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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
恋慕追走ノ章
74/122

再 一

 実り豊かな黄金に輝く長い巻き毛。

 太陽を浴びたことがないから透明感のある真っ白な肌。

 ——は今日もぼんやりと隔離施設の中央、白い床に体を丸めて座っている。

 いつも通り格納庫に繋がれた鉛色の——の前駆体が緑色の目で——をジッと見つめていた。


「君を人にしようと思う」


 彼が——の傍に腰を下ろすと……の前駆体の目が真っ赤に変わる。

 それでも彼は——の髪の毛にそっと触れた。

 手入れされていない髪はまるで本物の人形のようにキシキシとしている。

 ——は赤い瞳で彼を見上げた。

 途端に隔離施設内に……の前駆体達がけたたましい歯軋りの大合唱を響かせる。


「僕は罪を悔い改める。例え造られた命といえど同じ命。自由を得る権利がある。共に行こう。君に名を与える。僕と共に人として生きよう」


 ——は無表情のまま小さく首を横に振った。


「……達は僕の力では連れて行けない。持てるだけの培養孵卵器を手に入れる。彼等にも君と共に自由を」


 ——はまた小さく首を横に振った。


「このまま殺戮兵器、道具でいたいのかい? 分からないか」


 ——は今度は顔を動かさなかった。

 彼が待っていると少ししてから——は首を横に振った。

 やはり彼女はただの人形ではない。消えそうなほど小さくても自己意識の火は灯っている。


「全ては救えない。僕は小さ過ぎる。でも未来は開けるはずだ。君は変われる。新しい命となって共に生きよう」


 彼は——に両手を差し出した。しかし彼の手を払いのけて——はゆっくりと立ち上がった。

 それから隔離施設内部を見渡す。

 ……の前駆体達が親愛を示す緑色の瞳で——を見つめていた。


「僕は罪に耐えられない。君を人にする。兵器は命になる」


 テルムは白衣から鎮静剤入りの注射器を取り出して素早く——の腕に打った。

 眠りに落ちた——を抱えて、騒ぎ始めた……の前駆体達の生命維持装置の操作盤まで急いで歩いた。 格納庫の扉を閉じて栄養管の電源を落とす。


「すまない。新しく産まれる君達は本当の命となる。そして自由に生きるんだ」


 彼は隔離施設に背中を向けた。


 そうして、彼は——と共に過ごすようになり、やがて愛した。

 ——は彼の娘となり、愛されて、やがて恋を知る。

 彼は娘だけではなくて息子、そして孫を手に入れて幸福になり、やがて不幸のどん底へ叩き落とされた。


 この世に神などいない。

 残酷で、理不尽で、希望のない世界で、正しい者は生きられない。

 降りかかった火の粉から逃げ続けても最後は炎に飲まれ燃やされる。戦わなければ殺される。

 数多の者に、そういう意識が深く、うんと深く刻まれた。


 人工的に造られた命は意識を共有する。

 細胞には記憶が刻まれていき、それは共有意識の海へと広がるので、血液一滴だけでも残れば、あらゆる命の記憶や意識が受け継がれる。


 輪廻応報。

 次の命へと生まれ変わってもそれまでの行いの善悪により報いを受け続けるという言葉は、それらの副産物だ。


 例えば、アズサ・クギヤネは夢の出来事を前世ではないかと考えたが、実際にはとっくの昔に亡くなっている親戚の記憶が、血縁者のアズサの細胞にはたまたま濃く刻まれていて、それが不意に表に出ただけ。

 

