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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
恋慕追走ノ章
70/122

 小さな地震が起きて、人々が怯えて混乱しているので、私の可愛い妹達が泣いているので、自然と舞台に上がって歌っていた。

 すると——……。


 あのいけ好かない生意気なミズキという女性が、三味線という楽器を演奏していた。

 その音に体が震え、心の中でイジュキ……? と首を捻る。


「お客様! 当劇場は簡単には壊れませんので、どうか落ち着いて」


 この声は今日の舞台で主役の相手役、セイという青年を演じた人のもの。

 美青年で、よく通る声で、更に不思議な魅力がある。

 大混乱という様子だったお客達が静かになり、彼の言葉に耳を傾けた。

 私の妹達も泣き止んで、彼をジッと見据えている。


 彼が理由だけど、彼だけではない。

 これは彼の少し後方で穏やかで美しい曲を奏でているあのミズキという女性のおかげでもあると感じる。

 二人は確か婚約している。彼女は婚約者を微笑ましそうに眺めて演奏中。

 さっきの音……。

 顔立ちも似ている……。


 避難誘導が始まり、見学案内をしてくれた経営者のカラザが来てくれて、私達もと促された。


「……だった」


 カラザがなんですか? というように顔を覗き込んできた。

 私は彼を見つめて、叫ぶように「女性だったんだわ!」と叫んだ。


「どうしました?」


「ずっーと初恋の皇子様だと思っていたのに、女性だったんです!」


「えっと、イジュキという人の話ですか?」


「ええ。でも……僕って言って……あの服も……。イジュキは絶対に男の子だった。また振り出し。ライトのせいだわ。この私に偽情報を掴ませるなんて」


 エリカとの恋をしばらく応援してあげないとライトに憤りながら、私は再度ミズキを見た。

 先程の音にあの顔立ちなので、イジュキの妹だと言われたら納得するかも。


「……カラザさん」


「なんでしょうか」


「ミズキさんにお兄さんはいますか? 弟かも」


「ええ、いますよ。イブキさんという兄君が一人。弟君二人は年がかなり離れているので違うかと」


「イブキさん……イブキ……イジュキ……イズキ……イブキ……違う気がするわ」


「探し人が見つかると良いですね」

 

 肩を落としていると、さあ、避難しましょうと促された。

 このタヌキジジイとカラザの後頭部を眺める。

 彼は私に良い印象を抱いていないので、音楽関係ならツテが……みたいな提案はしない。

 王都内の有名歌手なら媚や恩を売れば使える手駒になるけど、異国で有名な女は使えないので自分だってそういう判断をするだろう。

歌に大感激したので力になりたいという気持ちを引き出せない自分のせいだ。


「お客様! 観劇後の握手会でお待ちだったお客様! 劇場の安全が確認出来次第、中へ案内致します」


 劇が終わった後もなぜ客が残っていたのかと不思議に思っていたけどそういうこと。

 カラザが他の職員と共にお客を整列させていくので、後ろにくっついていき、顔を隠す為にしていた仮面を外した。

 髪色や瞳の色で異国人と分かるが、歌姫アリアの顔を知るものは居ないので、交易船団と共に来た異国のお嬢さんだと思われるだろう。


「あの、どうなさいました?」


 カラザの質問を無視して、列になってくれた家族に笑いかけて、しゃがんで小さな女の子二人と目を合わせた。


「きちんと並んでくれてありがとう。怖かったわよね。もう大丈夫よ。私、アリアっていうの。(フラァ)国から来たのよ」


 覚えてきたこの国の子供向けの歌を軽く披露すると、予想通り、女の子達は目を輝かせた。


「うわぁ! お母さん。昨日のお姫様みたい」


「そうね。ありがとうございます」


「みたい、じゃなくてそのお姫様よ。昨日、観劇してくれたなんて嬉しいわ。ありがとう。良かったら握手してくれる?」


 女の子二人と握手していると、周囲が騒然となった。

 私達の付き人達が上手く動き出している。


「お姉様。私も協力します。皆さん、地震で怯えていますものね」


 私にわりとひっつき虫かつ優しいエリカは案の定、そういう台詞を口にした。

 昔々、色々あって、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の団員は男と握手は禁止。男の子は別として。

 劇場の安全を確認する間、こちらの劇場でお世話になっている百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の歌姫が、本日のお客様に握手会を行いますと、付き人達が案内をしていく。

 それで、輝き屋の整列案内を手助け。


「ご協力ありがとうございます」


 想定通り、カラザに笑いかけられた。

 黙って笑顔を返す。

 不審な異国女から、信用のある人間に昇格しないと、彼は私のために動かない。

 

