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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
約束ノ章
7/122

 交流——喧嘩——を重ねるアサヴとアリアは何度も共演。

 空いている時間帯に短めの二人芝居なのだが、これが売れる売れる。


 自分の芸が空回りし続ける。別のお姫様と舞台の上で輝く相棒やまとわりつく遊霞の幻影と彼女への嫉妬が募る。

 自分でも自身の演技が萎み、黒い沼の中へ沈んでいくのを感じる。

 誰かの為にと言われても、あの子の笑顔を望んでも、霞んでいくばかりの自分の芸に嫌悪感が増して、深く、深く、深く、泥沼の底へ沈む。


 アリアは俺に何か言いたげだけど、特に何も言わず。相変わらず俺を案内人にして、あちこち連れ回す。

 アサヴは「ウィオラさんのヨウ姫に呪い殺されるな」と俺を励まして、稽古だ稽古と付き合ってくれる。


 そうして、俺は輝き屋先代総当主、御隠居カラザに呼び出しを食らい、万年桜の精ヨウ姫役の交代を言い渡された。


「……」

「ウィオラさんと同じ役をさせたことはなかったから、こうなることもあるかもしれないと予想していた。アサヴと共に伸びてくれると期待したが」

「アサヴさんは嫉妬を動力にして、新しい世界を切り拓きつつありますからね……」


 心配そうな表情のカラザと、目が合わせられない。


「なぁ、ミズキ。なぜウィオラさんのヨウ姫があそこまで人々の心を惹きつけたのか分かるか?」

「全てが完璧だからです」

「いや、そうではない。ミズキ。少し自分を見つめ直して、自分が何と戦っているか確認してきなさい」


 万年桜の精ヨウ姫役は、俺の控えである兄役者に渡す。

 彼も彼で、ミズキは実力不足なのにアサヴの意向で選ばれたと勘違いしているから成長させたいそうだ。

 

 そうして俺は一週間程、遊霞ウィオラのところへ行くことになった。そこで他の弟子と共に修行だ。

 役者としての修行ではなくて、ムーシクス琴門上層部の息子として、総本家次女から琴門本来の仕事である琴と三味線と歌の修行である。


 荷造りしていたら、この話を耳にしたアサヴが家に乗り込んできて、怒鳴りちらした。

 悲痛に満ちた表情と哀しげな眼差しで、怒りで怒鳴ったのではないと伝わってくる。


「一週間で帰ってくるのに、そんなに寂しいのですか?」


 多分アサヴは祖父や父親に「ミズキが出て行って芸者は辞めて演奏家になる」みたいに言われたのだろう。

 もっともっと、どんどん成長しなさいという理由で。


「いっ、一週間? あんのクソジジィ! 俺を騙しやがったな!」


「アサヴさん、俺がいないくらいで何がそんなに不安なのですか?」


「いないくらい? 俺を最も輝かせるのは君だ。俺が極度の緊張しいなのはよく知っているだろう」


「緊張しい?」


「君の前ではそういう姿を見せていないか。冷静な君がいるおかげで落ち着くから」


 ここへアリアが乗り込んできて、一週間南地区へ行くのならお土産をよろしくと頼まれた。


「お土産って、君はその頃にはもう東下地区ですよね?」

「……ねぇミズキ、ヨウ姫の次は男の人の役をするの? っていうかあなた、すっぴんだとかなりの地味顔ね」


 本番も稽古もなくて、アサヴと出掛けないし、湯上がり後なので、今の俺は男性の浴衣姿だ。

 化粧をしていないし、髪も可愛らしいお嬢様みたいなものではなくて無造作な一つ結び。


「あはは! ミズキのこの姿を見てもまだ女だと思うのか。ミズキは男だ。ほら」


 ほらって、寒いのに浴衣をはだけさせないで欲しい。

 浴衣の上半身部分を半分、アサヴに引っ張られた。


「……男?」

「アサヴさんが女性避けをしたいというので、稽古以外でもほぼ女装しています」

「だ、だま、騙したわね! この私に抱きしめられたいからって騙したのね!」

「俺は地味で癒し系の女性が好みなので、派手でうるさいあなたに興味ありません。慎みもないから色気のいの字もないですし」


 寄り添われて癒しは感じたけど、色気とか、そういうものは全然。

 母性は感じたけど、女性への欲情は全く。

 アサヴに何があったと詰め寄られそうなので、それは言わないでおく。


「なっ⁈ 帰ってきたら覚えていなさいよ!」

「ですから、俺が帰ってくる頃には君は東下地区ですよね?」

「それがどうしたっていうのよ」

「もしかして、同じ東地区だから近いと思っていますか?」

「……えっ、それってつまり遠いの?」


 地図を見せて説明したら、アリアはめそめそ泣き出して、それなら自分が去ってから南地区へ行ってと言い出した。


「な、なんで君が泣くんですか……」


「ようやく友人を見つけたと思ったのにー! 寂しくないなんて酷いわミズキ! 狭い世界にいないで、広い世界に一緒に行こうって誘おうと思っていたのに! なんで男なのよー!」


 肩をすくめたアサヴが、無言で部屋から出て行った。

 俺は謝る気はない、騙したのはミズキだって意味なら酷いけど、予想に反してアリアがこういう反応をしたことに対してかなりバツが悪くて、どうして良いのか分からないのだろう。

