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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
恋慕追走ノ章
68/122

 国立歌劇団、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の養成所は伝統と人気のある乙女達の憧れの施設。


 の、はずだが政府の意向で試験無し、特別待遇で入所した私は熾烈(しれつ)な争いを制して入所した女の子達にいびられた。

 と、いっても無視されるだけなのでこちらも無視。

 憧れの乙女の園の実態はドロドロの沼とは恐ろしい。


 基礎教養の足りない私は別室で個別講義を受けるし、慰問の仕事の時は不在。

 団体での指導が必要な時くらいしか同級生と会わない。

 こういう人間は施設創立以来、両手の指の数程あるらしい。

 いわゆる、自ら望んでこの世界に入ろうとする者ではなくて、歌劇団経営陣などが見出した逸材者だからこその特別扱い。


 私は声が素晴らしいという理由や、磨けば容姿も良さそうだから選ばれたのではない。

 戦場の天使などという異名が既にあり、その話で集客出来る、その話を利用すれば儲けられる、政府からの評価が上がるだろうという計算があったからだ。


 政府にも「あの歌劇団の歌姫」がせっせと慰問をして、国防意識を高めてくれるという話にはうまみがある。

 そういう大人達の思惑により、私は決められた生活費以上の卒業後の収入のうち、三分の二を政府へ献上しなければならない。

 つまり、首輪をつけられた政府の犬といったところ。


 そんなことは知らない同級生達の多くは、あの子なんかのどこに才能があると私を嫌悪する。


 孤児院長やユーリは色々察して心配してくれたけど、私は平気。

 私はもう夢を持っているから。

 犯罪でなければ、どんな手を使ってでも有名になって、うんと有名になって、あのイジュキと再会する。

 

 そういう訳で同級生に無視されても、ヒソヒソされても、物を隠されても、嘘の情報で参加するはずの課外授業に遅刻しそうになってもわりと平気。

 そんな態度に諦めたのか、私の成長ぶりや講師達の贔屓(ひいき)具合に怯えたのかなんなのか、イビリ系は消えた。


 おまけにその後押しのように、昨年退所した人が、イビリのせいで……と告発。

 ある意味伝統になっていたイビリや、才能のためならと隠蔽したきた経営方針が変更。

 実力がないが故にそういうことをする者達は、入団後に実力差で自然淘汰されるのだが、それが早まったということ。

 敵対心や悪感情から生まれてきた輝きもあるので惜しいみたいな講師の話を耳にして、芸の世界とは恐ろしいのかもしれないと感じた。

 同級生の一人から、あの告発した先輩は実力がないのに威張って反感を買っただけで、イジメではなくて単に無視されていただけとか、無かったことまで吹聴しているなども聞いたし。


 人気者になるにはどうしたら良いのかと演出関係の大人達に尋ねて実行しているうちに、私はもともと気が強かったけど、ますますそうなった。

 自信家で高飛車、わがままで傲慢な美女が圧倒的な能力でその悪評を跳ね返すとか、休日は慰問を行っているという落差は大衆にウケると言われたので。

 一学年下に、エリカというお嬢様中のお嬢様という期待の星が入所したので、対比させたいというので。


 卒業後の最初の新人入団公演で、私は主役の次に目立つ悪役に抜擢された。

 あの圧倒的に美しさと歌の少女は誰だと噂になり、主役を食い、おまけに「あの天使にあんな役をさせるなんて」という傷病で退役した偉い軍人さん達からの批判も出て、次の公演では真逆の訳で主役。