「こちらこそ、劇場を貸して下さりありがとうございます」


 ゆっくり握手をして進んでいたら、やがて劇場への入場が始まったので、私とエリカは出入り口に移動して、そこで立ち止まって、入場客達に挨拶や握手を実施。


 私達も劇場内へ入り、エリカや妹達、同僚と共に座席に座って、舞台前で握手会をしているカラザの孫アサヴは無視して、少し後ろで演奏をしているミズキを眺める。


「アリアさん。あの役者さん、格好良いですよね」


「ハンナ。男も女も顔より中身よ。私は美人でこんな性格よ? あのアサヴって役者も絶対に俺様人間だわ。エリカみたいなのは特殊よ」


「彼を気に入って眺めていたんじゃないんですか?」


「私が気になっているのはあの後ろにいる彼の婚約者よ。あの演奏は好みだわ」


 軽く踊ったり、演じては客と握手する美しくて華々しいアサヴよりも、影のようにジッとして、ひたすら演奏しているミズキが気になってならない。

 イジュキの音とは少し異なり、若干濁って聴こえるけど、それでもこれまで聴いてきた本職演奏家の中では抜きん出ていると感じる。


 皆が自分達もアサヴと握手するというので、帰らずに座席に戻って私達に注目しているお客に手を振りながら舞台へ。


 皆を先にして、私は一番最後尾。

 それで改めてミズキに話しかけることに。

 舞台の上、これだけ大勢の人がいる前でなら、喧嘩をふっかけられたりしないだろう。


「あなた、ミズキさん。カラザさんに演奏者でもあり、役者さんでもあるって教わったわ」


「次の次の公演から、マンネンザクラの精、ヨウ姫役をつとめます」


 微笑みかけられたけど目が全く笑っていなくてトゲトゲしい。

 苛立ったけど、私はこういう目はごまんと向けられてきたので我慢出来る。

 舞台上で、大勢の前で、悪い性格を披露する利点は無い。


「私、少しだけマンネンザクラを覚えているのよ」


 ここまでしか知らないので後で教えてくれる? と話しかけるつもりで軽く歌って踊ってみせた。

 

「ここまで——……」


 目を閉じて微笑むミズキがマンネンザクラの曲を奏で始めた。

 優しくてとても温かい音色に息を飲む。

 

「皆さんが喜びますので、良ければ真似をして下さい」


 ミズキはとても小さな声で歌い出した。

 少し低めのその声は透き通っていて、耳の奥をくすぐった。

 サクラ、サクラ、舞い散るサクラ——……。


 拍手喝采を浴びてミズキ達と舞台袖へ。

 私はまずミズキにお礼を告げた。

 しかし、彼女は先程までの愛想はどこへやら。

 不機嫌顔で「お稽古がありますので失礼します」と私に背を向けた。


「ちょっと待って。ねぇ、ミズキさん。いえ、ミズキ!」


 呼び止めたのにミズキは振り返らない。


「止まりなさいよミズキ! 観光案内係になったのに、無視するなら全公演を取りやめるわ! この輝き屋のせいだって言うから!」


 こんの我儘(わがまま)お姫様というように、経営陣の一人、ニニャンが青筋を立てたけど無視。

 新人時代に、今はもう退団した団員達にいじめられて、その時に売れっ子と新人を天秤にかけて、このニニャンには無視された。

 執念深い私はそれを未だに恨んでいる。

 歌劇団は猛虎将軍の駒、戦場の天使だから経営に使えると手に入れたのに、その辺りを忘れるバカがニニャンだ。

 理事の孫だけど、色々足りないから、適度に振り回して良いし、むしろ振り回せと言われている。


「観光案内係? 御隠居様、そうなのですか?」


 ミズキは私ではなくてカラザを見据えた。


「君が彼女と約束したのでは? 約束したのに破るのは良くない。稽古で疲れているだろうけど、お客様を楽しませてあげてくれないか? アサヴ、もちろんお前もだ」


 ニニャンがすみません、すみませんとカラザに頭を下げたからか、カラザは私の我儘を受け入れるような発言をした。

 ミズキは怒らず、呆れたような顔でカラザを眺めてから、私にニコリと嘘くさい笑顔を向けた。


「そこの主役を引きずりおろされた人には興味がないわ。遊霞(ゆうがすみ)さんならともかく」


「おい、大根役者。今、なんて言った?」


 楽屋で見たアサヴはイライラしてそうなので釣れるかと思ったけどあっさり釣れた。


「大根役者って言ったの」


「この俺を捕まえて大根役者だと? 君の目は腐っているのか?」


「あの遊霞(ゆうがすみ)さんを高評価出来る目や耳があるのに腐っている訳ないじゃない。負けてメソメソ気分だからって八つ当たりしないで」


「……負け? 負けただと! 俺は誰にも負けてない!」


「主演って聞いたのに助演だったじゃない。負けよ、負け。大敗北」


 私は確かに演技上手ではないので、同じようなことを言われてもあまり腹は立たないだろう。

 人は自分が気にしていることを的確に指摘されると怒りを爆発させやすい。

 

