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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
応報ノ章
79/122

 立派な塀に囲われた、これまた立派な門のある広そうなお屋敷に到着。

 副隊長ともなるとお金持ちだなぁと眺めていたが、来客対応で顔を出した人物の容姿に驚く。


 私にも勝るとも劣らない美しい女性はどう見ても異国人だ。

 水色の矢絣(やがすり)柄の小紋を着た女性は、肌が見える顔や手足が雪のように白く、目鼻立ちははっきりとしていて、目は私くらい大きく、まつ毛は長い。


「どちら様でどなたに用件ですか?」


 使用人らしき異国女性の問いかけにカインが用件を述べると私達は門の中へ通された。

 黒い中型犬が寝ていたけど起きて私達に向かって吠え、異国人が異国語っぽい言葉を告げるとまた寝た。

 玄関から屋敷内に入ると、質素な造りで飾りもないけど、彫刻など内装は凝っているので見るのが楽しい。

 悪趣味なゴテゴテ屋敷は遊楼みたいで嫌だからホッとする。


 使用人が私達を案内したのは広い板間で、そこには子供が何人もいて机を並べていて、床の間を向いていた。

 そしてそこには中年女性が正座して本を開いている。


「ウィオラさんにお客様です。お客様は女性兵官のカインさんで、ネビーさんからの指示があったそうです」


 ウィオラって確かジオの身分証明書に記載してあった義姉の名前。

 戸籍上は兄のルーベル副隊長の妻は、ジオの義姉になる。

 ジオの身分証明書にはどちらの兄の嫁とは書いてなかったし、義姉というのが養子の可能性もあったけど、これで繋がった。


「初めましてカインさん。それからそちらのお嬢さんも。アリアさん、お二人を客間へお願いします」


 平凡顔の穏やかそうな良い香りがする女性があの地味顔副隊長の妻、となんとなく観察。

 おそらくこの女性は善人だ。なにせ懐かしい母と似たような匂いがする。


「はい」


 客間に案内されて、座布団の上でソワソワしていたらお茶を持ったウィオラが来た。

 お運びを使用人にさせないで自ら持ってきたのは、訳あり話が始まると察したからだろうか。

 カインがルーベル副隊長からの手紙をウィオラへ渡して彼女がそれを読み、終了すると自己紹介された。

 それで甥がしたことを謝られ、お詫びも兼ねて少しばかり手助けしますと笑いかけられた。

 顔の作りは違うけど、嘘偽りのない眼差しと笑顔はカインとそっくり。

 これが外街という世界みたい。


「後は任されますが、ご心配ならいつでも訪ねてきて下さい」


 ウィオラにこう言われたカインはお礼を告げて、他の仕事に行くと退室。

 二人きりになったら仕事を斡旋してもらえるのかと思ったらそうだった。

 少ししたら一緒に仕事を探しましょうと言われたので。


「精神的にまだお辛いようでしたら少し休んでから働きましょう。もちろん、出来ることはしていただきます」


「いえ、あの。開放感で元気なのですぐに働きます」


「それは開放感ではなくて気分の昂りで、あまり良い精神状態ではありません。家出人の情緒がおかしくなるのは数日後からです」


 明日、ウィオラは神社に出勤で、その後に神社が運営している保護所へ顔を出すから私はしばらくそこで暮らしてもらうという。

 保護所は成人の一時避難場所でとあるだそうだ。

 あまり知られていないから、必要な人に必要な支援が届かず歯がゆいと彼女は困り笑いを浮かべた。

 