 新人がいきなり主役なんてあり得ないのだが、あの猛虎将軍ドルガの妻が「これまで楽しませてくれていたあの子があの歌劇団に入団なんて、観に行きたいです」と言ったから。

 妻がせっかく観劇に行くのに出番が少ないなんてないよな? という圧力があったとかなかったとか。


 ドルガの妻と私は数回しか面識がないのになぜそうなるのかというと、無敗という噂のドルガの弱点はその妻だかららしい。

 前にドルガの付き人役人セトが、あの方は色々頭がおかしい……と愚痴っていた。


 ここ数年の、あっという間に過ぎた日々を思い出しながら、イジュキはどこにいるのだろうと思いを馳せる。


 ようやく、ようやく私はここまで来た。

 煌国皇帝陛下が「噂の歌姫アリアを友人達と共に見たい、歌を聴きたいと娘が言っている」と口にしたことがキッカケ。

 一回煌国へ行って歌って踊って帰国は簡単。

 しかし、それではどこの誰か分からないイジュキと再会するのは不可能。

 なので一人は寂しいから嫌とか、孤児院の妹達が心配みたいにゴネた。

 お姫様達が観たいのは私だけではなくて、歌姫エリカもだろうし、そもそも百花繚乱の歌劇だろうとも言ってみた。

 そうしたら話は大きくなり大規模交易に。


 宴会の広間で役人達が愚痴を言い、彼らの妻や皇居の女官達がそれを慰めている。

 宴会の前座でエリカ達と共に歌って踊って、お役御免のはずが、セトが酌をというので仕方なく従っている。


 自分にお酌ではなくて息子に。

 私はその意味が分からないバカではない。

 その息子、ライトは私の苛立ちや憂うつさに気がつかないで、ニコニコ笑っている。


「うぉほん。アリア」


「気安く呼び捨てにしないでって言っているでしょう?」


 私は政府の犬、猛虎将軍の犬の歌姫アリアではあるけれど、怖いものなんて何もない。

 無一文になったり国外追放されたら、歌って踊って路銀を稼ぎながら煌国へ向かう。

 私は自炊出来るし、布団のない大地で野宿も平気。寒さにも飢えにも耐えられる。

 まぁ、今はその煌国にいるが。


 母親代わりだったユーリは年齢に勝てずに亡くなってしまったし、彼女が残した孤児達はやわではない。

 私が関与した孤児虐殺なんてしたら、私が救ってきた軍人達が怒り狂うだろう。

 私の名声の半分くらいは、怪我の手当てをしたり、子守り歌を歌って慰めたり、傷病で退役する彼らに寄付した結果のもの。

 私はエリカとは異なり、ただの歌姫ではないのだ。

 エリカはエリカで左太政官の娘だから、ただの歌姫ではないけど。


「なんだアリア。不機嫌だな」


「だから気安く呼び捨てにしないで」


「まぁまぁ。そろそろ無謀な初恋は諦めなって」


「二回そうしてみて無駄だったから諦めないわ。イジュキ以外には指一本触れられたくない」


 あのなぁ、とライトの口説きが始まった。

 この俺が側室ではなくて正室にするというのに、こんな異例なことはないのに、なんなんだという文句も開始。

 (フラァ)国において、煌国国籍の役人の地位はうんと高く、彼らは本国貴族達のように、三人までの重婚が認められている。


「俺は彼らと違う。一度くらい試そうぜ?」


「貴方には尊敬出来る演奏みたいな、私の心に触れるものがないじゃない」


「またそんな辛辣なことを。俺は役人だから当たり前だろう。しかし、基礎教養はある。まずはそうだな。ビワを披露してやろう」


 釈をしろ、というように右手を差し出されたのでサカズキを奪って代わりに呷る。

 ライトの付き人がおそらくビワだろうという弦楽器を運んできた。


「うわあ。何これ、何これ」


「これが古楽器のビワだ」


「煌国では三の倍数が神聖な数なのにこれは四本の弦なのね」


「四は死と同じ読み方をするので不吉なので、幸せな何かと組み合わせて厄を払うんだ。前にもそういう話をしなかったか?」


「そうだっけ。忘れたわ。貴方のことはなーんでも忘れる。忘れないのはイジュキのことだけー! おやすみ、ライト。夜更かしは美容の天敵なの。イジュキには完璧な私を見せないと」


