごすに値する人間なのか確認しましょうって」


「……後から自分もそう感じました」


 叔父のことだから、俺が会いに行ける範囲に彼女を配置したはずだから、尋問官をしてみなさい。

 父に、お説教は期待の表れだから励みなさいと背中を軽く撫でられて背筋が伸びる。

 今夜の俺はルーベル家の予定だったけど、父が叔父の様子見をして判断したいということで帰宅。

 俺の夕食は無い予定だったので、二人でうどんを食べて、風呂屋に寄って帰宅して、レイスの文通相手と会わないようにミズキが暮らす離れへ。それでミズキに部屋に招かれた。


「で、ジオ。ミズキには話したのか? 家族親戚をそれとなくヒナさんの世話役にしようと計画したってことは、二人はそのうち会うぞ」


「……あっ。そうでした。ミズキも気がつきそうです」


「多分そのヒナさんでしたら、ネビーさんが根回しして我が家に来ましたし、もう会いました」


「えっ? ここに来たんですか?」


「彼女の名前を口にしたということは、ジンさんも彼女の存在をご存知なのですね」


「ネビーはまだ帰ってなさそうだけど、ミズキはあいつに何か言われました?」


 父の問いかけにミズキは首を横に振り、知ってそうなので師匠に報告して指示を仰いだと回答。


「ジオ、まずはミズキから学べそうだから二人で話してみなさい」


 父が去り、俺はミズキと二人きり。

 彼は今日も今日とてお嬢様の格好で、所作も完璧に女性だけど、俺と二人だからか男性声を出した。


「そのような浮かない顔をして、どうしたんですか?」


「足抜けは死罪で……それは可哀想だけど匿う訳にもいかないので……」


 こうした結果、即座に叔父にバレて激怒されたと教えたら、ミズキは愉快そうに笑い始めた。


「高額商品の足抜けは連れ戻しですのに、なぜ死罪だと思い込んだのですか」


「……連れ戻しなんて聞いたことがなかったです」


「逃したとなれば、役人や兵官の失態で大減点ですから揉み消します」


「……詳しいですね」


「創作話に色々出てきますし、それが現実を下地にしていることも勉強済み。君は創作物にあまり手をつけないから、世間知らずなんですね」


 彼女を見かけた瞬間、この面倒事は優しい権力者に任せれば色々丸くおさまると判断して、ミズキは師匠であるウィオラに報告。

 なのに君はなんでそんな頭の悪いことをしたと、ミズキに嘲り笑いをされて意気消沈。


「……励んでいるけどバカなんです。あれっ。あそこの三味線……」


「捨てたんですが捨てられなくて、(おぼろ)屋に取りに行きました」


 部屋の隅に包帯を巻かれた三味線があったので視線を向けたらそう説明された。

 まだ修理する気にはならないけど、手放すことはもうない。

 矛盾を抱えて葛藤中ですと、ミズキはどこか吹っ切れたような笑顔を浮かべた。


「そうですか。前よりもええ顔です」


「あの三味線、多分彼女が手当てしてくれたんですよ」


 おいでというように手招きされて、二人で三味線に近寄ったら、巻かれている包帯に手紙が刺さっていた。

 ミズキはそれを手に取り、宛名をこちらへ向けた。そこには誰宛なのか何も書いていない。


「読んだら君宛でした。名も知らない君への恋文。恋文というか営業手紙です」


「営業手紙?」


「この世で最も大切な初の夜は、気持ちの通う相手と共にと夢見てしまいますって」


 花街は虚構や嘘の世界なので、この手紙はあくまで今後売り出される自分に客をつけようという営業だろう。

 朝露花魁の後釜が、まもなく水揚げされる、相手は誰だとあの花街ではその話題で持ちきり。

 なのでこうして水揚げしたいと手を挙げる客を増やして、その中から選びたいから営業中なのかもしれない。

 ミズキはそう語りながら、手紙を開いて中身を演技付きで読み上げた。

 かわゆい。儚げで悲しく、いじらく、大変かわゆい。

 あの美少女ヒナが今のように目の前で喋ったら、かわゆい女性には誰にでも弱い俺は多分イチコロ。


「うわっ。真っ赤。本当、君は女性慣れしていませんね」


「縁談開始前ですから当たり前です」


「アリアに呼ばれて、一緒に助けてあげましょうねって、ヒナさんを盗み見したのが彼女との再会です。その時、彼女は眠っていました」


「それですぐ叔母上に密告したんですか」


「ええ。君がネビーさんに怒られた話も聞きました。それで二人で彼女から色々聞き出しなさいと命じられました」


 今夜は特別稽古があり、ヒナは明日からオケアヌス神社の保護所暮らしになるので、二人でそれとなく尋問するのは明日以降。

 今夜は解散ということで、俺は二階で一人、眠れない時間を過ごしてゴロゴロ。

 あまりにも眠れなくて、刻告げ鐘が鳴らない時間帯ならレイスの文通相手と会わないと考えて庭をぷらぷら。


 歩いていたら庭の隅に、たまにいる川蛇が二匹いて、ぐるぐる回っていたので面白いから見学。