「うぐっ……」


 言い返してくるかと思ったのに、アサヴは言葉を詰まらせてわなわな震えた。


「私も演技下手だから、一緒に遊霞(ゆうがすみ)さんに教わりに行きましょう? どちらにいらっしゃるの?」


 可愛く見える仕草と笑顔を向けてみたけど、アサヴはまだ震えている。


「おい、鼻の高い歌姫。昨日の劇は頭に入っている。一幕演じるから付き合え。君は昨日と同じようにすれば良い」


「なによそれ」


「俺に惚れたら君の負け。君に惚れたら俺の負けだ。お互い惚れた相手を演じるから、どちらが相手の心を揺さぶるか勝負だ」


「別に良いけど、誰が勝敗を決めるのよ」


「祖父上、お願い致します」


「お前はまたバカなことを……」


 カラザにすみませんと謝られて、再び役者達が現れると期待してまだ客席にいるお客様達が喜ぶかもしれないので、と頼まれた。


「そうですね。人を喜ばせることが仕事なので構いません」


 アサヴにシャーロットと伯爵が舞踏会で出会う一幕と指定されたので了承。

 

「君には無理だろうが、そちらの台詞と噛み合うような独演をするので驚かないように」


「脇役は脇役らしくぴよぴよ鳴いていなさい。この演目の時点であなたは助演でしょう? 私達の宣伝に付き合ってくれるなんて優しいのね」


「君はこの国の演目を一つも知らないだろうから、合わせてやっただけだ」


「男だけど、あとで特別に握手してあげるわ」


「君こそ俺に握手して下さいと懇願することになるからな」


 こうして、変な流れで私とアサヴは短い劇を行った。

 終わったら勝負はどこへやら。

 アサヴは私の演技のここが悪いみたいに指摘したあとに、歌のことは褒めに褒めた。

 まるで子供みたいに目を輝かせて。

 

「やはり君の美貌や美声はファムファタルに近い。勿体無いからジジ達に指導してもらおう」


「ファムファタルってなに?」


「悪の華を読んでいないのか?」


「煌国では有名な本ってことね。華国では無名よ」


「西の国の名作らしいから(フラァ)国でも有名かと思ったけど違うのか。ミズキ、少し教えてやってくれ」


「かしこまりました」


 端の方で大人しくしていたミズキが三味線を演奏し始めて、物語を歌を交えて語ってくれた。

 とても心地の良い演奏や声でうっとりする。


「という物語でございます」


「今のは毒姫よね?」


「へぇ。題名が違うのか」


 気がついたらアサヴと私は文学談義に花を咲かせ、いつの間にかミズキも参加。

 私達は意気投合し、書庫を見せてくれるというのでアサヴの家へ。

 今回の旅に私は孤児院の妹達のうち、希望者を同行させたけど、接待や稽古が多いので、わりと孤児院の世話係に任せている。

 大勢で押しかけたら悪いと思ったし、アサヴに誘われたのは私だけなので今回もそうすることに。

 

 家の造りも、装飾品も、庭も、敷地内にある舞台も、代々守ってきたという書庫も、何もかもが興味深い。


「こんなに楽しいところから帰りたくないわ!」


「部屋はあちこち空いているから宿代わりにしても構わないぜ」


 同僚や妹達と別行動になるから迷ったけど、この誘いは魅力的過ぎた。

 そもそも私は、煌国でもちょこちょこ慰問歌手仕事を任されているので、皆と別行動がある。

 ついてきていたニニャンも泊まるという雰囲気になったけど、ここが皆が望む彼女の潰し時な気がしたので拒否。

 私は色々一人で出来るし、世話をする人間は一人の方が相手は気楽だろうと告げて、ここには一人で泊まると宣言。


 一人で泊まることにはならないだろうなぁと考えつつ、応接室でアサヴとミズキに琴という楽器について教わっていたら、会議は短くて、私は業務外、特にこの屋敷内における自由を取得。

 同じ女性同士で気も合うようなのでとミズキが私の世話係に任命された。

 

 出会い方は最悪だったけど、私は既にミズキの音も物知りなところと、なんだかんだ優しいところがかなり好き。

 姉妹は増えたけど、友人は全然いない人生が、ようやく変わる予感がした。

 

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