 ライトの父セトが、また振られていると大笑いする中、私はエリカ達のいる客間へ戻った。

 先に帰っていたエリカが、お姉様、今夜もライト様の求愛を無下にしたのですねと嬉しそうにくっついてきた。


「そりゃあそうよ。あんな女たらしは嫌」


「ですよね、ですよね」


「明日からこの皇居から離れられてせいせいするわ。早く舞台に立ちたい」


「私はお姉様と同じ舞台に立たないからやる気がでませーん。なんで二人共主役なのかしら。私はエブリーヌ役が良かったのに!」


「知っての通り、一人だと披露蓄積で上演し続けられないからでしょう? あとその役は私には似合うけどエリカには無理」


「私にだって悪女役は出来ます! まあ、舞台は舞台で励として、うんと観光しましょうね」


 養成所の時は周りはみんな敵、みたいな感じだったけど、そのうちの半分くらいしか入団出来ず、芽が出ないと退団させられていく。

 そうすると自然と団結力が増していくし、歌劇団の演者達は姉妹同然という風潮。

 他人だと無視されたりネチネチ喧嘩をふっかけられてイライラしたけど、姉妹だとそうでもない。

 実績を積み上げてきた私には、イジメみたいなことももうないし。

 エリカなんて、お姉様、お姉様ととても可愛い。

 

「エリカ、明日から行くのはエドゥアールというご利益の山だって聞いた?」


「事前の説明会で聞いて全て把握してます。お姉様はすぐ忘れるんですから」


 エリカは皆を集めて、お父様に事前に教わったという、エドゥ山にまつわる楽しい話を皆に披露。

 私とエリカは現在、歌劇団の二枚看板だけど、それはあくまで「中堅」の範囲内でのこと。

 固定客を掴んで離さないお姉様達は、接待興行なんて疲れると、今頃のんびりしている。

 一方、今ここにいる演者は初めて煌国へ来た者達ばかり。

 

