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連恋輪廻応報草子  作者: あやぺん
恋慕追走ノ章
66/122

 一ヶ月のうちの半分は、命じられた病院へ行って介護師と慰問歌手を行い、残りの半分は帝都のかなり小さな孤児院で働きしつつ、音楽や舞の練習という生活。

 新しい孤児院での生活は穏やかで、以前のように理不尽な目に遭ったり、お腹をうんと空かせることもない。

 自分達の待遇は良くなったが、あの環境に残っている、特に悪感情のなかった者達のことが時折脳裏によぎる。


 新しい生活が始まって約一年が過ぎた時に城へ招かれた。

 と、言っても門近くの庭まで。

 呼ばれた理由が分からないまま、不安な気持ちでしゃがんで頭を下げていると、心臓を震えさせるような聞き覚えのある声がして、ああ……と更にこうべを垂れた。


「久しぶりだなアリア。君の功績は時折耳にする。どれ。マンネンザクラを舞って歌って見せよ」


 チラッと確認したけど、現れたのはこの国、そして(こう)国の絶対的守護神、猛虎将軍ドルガ。

 戦場に出ればその戦は必ず勝利する、敗北知らず無敵の男。

 この国の王、アルガの双子の弟でもある絶対的権力者。

 命令されたし、音楽が流れたので素直に従う。

 イジュキのあの魔法の音より勝るものはどこへ行っても無い。


 天涯孤独で辛くて悲しいのに、これから人を助ける仕事をすると教わりました。

 つまり、君は天使になるのですね。

 僕の音が魔法なら、聴いてくれた君も幸せになります。

 お師匠によれば、素晴らしい音というものは、消えて聴こえなくなっても残っていて、副神様がどこまでも届けてくれるそうです。

 君が毎日笑えますように、沢山の幸せが訪れますように。

 そう願って、うんと魔法の音をひびかせようと思います。


 ヴィトニルによれば、副神様とは(こう)国の神様である龍神王様のウロコらしい。

 龍神王は蛇をうんと大きくしたような姿形だからウロコが沢山あり、そのウロコは自我を持ってあちこちで人を幸福にしたり、不幸にする。

 良いことをすれば報われて、悪いことをすれば裁かれる。

 そう思えない世界だとしても、今世では報われなくても、必ずそうなるという。


 彼と別れる前に話してくれた(こう)国の神様の話や教えと、日々学んでいる(フラァ)国の神様の話や教えはわりと似ている。


 イジュキのことを思い出すことで、目の前のドルガの怖い噂を消しとばして、なんとか歌と舞を無事に終わらせた。


「基礎が出来てより良くなったな。養父から教わった自己流のこのマンネンザクラも良いが、やはり本物を鑑賞したい。というか、妻に見せたい」


 忠実な家臣には褒美を取らす。猛虎将軍は私にそう笑いかけた。

 彼の逸話の数々は怖いし、敵だと認定されたら祖国のように滅ぼされる。


「君はまたそのように。なぜそこまで俺に怯える」


 この態度はまずいと笑おうとしたけど、自分でも頬がひきつったと分かる。

 なので、慌てて頭を下げた。


「下民なので失礼があるかもしれないと怖くごさいます……」


「面をあげよ。この俺が目をかけて役目を与えているというのに下民などと口にするな。不愉快だ」


 仕方ないと顔をあげる。言葉選びを間違えたようだ。軽く睨まれて手足が震え出した。


「君のような至極の声は中々いない。最近、祖国の大河が不漁気味だと兄上が嘆いていたのでついてこい。メイオンテン様が気に入るかもしれない」


 メイオンテン様とは、(こう)国王都にある大河の大副神様だそうだ。

 一ヶ月後に豊漁を願う大きな儀式があるので、私も参加するように。

 そういう訳で、明後日には出発して、(こう)国王都にある皇居で儀式用の歌と舞、それならマンネンザクラの歌と舞を練習しなさい。

 そんな命令が下された。


 あの(こう)国王都へまた行くことになるとは。

 これまでの褒美を与え、今回の業務を見事に果たせば新たな褒美をくれるという。

 その褒美は何が良いかとは聞かれなかった。

 これまで通り、古巣の孤児院と、今の孤児院にしっかり役人の目を光らせて、環境を良くしてくれるという。


「そのようにありがとうございます」


 自分達だけが安寧の生活を手に入れたと胸がチクチクしていたけど、前の孤児院にも良いことがあるとは嬉しい。


「兵士は国を守る宝。女子供は未来を作る宝だ。高待遇なんて要らないから、役人ならまず今の環境をどうにかしなさいなんだろう? ぷらぷらするなと怒られるが、民の不満はこんなところでふんぞり返っていても聞けない。アリア、励め」