「家も身分証明書も捨てたそうなので、今夜は一晩この家に泊まって下さい。宿代より安くしますので」


「……ありがとうございます」


 お金は取るのかと思ったら、公的支援だと一先ず格子の中になると説明された。

 身分証明書がなく、被害を届けない人間は不審者だからとも。

 だから今の私に使われる公金は格子の中という個室と握り飯くらい。


「つまり、ここは一時的な牢獄の代わりです。夫が独断と偏見で加害者よりも被害者だと決めてここへ寄越しました。なので公金ではなくて私財を使います」


「副隊長さんに、そういう説明はされなかったです」


「説明も任されましたので、こうしてお話ししています」


 資金不足では誰も救えないのである人からはもらう。

 私の手持ち金だと適正価格は夕食、朝食、お風呂付きで五銅貨だそうだ。


「宿より安いですよ。宿が良ければ一緒に探します」


「いえ、お願いします。ご厚意に甘えます」


 家族は多いし、きっと家族関係で嫌な目に遭い家を捨てたようだから、賑やか仲良し家族は目に毒だろう。

 なのでこれから案内する部屋で過ごして、同じ部屋で寝る女性達、特にアリアに世話してもらう。

 そういう訳でとアリアが呼ばれて案内をしてくれることに。

 ウィオラはアリアに私のことを「夫が街で保護した家出お嬢さん」と紹介して去った。


「ねえ、なんで家出なんてしたの?」


 ジロジロ見て失礼だなと考えながら、首を横に振って話したくないと拒否。


「うわっ。何この怪我。これ、誰かに煙草を押し付けられたんでしょう。最低。それで逃げてきたってこと?」


「……まぁ」


「私も何かあって、それが嫌過ぎて忘れちゃったみたいなの。小さい頃のことしか覚えてないわ。だから私も多分家出人」


 明るくて元気に見えるのに、彼女にも悲しい過去があるとは。

 おいでと手招きされたので素直についていく。


「私、よくうなされて目が覚めるからありがたいことに一人部屋になったの。一緒に寝る人に迷惑でしょう? ヒナさんは今夜私と一緒に寝るから起こしたらごめんなさい。怖くなって私を起こすのは良いわ」


 彼女もカインやウィオラと同じく優しい香りがする。


「ありがとうございます。あの、多分家出人って、それって気がついたら街を歩いていたんですか?」


「海で溺れていたの。真冬の海に入るって入水自殺よね。死のうとしたことを忘れたなんて幸せなことだと思わない? しかも親切な家に拾われたし。私、もうすぐ働いてみるのよ!」


 アリアはよく喋る女性のようで、ようやくお金を稼げるから恩人にお金を返せるという話を始めた。

 話を聞いていたら彼女の部屋に到着して、可愛らしい内装の部屋なのでしげしげと観察。

 これらを全部、副隊長夫婦が彼女に買い与えたなら、なぜ自分はここに住み込みではなくて、すぐ保護所なのかと思う人もいそう。

 私はいつ嘘がバレるか分からないから副隊長の家からさっさと逃げたいので別にだけど。


「可愛い部屋よね。ここはお嫁にいった娘さん達の部屋だから、部屋のものを壊さないように気をつけてね」


「気をつけます」


 部屋にあるものはアリアに買い与えたものではなかったようだ。


「もちろん、盗まないように。保護から逮捕になるわ」


「盗まないなんて、当然のことです」


「そうよね。でもその当然が出来ない人もいるから一応」


 とりあえず休ませてと言われたので休ませる。

 ここで好きに過ごして良いし、ここからすぐの庭に出たり、縁側にいるのもあり。

 ここにある本もどれでも読んで良いという。

 

「炭をもらってくるから休んでて」


「ありがとうございます」


「どういたしまして。私が困ったら同じくらい助けなさいよ」


 アリアは楽しげに肩を揺らして去っていった。

 こんな感じで次から次へと良いことがあるならサッさと足抜けすれば良かった。

 足抜けしたってすぐに捕まるし、すぐではなくてもいつか必ず捕まるし、そもそも家も仕事もないから出戻ることになる。

 外だって地獄だと言われて育ったけど、私の記憶の中の外街は平穏そのものだったから、脅しで大嘘だと思っていたけどやっぱり。


 アリアの手で火鉢に火のついた炭がいれられて、一人と賑やかなのはどっちが良いかと問われたので一人を選択。

 火鉢にわりとくっついてぼんやり。

 

(どうやったら家族を探せるだろう……)


 愛娘、可愛い妹が拐われてきっと心配しているから帰れたら喜んでもらえそう。

 でもどうやって私は私を「ナナミ・カライト」だと証明すれば良いのだろうか。

 おまけに誘拐されて朧屋なんて言ったら、足抜け罪は減刑されそうだけど、残してきた借金が家族に降りかかるかもしれない。

 朧屋はきっと罰を受ける。あの誘拐犯は捕まえて欲しいけど、朧屋の従業員全員が誘拐に関与している訳がない。

 なにせ、遊女や遊楽女は売られた者が多い。

 朝露花魁は嫌いではなかったし、数人は友人がいるから朧屋取り潰しは嫌だ。


 普通に連れ戻されたら、理不尽気味にあの街の全てに対して恨みをぶつけるけど。

 燃えてしまった方が救われるのでは? という同業者もいるし。

 私は自分が理不尽な人生を歩まされることに、あの街でもう耐えたくない。


(疲れたな……。あの人もお父さんなのか……。娘を心配……親切にされた分……協力……眠い……)


 娘の名前は確かマリ……。

 自分の体はとても大切なので見せてはいけない。ましてや触らせるなんてもっと。

 ナナミは私達の宝物だから、私も自分を大切にしなさい。

 喧嘩したあの子も誰かの宝物だから、一人を傷つけることは何人もを傷つけることと同じ。

 親切にされたら恩を返して、更に他の人にも同じように親切にしなさい。

 そんな風に優しくて正しかった両親が恋しい。

 

 明日、保護所へ連れて行かれる前に、質屋との約束を守りたいと申し出てみよう。

 そう考えていたら、睡魔に飲み込まれていった。

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