「エリカ、私は妹達と寝るからあとで教えて」


「ええー。お姉様と寝たいです」


 明日ね、とエリカ達とお別れして、連れてきた孤児達のいる部屋へ。

 数段劣る部屋を用意して、あの歌姫が腹を立てるという発想はあっても、その歌姫は自分達よりも遥かに格下という思考がダダ漏れの客間というか多分倉庫。

 しかし、それでも彼女達みたいな身分の者にとってはお城も同然。

 部屋に行ったら、養母代わりのアマリが礼儀正しくしなさいとガミガミ怒っていた。それを夫がまぁまぁと嗜めている。


「あら、皆。アマリを怒らせるなんてどんな悪さをしたの?」


 してない、枕投げをしただけという返事がきたので、枕は投げるものではなくて、寝るために使うものだと教える。


「沢山寝ると健康に育つし美しくなるのよ。さぁ、寝ましょう」


 皆と横になって寝ようとしたらライトが訪ねてきた。渋々応対したけど、誘われた散歩は拒否して部屋の出入り口からは動かず。


「そんな連れないことを言うな。お酌もしてくれないし」


「用が無いなら寝るわ」


「散歩に付き合ってくれたらイジュキについて教えてやる。実は、ひらめきがあったんだ」


「……」


 女たらしと夜の散歩なんて嫌だけど、その理由なら仕方がないと部屋を出た。

 二人きりは……と思っていたけど、それはお坊ちゃんであるライトがそのようで、彼の世話役で良くいる年配女性二人と男性一人が一緒。


 廊下を歩いていたら、ライトは早速「アリア、イジュキって言ってみろ」と告げた。


「なんで?」


「良いから」


「イジュキ」


「やっぱりさ、アリアってたまに訛っているだろう? イズキって名前かもなって」


 頼まれて調べて、イジュキという演奏者はいないと答えたけど、イズキだと心当たりがあるという。

 廊下を歩いて庭が見えるところで立ち止まると、ライトは懐から出した巻物を広げた。

 彼の付き人がスッと灯りを差し出す。


「どこだったかな……あった。ここ。ミズキ。この名前がイジュキに一番近い。昔さ。アリアが水が飲みたいって言った時にイズって聞こえたんだ」


「水が飲みたい? そんなことあったっけ?」


「俺達がこのくらいの時で、まだ会話すらしたことがない時だ」


「へぇ。ライトってやっぱり頭が良いのね。私は全然覚えてない」


「なのに、アリアはイジュキのことは覚えている。俺も歌姫が絶賛する演奏を聴いてみたいから、こうして探したし、考えた」


 この考察をして「ミズキ」という名前を発見したのは二ヶ月程前。

 煌国のこの皇居で働く友人に頼んで少し調べてもらったら、このミズキ・ムーシクスは毎年同じ儀式に参加しているという。


「素晴らしい演奏家のようで友人も知っていた。なのに競演会には全く出てこないそうだ」


「無名の音楽家ってこと?」


「みたいだ。神職の血縁者で素晴らしい演奏をするイジュキに近い名前の男。気になるだろう?」


「……気になる」


「君達は今年のこの儀式に参加するから会えるだろう。根回ししたのは誰だと思う? 以前参加してあっさり神職候補から外れた君にもう一度参加をと促したのは」


「まさか、ライトなの?」


「俺にそんな権限はない。父上だ」


「セト様にお礼をするわ!!!」


 すぐ、お礼を言おうと思って歩き出そうとしたら、ライトに呼び止められた。


「うぉほん。アリア」


「求愛ならお断りよ」


「いつものそれは冗談だ。その、あのさ……」


 足を止めて振り返ったら、ライトは見たことのない照れ臭そうな表情を浮かべていた。


「エリカ様は何かないか? その。そんなに振られているなら、諦めたら良いとか……私なら断らないのにとか……」


「……」


 女たらしが人気者の美人歌姫と遊ぼうと考えていると思っていたのにそういうこと。


「女たらしって幼馴染に誤解されているわよ。実際、女たらしだし」


「違う! 女性に言い寄られて困っているのは俺だ! 俺が父上の息子だからと擦り寄ってくる女の数は星の数程だ」


「素直になりなさいよ。ありがとう。このミズキがイジュキだってらお礼にエリカには良いことを話してあげる」


 こうして、私はイジュキの名前はイズキやミズキという説を入手。

 孤児院に入った頃、よく喋り方や聞き取りが変だとからかわれたり、間違えだと怒られていたのに、私はライトに指摘されるまでその事に気がつかなかった。

 儀式の日、確認したら「ミズキ・ムーシクス」は欠席だった。突き指したらしい。


 ただ、彼が参加するはずだった演奏に合わせて舞った女性が、かつてみたその人に良く似ていて、その圧倒的な美麗な舞にはかなりの既視感。

 彼女は海の大副神様に仕える神職の一人で、もう何年も毎年招かれているという。

 私はほぼ確信した。

 彼女の血族として演奏に参加しているミズキという人物が、おそらく私の憧れのイジュキ。

 

「ライト、私をその神職に紹介して下さい。彼女にミズキという人の話を聞くわ」


「ミズキは舞台役者で、稽古で突き指したそうだ。彼が所属しているお店は輝き屋と言って、君達が次に舞台を借りるお店だ。だからごくごく自然に会えるぞ」


 若い男が今話題の美人歌姫に言い寄られたらきっとのぼせる。

 何も言わずに近づいたらどうかと提案されたので、ふむふむと頷いて感謝。


「エリカはこの後、ルナ達とわたあめ? とかいう食べ物を探すそうよ。私も誘われてる」


 初恋を応援する仲になった私達はガッツリと握手。私には同年代の男性の知人がほとんどいない。

 いても親しく会話したら惚れてきそうな面倒そうな人ばかり。

 よって、幼馴染のエリカに惚れていると判明したライトは男心を知る為に必要な重要人物。

 エリカが嫌がらない範囲の賄賂ならいくらでも。


 私はこうして、憧れのイジュキと再会出来そうなところまで辿り着いた。

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