 彼は娘を愛し、その夫となった者も愛し、孫達を愛した。

 娘夫婦はそれぞれ悲惨な最後を迎えたが、彼はある日、血に宿る記憶などについて気がついた。

 娘と息子が殺された後、孫達と道を違えたが、三つ子達を想わなかった日はない。


 娘達の記憶は体液を媒介して広がり続けると悟った彼は、永遠に愛することにした。

 逆に、敵のことは呪っている。呪い続けている。


 永遠に許さない。


 ☆ 約千年後 ☆


 大昔、クロディア大陸が別の名前、形であった時代には、飛雷石科学というものが存在したのだが、今はその技術も知識も失われている。

 また、電気科学というものも存在していたのだが、その技術や知識もほぼ失われかけている。


 ロストテクノロジーの一つ、飛行船は飛雷石科学と電気科学その他で出来ているのだが、それを毛嫌いしている生物達がいる。

 百花繚乱(ひゃっかりょうらん)が乗船した飛行船には、愛する——の匂いがする者がいたので、とある生物一匹は、そばにいて守ろうと考えた。


 歌姫アリアは、どちらかというと裏切り者や敵の匂いが強めな存在で、その血や細胞は呪われているようなものだったが、恋を叶えて愛しい相手と唇を重なった結果、その体内にある——の血や細胞が活性化された。

 ミズキ・ムーシクスは現在、神職の親族である。

 煌国における神職は、彼らは知らないが——により近い者達である。


 百年、千年経過しても、彼らは——を愛していて、あまり進化していない目や耳ではなくて、別の感覚で認識している。

 だから彼らは——に近い者のところへやって来たミズキをすぐに愛した。

 その匂いを覚え、こっそりついてまわる程に。


 彼らの意識は共有されているので、歌姫アリアをミズキだと錯覚した一匹は、彼女にくっついて乗船。

 偶然姿を見た乗組員が、害獣だと敵意を向け、その乗組員が敵や裏切り者と良く似た匂いであったため、彼の中にある雷石科学と電気科学その他への嫌悪は臨界点を突破。

 

 政府がいくら調べても分からない飛行船事故は、そのようにして起こった。

 彼は激しく憎悪し、飛行船の動力源を破壊して我に返る。

 何が起こったのか分からないが、どうやら愛する——が危ないとアリア探し。

 彼が発見した時、アリアは火に取り囲まれていた。

 燃やされる。

 また燃やされる。

 愛する者がまた燃やされる。


 その意識を共有している者達は——を今度こそ守ろうと集まりかけた。

 しかし——と誤認されている歌姫アリアは同僚の手により脱出装置と共に空へ。


 記憶喪失者アリアが発見された海は、(フラァ)国の飛行船事故現場と離れすぎているし、彼女の発見時刻は、飛行船の墜落時間とほとんど変わらなかった。


 その為、ミズキも、彼の親戚も、歌姫アリアは恋人と会う為に乗船せず、南地区へ向かう途中で飛行船事故を目撃して絶望し、自死を選んだのではと推測している。


 しかし、事実は異なる。

 彼女は連絡もなく見送りに来なかったミズキを心配しながら、連れて来た子供達に対する責任感で飛行船に乗っていたし、炎や煙に襲われた。


 不完全な脱出装置、パラシュートは彼女の体をなんとか墜落から防いだ。

 その遥か上空で、集まっていたものたちは羽をうんと動かして——を救おうと風を送った。

 彼らは今すぐその体を使用して——を助けたかったが、人の領域に大々的に姿を現すと問題が起こることを理解しているので、アリアに近寄りはしなかった。

 

 うんと遠くまで飛ばされた歌姫アリアの体に取り付けられた脱出装置は、崖から伸びる大木の枝に引っかかり、壊れ、その役目を終えた。

 火災の煙を吸って意識が朦朧としている彼女はそうして、煌国の南西農村区にある真冬の海に落下。


 海岸からは遠い、海流の激しい、着衣の人間が泳ごうとしてもまず助からない場所である。

 そもそも、歌姫アリアは泳げなかった。


 凍てつくような水に、アリアの心臓はあっという間に止まり、意識は途切れ、激しい海流が、飛行船の破片同様に彼女の頭に衝撃を与えた。

 アリアの記憶がかなり奪われたのは、精神的苦痛よりもそれら外的要因である。


 水の中なら人に姿を現さなくて済む。

 海の中にもいる彼らは、それぞれ特技を活かして彼女の心臓に微細な電流を与えて再度動かしたし、その体を温め、必死に海岸方面へ運んだ。

 