 ドルガに帰って良いと言われると、役人達が私を下がらせた。

 孤児院まで送られて、出迎えてくれた孤児院長に、役人達から差し入れの服やお菓子が渡された。

 皆、当然のように大喜び。

 孤児院長は私が働いたからではなくて、皆が毎日、礼堂の掃除をしたり、縫い物の仕事を頑張っているからだと説明。

 それで裏では私のことを褒めてくれた。

 

「時々、あなたの事が心配になるわ。さっきも全部、皆に譲ってしまって。報奨金も受け取らないし」


「偶然、この声のおかげで偉い人の末端部下になれたので、裏切らなければ飢え死にはしません。理不尽に殺されることも」


「無理はしなくて良いし、我慢もね」


 優しいユーリも好きだけど、私はこの孤児院長も好き。

 たまに母を思い出すし、祖母がいたらきっとこんなだ。

 私はようやく安心して暮らせる家と生活を手に入れて、母が二人に姉みたいな孤児世話人の三人に、義理の姉妹が十一人。

 

 この日、とても嬉しいことに旅医者達が私達を訪ねてきてくれた。

 預けたところに居ないので心配したけど、元気そうだし笑っていて良かったと、セレーネが抱きしめてくれて心底嬉しい。

 ヴィトニル以外の他の人達はいなかった。この国の東側で忙しいらしい。

 義理の妹達が久しぶりのセレーネに喜んでうんと話しかけるのを眺めていたら、ヴィトニルに散歩に誘われた。

 彼は顔に大怪我の痕があるから頭巾を被っているけど、今日も今日とてわずかに見える目元はとても優しげ。

 泣いて中々泣き止まない幼子を抱っこする彼と、夜の街をゆっくりと歩いていく。

 

「全然会いに行けなくて悪かった。寄付して任せたのにあまり良くない待遇。ユーリさんがいるから、どうにかなるとは思っていたけど、人に預けるとは相変わらず難しい」


「いえ。このようにずっと気にかけてくださり、ありがとうございます」


「お姉さんになったな。でもそんな他人行儀な言葉遣いは嫌だ。前みたいにありがとうヴィトニルって言ってくれないとやる気がおきない」


「あはは。それならありがとうヴィトニル」


 彼ら旅医者一行はうんと人を助けて、その後の人生もずっと気にかけている。

 それはどれ程の心労なのだろう。私にはまるで想像が出来ない。

 

「今の君なら俺達と共に来ても良さそうだけど、このままあの猛虎将軍の手足の一つでいるか? 家も出来たようだし」


「私も旅に? 行きたいけど……ユーリさんも妹達も心配」


「そう即答すると思った。捨て子を拾った時の預け先があふと助かるから頼む」


 うんとお世話になった人に頼られると嬉しい。

 私はそれをユーリを通じて学んだけど、今度は彼からもとは。


「風の噂で、歌の天使のことを聞いた。まさか君とは。家族が君を助けたことを、助けられたことを誇りに思う」


「家族がって、ヴィトニルもよ。この私を助けたのに、助けていませんというような台詞を口にするな。不愉快だ」


「ははっ、なんだその変な低い声でのふざけは」


「今日のドルガ様の真似よ」


 あのね、ヴィトニルと私は彼に引っ越し経緯や新しい仕事や今日の出来事を語った。

 すると、(こう)国王都へ行けるのなら、到着後に友人に手紙を出して欲しいと頼まれた。

 

「それってあの時の舞台のところ?」


「いや。それとは別」


 すぐ書いて郵送代と共に渡す、そろそろ帰ろうと言うと、ヴィトニルは来た道を戻り始めた。


「ねぇ、ヴィトニル。私、またあの舞台を観たい。どうしたら観られると思う? 何をしたらドルガ様はその褒美をくれるかな」


「治療行為の許可や研究関係で国と交渉することもあるから、彼と昔、少し話したことがある。あのドルガ将軍なら(こう)国とこの国に尽くしていればそのくらいの願いは簡単に叶えてくれるだろう」


 今は何を貰っていると質問されたので答えたら、全然受け取っていないんだなと驚かれた。

 そうだろうか。私は皆が幸せだと嬉しくて仕方がなくて楽しいのでうんと受け取っている。

 そう答えたら、そうなのかと笑いかけられた。


「彼に命じられるままに歌い続けてこのまま褒美をばら撒いていたら、君こそ受け取れと言われるだろうからそれが好機だ」


 歌っていればまたイジュキの演奏を聴けて、また会えるかもしれない。

 あんなに短い時間だけだったのに、彼の魔法の音は今も私を心を震わせている。

 そして、手紙に書いてくれた優しい言葉の数々には何度も何度も救われている。

 美しい絵を眺めては音や手紙を言葉も思い出す。

 帰宅して今度はセレーネと少し二人で語り合い、孤児院長やユーリに聞いたけどと褒められて、うんと嬉しかった。

 