 従兄弟のオルガとラルスだけは近寄れるけど、他の者達だと一定距離近寄ったら素早く逃げてしまうから少し離れて見るだけ。

 二匹で回るだけではなく、上下にも動くので、鉛色の硬そうな鱗に月の灯りが乱反射して綺麗。


「い、いゃあああああ!」


 小さくて苦しそうな声がして顔を上げたら、近くの木の下でヒナが何かを手で払うような仕草をしていた。


「どうしました?」


 夜中に女性、それも今のところ犯罪者と二人なんて良くないと考えつつ、困っているから助けなければと自然と体が動いた。

 彼女は浴衣をばさばさ払って、涙声で「蜘蛛(くも)っぽいのがいた……」と呟き、俺を見上げた。

 雲がなくて月が良く輝いているので、彼女のうるうるした上目遣いがよく見えて、心臓がバクバクしはじめる。

 俺は本当に同年代の女性に弱い……。


「もういなそうだから大丈夫です」


「うっ、ゔぇぇぇえええええ」


 しゃがんだと思ったらヒナは四つん這いになって木の根元に吐き始めた。

 吐くものはあまりないのか出てこないようで、えずいて辛そう。

 人助けの場合でも女性に触れるのはあまり推奨されない。

 なので手拭いを折りたたんで、背中をトントン軽く撫でることに。


「大丈夫ですか? どうしました? 医者へ行きますか?」


「……げほげほっ。お"えっ……。心のせいだから平気……」


「心? 大丈夫には見えません」


「嫌がらせで蜘蛛(くも)を食べさせられてから嫌いなの。視界に入ると気持ち悪くてならなくて。我慢出来る時もあるけど、突発的だったり、大きいと……」


 咳き込みながら淡々と告げられた台詞に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けて全身に鳥肌を立てた。


「そんな……誰に……」


「同年代の(らく)。不細工めだから、綺麗な私は敵視されてた。得意の三味線も私に負けて……。黙っていたのに他のバカが内儀(ないぎ)に言って、水責めにあって、その後熱で死んだ……」


「……。その辛さもあって、蜘蛛(くも)が苦手なんですね……」


「私だってお嬢様だったのに! 私だって、私だって……あのまま育っていたら、蜘蛛(くも)を殺してなんて言わないし、蜘蛛(くも)さんって呼ぶし……。シーナ物語っていうのも読んでいて、友達に……うぇええええええ……」


 私だってという言葉が引っかかって質問しようとしたけど、ヒナはそのまま俺にすがりついて、見逃してくれて、助けてくれてありがとうと泣き続けた。

 俺は彼女を無視して助けなかったのに、なんでそんな誤解……。

  

「あの、お嬢様だったのにってなんですか?」


「何って……言わなかったっけ。誘拐されて売られたの。逸れたら怖い人に何をされるか分からないって教わって育ったのに、守らなかったから……」


「ゆ、誘拐されて売られた? えっ? あの。君は口減らしで売られたとか、親が借金返済のために売り飛ばしたとか、虐待されて保護されたとか、捨て子ではなくて、誘拐されたんですか?」


「そうだけど……」


「そうだけどってそれは大犯罪ですよ!!! 足抜けの罪なんて吹き飛ばせるくらいの!!! なぜそれを先に言わないんですか!!!」


「……そうなの? だって兵官も店も誘拐犯もグルでしょう? 花街の一部ってそういう仕組みなんでしょう?」


「全く違います!!!」


 ヒナはポカンと間の抜けた顔をして何度か瞬きして、震え声で首を横に振った。


「嘘。今のは嘘。姉さんや姉妹達がふざけて言うから……。捨て子。私は捨て子。うん……そういうことで……。私、これから逃げるから……。ここにいたら親切な皆が、いざって時に巻き添え死刑でしょう?」


 この言葉の意味は朝露花魁や親しい姉妹同然の者達を巻き添え不幸にしないで欲しいということだろう。おまけに俺達の心配まで。

 逃げる前に俺に感謝を伝えたくて、どこにいるか不明だからミズキに伝言して去るつもりだったと、ヒナは続けた。


「助けてくれてありがとう。知恵をくれたから別の場所で兵官に上手く助けてもらう」


 俺は髪をぐしゃぐしゃに掻き、小さく呻いた。

 

「自分は君の手を振り払って見捨てようとしたんですよ……。見ない振り、知らなかった振りで……」


「再会するだろう、世話焼き家族が世話するかもって言ってそうなったのに? 計画通り助けられたけど」


 手を取られて、ありがとうと笑いかけられて、こんなに世界が美しいのは家族といた頃以来で久しぶりとヒナはまた可憐に笑った。

 (おぼろ)屋で見た笑みとまるで違う、本当にかわいらしい笑みは俺の胸をときめかさず、人生で一番ではないかというくらいの激怒を噴出させた。

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