 アサヴには不器用なところがある。


「男って嘘よね? これは可哀想なくらい貧乳なのよね?」


「面白がって騙したのは悪かったけど、より女性らしくなるための修行でもあります。信じられないなら、(しも)でも見せますか?」


「……み、見るわ。見ないと納得しないわ!」


 見ると言うと思わなかったが、それならと浴衣を脱いで(ふんどし)一丁になったら、アリアは畳に突っ伏した。


「どう見てもその体つきは男よ……。こんな可愛らしい、綺麗な声なのに、男ってどういうことよ……」


「あーあーあ。んんっ。あー。地声はこんな」


「その声も男ね……。あるわ。何度見てもそれは女の私にはないものよ」


 若い女性が男の股間を凝視するな。しかもかなり顔近づけるなんて。


「本当に、恥じらいのはの字もない方ですね」


 俺も俺でどうかしている。女性にこのような姿を見せたことはない。

 アリアは畳に突っ伏して、両手で髪の毛をぐしゃぐしゃにして、足をジタバタさせて「嫌ぁああああああ」と呻き出した。


「悪い。そこまで悲壮的になるなんて思ってなくて。すっかり騙されたって笑い飛ばすかと」


「……ズキのバカぁああああああ……」


「女性のご友人が少ないんですものね」


「少ないんじゃなくて……いないの……。出来たと思ったのに……」


 軽い仲なら我儘姫っぽくて鼻につくから嫌われるだろうけど、中身は優しい女性だから少し長めに接したら好かれるだろうに、なぜ友人が居ないのか。


「私にもようやく姉妹じゃなくて、友達が出来たと思ったのに!」


 姉妹というのは血の繋がりはない者達だろうから、それは世にいう友人だろうと突っ込みたいけど、アリアがあまりにも落ち込んでいるので口に出来ず。


「でもほら、友人なのは変わりませんよ?」


「その嘘つき声をやめたらね!」


 立派な大人がびええええええん、と幼子みたいに泣くとは。

 アリアはしばらくそのように泣いて、そのうち泣くのをやめて、ゆらりと起き上がり、立ち膝になって真っ赤な目と顔で俺を見上げた。

 

「……。……男で良いわ! 南地区へ行くのはやめて、私達と巡業しましょう? そっちの方が修行になるわ。女性だらけで私に加えてエリカがいるもの。それで旅よ旅。旅は視野を広げるわよ!」

「アサヴさんではなくて?」

「アサヴは女には見えないし、女に化けられないでしょう! 百花繚乱は女性だけの歌劇団よ」


 一緒に行こうミズキ、絶対に連れて行くと足に抱きつかれて困惑。

 女装中は「俺は女」と集中しているけど、今はそうではないので、彼女のぽよぽよ胸の感触についつい気が散る。

 はしたないからやめなさいと言いたいけど、これもまた経験で糧になるよなと、邪な男心が邪魔をする。


「ミィジュキー! 一緒に行きましょう!」

「見聞を広げるという意味では魅惑的な誘いですから……南地区へはいつでも行けますし……まずは父上に相談——……」


 スパンッと襖が開いてアサヴが飛び込んできた。


「黙って聞いていればこの女狐! 俺のミズキを色香で奪おうとするな!」


 アサヴがアリアの襟首を掴んで引っ張ったが、彼女は俺の足にしがみついて抵抗。


「貴方は一人でも輝けるんだから一人で舞台に立ちなさい! この弱虫男!」


「なんだと! 歌と見た目しか取り柄のない大根役者!」


 俺の足からアリアを引き離そうとするアサヴと、嫌だと抵抗するアリア。

 これはどういう状況だ、と俺は傍観。


 大人同士で異性同士なのに、二人はそのうち掴み合いの喧嘩を開始。

 騒ぎを聞きつけた父が来て、事情を聞いて、武者修行させてもらえるなんて素晴らしいではないかとアリアの味方についた。


「百花繚乱の興行は東下地区の次は南東農村区で、そこから南下地区、それから南上地区だから、そこまでご一緒させていただいたらどうだ」


「百花繚乱の方々が許可して下さるなら、良い修行になりそうですので反対はしませんが……」


 アサヴがとてつもなく不貞腐れているので迷う。

 それに俺はお坊ちゃんとして生まれて、何不自由なく育ち、高等校の時に学生寮暮らしだった以外はこの土地を離れたことがない。

 旅行はしたことがあるが、家族やアサヴや従者達が一緒で短期間である。


「南地区に何があるというの?」

「南地区に親戚がいます」

「親戚?」

「事業拡大の為に色々ありまして。人手が足りないそうで、人材選びの為に順番に人を送っています」


 と父が説明して、さらに少々基準が厳しいので、息子にも声がかかりましたと続ける。

 俺はそういう話はされていないので、嘘も方便なのだろう。


「……ねぇ、ミズキ。その親戚のところへ行くのが遅くなっても良いなら、いっそ華国(フラァ)国まで行きましょう? きっと、うんと楽しいわよ」


「異国音楽に触れられるなんて幸運は滅多に——……」という父の発言を、アサヴが遮った。


「ミズキは俺と花柳界の天下を取って歴史に名を刻む。華国(フラァ)国へ行く時は輝き屋総出だ。俺が主役でミズキが相手役! 俺達が本物を華国民に見せる。異国音楽、文化に触れて更なる高みへ。アリア! 俺の夢をぶん取るんじゃねえ!」


「そう? それはそれで叶えられる夢よ。ミズキがあちこちで修行して、貴方はその間一人で励んで、合流する。その日を楽しみにしなさいよ。このままミズキにおんぶに抱っこじゃ煌国一の役者になんてなれないから」


「はぁあああああ! お前こそミズキに負んぶに抱っこになるつもりだろう! この三銅貨役者!」


 図星でしょうとアリアに頬をツンツン、指でつつかれたアサヴはさらに怒り、アリアと再び取っ組み合い。

 父に「モテ男は大変だな」と笑われて、俺は最近すり減らし続けていた自尊心が少し回復したと感じた。

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