 久しぶりに恩人達に再会して英気を養い、緊張しながら(こう)国の王都へ出発。

 下働き女性に混じって荷運びをして飛行船というロストテクノロジーに乗船。

 何で出来ているか分からない鉛色の塊が空を飛ぶなんて信じられない。

 船内で掃除をしながら、時々、透明で触ると固いという不思議な窓の外を眺めて、高くて怖いとか、景色は綺麗だなと、たまに手を止めた。


 実際の時間は不明だけど、体感としてはあっという間に煌国王都に到着。

 岩の壁に囲まれた色彩豊かな城はコウキョと呼ぶらしい。

 役人達に連れられて歩き、コウキョカンリという煌国の役人に案内されて、下働き女性達と別れ、さらに案内されて、山へ続く階段を登ることになった。

 山はやがて岩山になり、厳かな建物が現れて、そこで女性達に迎えられて、私はここで稽古をすると説明された。


 ここはオオイツキノミヤ様が守る龍神王ダイジングウというところらしい。

 このように異国人が招かれることは非常に稀で、ドルガが「至極の声だから龍神王様が気にいるか試せ」と言った結果らしい。

 大河を司るメイオンテン様に気に入られるようにしなさい、という命令も出ているという。

 

 早寝早起き、質素な食事に掃除に稽古に勉強。

 高貴で神聖な方々とは喋るなということで、稽古と勉強以外では一人。

 一週間程すると、やはりここには相応しくないということで移動命令。

 私の歌や舞を龍神王様が好むか試されたらしい。

 下民中の下民、それもこの国を裏切った国で生まれた私が気に入られる訳がない。


 次の行き先は今回、私が歌って舞う予定の大河のほとりにある大神宮。

 似たような生活をして、また一週間で追い出されて、一応試すので稽古をしなさいと、安宿に泊まって大神社へ通う日々。

 勉強はもうなく、朝から晩までひたすら歌と舞、特に舞の稽古でくたくた。


 そうして、豊漁や豊作を願う儀式の日を迎えた。

 私の出番は初日の初めの方。

 あまりの人の多さに目眩がする。

 他の参加女性と共に、役人達と共に歩いていたのに、人の多さに対する疲れで気分が悪くなり、道の端で少し休むように指示された。

 付き添いの役人は優しいことに近いから屋台で水かお茶をもらってくると言ってくれて去った。

 大きな通りを行き交う、うんと大勢の人々をぼんやりと眺める。


 孤児院の家族と共に来られたら楽しかっただろうな。

 それにしても、秋だというのに暑い。雲一つない空で、うんと晴れている。

 ここは異国なのに、第二の祖国で見上げる空とそっくり。空は繋がっているから、場所が変化しても見える光景は似ている……。


 不意に、私の頭上から日差しが消えた。


「お嬢さん、大丈夫ですか? 迷子ですか?」


 同年代くらいの男の子が私に日傘を傾けて、心配そうな顔をしている。

 質の良さそうな白いキモノに藍色の羽織りをまとっていて、色白でつるつるした肌をしているので多分偉い家のお坊ちゃん。

 タレ目がちで穏やかな顔立ちをしており、男の子なのに髪が長い。

 束ねられている髪が風に揺れてサラサラと揺れる。


「迷子……じゃないです……。具合が少しで……。休んでて……。付き添い人が飲み物を……」


「そうですか。ミナミさん。付き添い人さんがいらっしゃるまで彼女をみてあげて下さい。お嬢さん、遠路はるばるようこそ(こう)国へ。よければお土産にどうぞ。今日は暑くてこたえるでしょう」


 男の子の笑顔はあまりにも優しかった。

 彼が声をかけた中年女性が日傘を受け取り、私の隣に布を敷いて腰を下ろして、日傘を傾けてくれた。

 なぜか、とても胸が熱くて声が少し震えて喉がつかえる。


「あ……とうございます……」


「どういたしまして」


 微笑みかけられた瞬間、全身に急に血が巡ったように熱くなり、あまりの眩しさに目がチカチカした。

 私は余程具合が——……。


「母上、すみません。母上の日傘を差し上げてしまいました」


「イジュキさん、貸して下さいという時にはもう想像していましたよ」


 イジュキ⁈

 と、思わず立ち上がったら視界が暗転。

 ああ……倒れる……。

 慌ててしゃがんで耐えていたら、付き添い人が戻ってきて介抱された。

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