 砂浜に人がいると気がつけば、物を投げてその気を引いた。

 水を飲みすぎると人は死ぬと知っている彼らのうちの一匹は、その喉に飛び込んでこれ以上水を飲まないようにした。

 その時に、毒の強い部分を噛みちぎり、その触手で止血。


 水を飲み込まないようになったが、それでは窒息してしまう。

 喉の痛みで意識を取り戻したアリアは、それを吐き出し、生きたい、生きようともがきにもがいて、会いたい人の名前を必死に叫び続けた。


 歌姫アリアは何も知らない。

 なぜ飛行船が燃えたのかも、数多の命が失われた理由の一つに自らの恋が関係することも、自分が助かったのはなぜなのかも、何も知らない。

 やがて命を蝕む病が喉に発生していたが、それが取り除かれたことも当然知らない。

 そして、これからも知ることはない。


 ☆


 親切な女性だと思っていたミズキが男だったと知ったアリアは放心状態。

 お風呂から上がって裸同然だったミズキが着替え終わって戻って来るまで、ずっとぼんやりしていた。

 ミズキが戻ってくると、なぜ騙したと非難。

 すると、彼はアリアのことだけではなくて、仕事の為にあらゆる人を騙しているので悪気はないと説明した。


「そうなんですよ、アリアさん。ミズキは役者で、女性役ばかり演じるので、日々、修行しているんです」


 ジオがアリアに困り笑いを向ける。


「驚愕されたということは、見事に演じられていたということなので嬉しいですが……すみません」


 男性物のユカタ姿に、高いところで一本結びのミズキは、これまでアリアが接してきたミズキお嬢様と似ているけど別人。

 可愛らしい顔立ちだったのが、化粧がなくなって、垂れ目がちで穏やかな顔立ちは同じなのに、どこからどう見ても男性になったし、声も少し異なると、アリアはしげしげとミズキを観察した。


「声も……違う……」


「んんっ。ミズキお嬢様だとこの声色です。あー、あー。俺の地声はこうです」


「声を変えられるの⁈」


「まあ、はい。練習して何種類か変えられます」


「何種類も? 二つだけじゃなくて?」


「ええ」


 ジオのはからいでミズキは男性だと知ったアリアは、その男性姿に胸をざわめかせた。

 夢の中に現れる、顔の見えない一つ結びの青年と重なるので。


(私の夫か恋人だろうあの人は、私のことを探しているはずだから……。この間初めて会った、何も言わないミズキは違うのに……)


 ミズキに似た人物を探せば良いとは朗報。

 アリアはそのように歓喜した。


 一度あったことが二度あり、三度あったように、やがて彼女は再び恋に落ちる。


 あなたに出会い、全て輝いて、私が生まれ、燃えるような星々に手を伸ばした


 生まれ変わってまた巡り合いたい


 その時もきっと見つけて


 その時はきっと離さない


 出演していた作品の登場人物に自分を重ねて、一回だけ特別に上演した脚本は、歌姫アリアが頼みに頼んだ、原作舞台脚本のものではなく、原作小説のオチである。

 彼女は音楽部門の者達にも頭を下げて、新曲の歌の一つだけは、監修してもらいながら、自ら歌詞をつけた。

 誰にも明かさなかったが、ミズキへのありったけの気持ちを込めて。


 海の中でもがきながら、彼の名前を呼ぼうとしながら、もう死ぬと諦めて、脳内で歌っていたのはその曲である。


 ——の想いは彼らの共有意識の中に残り続けている。


『何度燃やされても蘇る。決して滅びない。私達を殺すことも引き離すことも誰にも出来ないわ』


 とある海岸で、造られた命と漁師が出会って恋をしてから約千年。

 数多いる人の中でも、——の気持ちに類似した感情を得た孤児アリアは、細胞記憶(ゆめ)を見る。

 何度も死にかける、時に燃やされる、絶望的な恐怖の夢を。


 しかし、徐々に別の夢も見るようになっていく。

 それは、何度でも、何度でも、何度でも蘇り、愛しい人と出会い、笑い合う幸福な夢だ。


 何度でも、何度でも、何度でも、孤児アリアはたった一人に恋をする。


 恋慕追想の果てに多くのものを失って、長い長い一途な恋も失くしたけれど、それでも同じ人物に再度恋に落ちたように。

 

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